第17話 答え
世界にはたくさんの本がある。きっとそれは人の数よりもはるかに多い。もしかしたら数値として表すこが出来ないほどに、な。だが、それだけ数があれば人々の記憶から抜け落ちていくものもあって当然だろう。人々の記憶から薄れていった本はやがて本そのものが薄れていく。はじめに文字が擦れ消えて行き、最後には真っ白な状態になってしまうんだ。私達はそれらのことを『
『白亡書』はどこにでも存在する。町の図書館や学校の図書室にも。見つけ次第、発見者はそれを指定の保管場所に持っていかなければいけない。と言っても『白亡書』の存在は秘匿されているから普通の人は知らないだろうけど。
『白亡書』は普通、適切な処理……作者の魂の安らぎを祈る儀式、をしてから処分される。だが時々あるんだ、今回みたいな事例が。想いが強すぎて一度は鎮まったはずの魂が霊体として再びこの世に現れ、自身のことを思い出してもらおうとする作者が。そうやって作者の魂から造られた本を私達は『
『魂現書』は、手に取った人を本の中の世界に取り込む。取り込んで本のことを思い出してもらおうとするんだが、体験してわかった通り、本のことを思い出すにはヒントがあまりにも少ないんだ。ただただその物語の中に出てくる景色が映し出されるだけ。登場人物も何もわからない。作者自身の記憶からも消えかかっているから仕方ないんだけどな。
本の中に取り込まれた人の大体は本の中の作者の魂に吸収される。本が薄れていく時と同じように、徐々に体が透けていってやがて体は完全に消えて取り込まれるんだ。作者一人の魂だけじゃあ『魂現書』の中の世界を支えるのは厳しいから、世界をより安定させるためにな。ちなみ『魂現書』に取り込まれる=現世での死、だ。
けれど、時々そうで無いモノもいる。わけのわからない場所に突然連れ込まれ、ゆっくりと消えて薄くなっていく体。その不可思議な現象に対し強い恐怖や憤り、恨みや妬みの感情を抱く者。そういった者だけは取り込まれたのちに、その者から溢れた執念がひとつの集合体となって独自のモノに成り上がる。それが私があの時言った『彼方人』だ。彼らは恐ろしく、そして同時に哀しい存在だ。なにせ彼らもまた『魂現書』に捕われた被害者なのだから。
『彼方人』は『魂現書』の作者の魂と同様に、外部から訪れた者を取り込むことができる。唯一違うのは取りみ方だろう。『魂現書』に取り込まれる場合は身体がゆっくりと薄れて徐々に取り込まれていくのに対し、『彼方人』はそこにいる者をそのまま呑み込む。要は蛇に丸呑みにされるみたいなものだな。そうして『彼方人』は外部からの訪問者を取り込み膨大化していく。最悪の場合『彼方人』が『魂現書』の方を取り込んでしまうこともあるらしい。そうなってしまったらもうそれは『魂現書』ではなくただの『人喰い』に成り下がってしまうし、対処するのは場数を踏んだ人じゃないとできなくなってくる。
……なぜ私が『彼方人』に対処できたかだって? それはー
「それは私がちょっと変わった家系の出だからだよ」
そう言って話を一旦区切ると中垣内は笑った。
「けどお前もそれに近いんじゃ無いのか? 佐野。私もそうだったが、お前だって図書室であの本が姿を現した時、微かにだが反応していただろう」
「確かに俺の家も昔はそうだったらしいが今は違う。ああいうものを感知できるの力を持っているのはもう俺だけだし、その俺ですらはっきりとは見えない」
「ふむ、じゃああの日、図書室にあった本……いや『魂現書』のことはどんなふうに見えていたんだ?」
「どうって、そうだなぁ……霧みたいな黒いモヤがうっすら見えたかな」
「それだけ見えていたなら十分だよ。普通の人にはモヤは見えないからな。ちなみに私にははっきりと黒霧がかかって見えた」
「人によって見え方が変わるのか」
「あぁ。ついでに言うと、霊感に類されるものを一切持ってない人が見たら真っ白に見えるらしい」
「……どういう仕組みでそんなことに?」
「さぁ、私たちも全てを知っているわけではないんだ」
「そう、なのか。あ、そういえば中垣内。お前の話聞いていて思ったんだが俺たち、本の中で一度も身体に異常が出たりしなかったんだが、なんでだ?」
「それは、あの世界の主たる藤枝さんがそれを望んでいなかったからだ」
「望んでいなかった?」
「あぁ。『魂現書』の作者は一種の狂気に陥っている状態なんだが、藤枝さんは私と出会ったときには正気に戻っていた。恐らく『彼方人』の所業……人が死んでいく様子を目の当たりにしているうちに目が覚めたんだろう。あの人は自分のしてしまったことをひどく後悔していたよ。だからあの世界にやってきた人を侵食する力に抑止をかけたんだと思う」
「? 抑止をかけるくらいなら、もういっそ魂自体が成仏したほうが早いんじゃないのか?」
「そう思うだろ? だけどそれができないんだ。一度現世に現れてしまった『魂現書』は誰かにその存在を思い出してもらうか、外の人が無理やり祓わない限り消えることができないんだ」
「面倒なシステムなんだな」
「だろう? ま、とりあえず私たちの体験したことは他の三人には黙っていよう。下手に話をして混乱させては悪いしな」
「そうだな、それがいい」
やがて話がまとまった二人はようやく落ち着けるとでも言うようにほうっと息を吐いた。そんな二人の事も知らないで、萩原、奥村、二柏は無邪気に笑いあい、あの日の図書館の情景を再び作り上げていた。花が飛んでいる幻覚でも見えるんじゃないかと言うほど楽しげな、それでいて見ているこっちもどこか幸せな気持ちになれる、あの景色を。
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