第8話 制服で登山とかふざけんな
「痛って……」
黒いモノに引っ張られ『本』に呑まれた際いつのまにか気を失っていた佐野は、ふと目を覚ますと、痛む頭を押さえてしばらくじっとしていた。なにがあって自分が気を失っていたのかを思い出すために。
ややあって落ち着いた彼は、図書室にて起きた出来事を思い出すと、一緒にいたはずの四人の姿が見えないことにさぁっ、と顔色を悪くした。
「あいつらは無事か……? それよりこれからどうするか……。よし、四人を探しがてら少し歩くか」
ここがどこなのかもさっぱり見当つかない彼は、取り敢えず辺りを少し散策してみることにしたようだ。
辺りをぐると見回すとここは森の中だと言うことがわかった。鬱蒼と木々が生茂るそこは日があまり届かないためか薄ら暗く、ともすれば少々不気味にも思える。
「森、だよな? ここ。しかしなんでまた……」
なんとなく直感でこっちだ、と思った道を進んでいく佐野は、不思議そうにそう呟いた。その森の中に道らしい道は特に存在していない。足場もひどく不安定だ。
「制服で登山だなんてどうかしてるぜ、全く……」
制服で動きづらいにもかかわらず、日頃のバスケ部の練習で鍛えられた佐野は、疲れた様子もなく不気味な森の中をどんどん先に進んでゆく。所々、枝葉で身体に小さな傷が出来上がっているが、今はそれどころでは無いのだろう気に留めている様子もない。
「お、ようやく出口か」
やがて光の溢れ入っている森の出口らしき場所が目に入った。ここまでずいぶんと歩いた気がする、しかしまだ誰にも出会っていないことに若干の焦りを覚えていた佐野は、光の元へ駆け足で進んでいった。
しかしようやく進展があるかと思って駆け入ったそこに足場はなかった。
「!」
彼が足を踏み出したのは急な崖だった。勢いをつけて森から飛び出てきた佐野は、なすすべもなくその崖を真っ逆さまに落ちていった。
底の見えない崖に佐野は恐怖で体が震えた。このまま俺は死んでしまうのか? と。だが、どうしようもないのもまた事実。唯一の心残りは昔からの仲で、ちょっとどこか抜けている友人を見つけられなかったことだろう。その証拠に、こんな状況下だと言うのに佐野の唇は「ユウ」と彼の友人の名を紡いだ。
やがて『これだけ落ちてしまえば、地面にぶつかった時さすがに助からないだろうな』と、腹を括り全てを諦めたその時だった。ぼすんっと言う音と共に佐野は冷たい何かに包まれた。
「え……は?」
見れば雪の中に身体が埋もれているではないか! と言っても完全に埋もれているわけではない。精々、雪の上に横たわり、体が数㎜沈んでいる程度だ。
「俺は崖から落ちて……それで……」
予期しなかった所ではない出来事に、森で目覚めた時と同じように佐野は頭を抱えた。
「なにがどうなってんだ……!」
訳の分からない出来事の連続にイライラを募らせていた佐野は、ぎゅっと握りしめた拳を力任せに地面に叩きつけた。真っ白な地面には彼の拳の痕がくっきりと残される。そうしてしばらくの間冷たい雪の中に拳を突き立て俯いていた。四人の安否も分からないし、此処がどこなのかも分からないのだ。普段、萩原の兄貴分として、頼れる佐野はそこになかった。ただ不安に押しつぶされそうな顔をした青年がいるだけだった。
「くそっ」
そう弱々しく声を漏らすと、こぼれ落ちそうになった滴を押し留めるように、固く瞳を結んだ。
「ヒロ……?」
その瞬間、背後から聞こえてきた馴染みのある声に佐野はばっと勢い良く振り返った。
「ユウ、太一、英」
振り返るとそこには美しく輝く月と、柔らかに瞬く星を背負った三人……奥村と二柏と、そして萩原がいた。
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