第7話 謎の本

 カウンターのところでは、そんなことに露も気づいていない三人が仲睦まじく談笑をしていた。いっそ花が飛んでいる幻覚でも見えるんじゃないかと言うほど楽しげに。

 そんな中、なにかを感じ取ったのか突然奥村がカウンターの方を振り向いた。そして次いで「あっ」と声を上げた。

「太一クンどうかしたの〜」

「……?」

 そうすれば必然的に二人もあとを追って振り向いた。

「いや、ここにこんな本あったっけと思って……。それにこの本なんか変だし」

 奥村の指の指す場所には確かに『本』があった。

「あれ、ほんとだ〜。こんな本なかったはずなんだけどな〜」

「……具体的には、どこが変なの?」

「えぇ? だってこの本真っ白じゃん!」

「え?」

「……?」

 その『本』は奥村の目にはただの真っ白な本にしか見えていなかった。そう言う装丁の本なのでは、と思うかもしれないがそう言う意味での真っ白ではない。四六判サイズのその本には表紙の絵や出版社はおろか、作者名も作品の題名も記載されていない。そう言う意味での真っ白なのだ。

「何言ってるの〜? ちゃんと表紙には絵が描かれてるよ? 何の絵なのかはちょっとわからないけど〜」

「……絵は僕も見えてる。けど、確かに題名とかは、書かれていないね」

 二柏と萩原には一般的な四六判サイズの本に見えているようだったが、奥村にだけは真っ白の本に見えていた。しかし、三人とも本の題名や作者名などは見えていないようだ。

「んん? どう言うことだ?」

「……太一、もしかして色盲?」

「いやいやいや。ない。それはない」

「とりあえず中を見てみる? 題名とかわかんないと片付けられないし……」

「あぁ、そうだな。確認してみようぜ」

 謎の本の処遇が決まったようで、三人はとりあえず中を確かめてみることにしたようだ。

得体のしれない『本』。されど、それはただの本なのだ。奥村は萩原の提案に乗ると、迷うことなく手をその『本』へと伸ばした。どんな本なのか、と三人とも興味津々に本を見続けた。その間にも奥村の手は『本』に近づいていく。あと20㎝、……3㎝、1㎝……。

その時「そいつに触るな!」と大きな声がした。二つ重なって聞こえたその声は、嫌な予感を感じ取りカウンターへと急ぎ向かっていた中垣内と佐野のものだった。得体のしれない、けれども凶悪なモノであるに違いないナニカから三人を守らないと、その一心で普段はあげない大きな声を二人は張り上げた。

 しかしそれは逆効果だった。突然の大声に驚いた奥村は吃驚して肩が跳ねたのだが、その時の反動のまま『本』に手をつけてしまった。奥村の手は『本』の表紙部分にピタリとあてがわれている。

 なにかこの『本』にまずいことでもあったのだろうか、なにもわからない三人はびくつきながら後ろにいるであろう自身らの友人をそっと振り返った。

 するとどうしたことか、友人……中垣内と佐野の顔が真っ青であるではないか。

「ごめん。友正、オレ」

 友人の顔を見た奥村はとっさに謝ろうとした。しかしそれも最後まで言い切ることは叶わなかった。

「太一!」

 突然後ろから強い力で引っ張られたのだ。

「ユウ!」

「英!」

 中垣内と佐野が焦った顔で名前を叫ぶから、と奥村が両隣をみると萩原と二柏も引っ張られている。


 なにに?

黒い、ナニカ、に。

 

 三人は必死に体を捩り抵抗した。いつのまにか中垣内と佐野も三人のそばに来ており、黒いナニカから三人を引き剥がそうと躍起になっていた。しかし黒いモノの力は弱まるどころかだんだんと増し、遂には中垣内と佐野にまで絡み付いた。

「まずい!」

 中垣内がそう叫んだのを最後に、五人は図書室から姿を消した。止まることを知らないかのように黒いナニカが溢れ出してきていたあの『本』へと。

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