第3話 出会いと始まり

 季節が巡って桜も散り、芽吹き始めた若葉が太陽に照らされて生き生きと輝く皐月のころ。これは、そんな季節に五人の男子高校生の身に起きたちょっと不思議な出来事の話だ。


「それじゃ、俺は今から出張に行ってくるからここの事頼むな。まぁ安心しろ。なかなか人は来ねぇし、どうせ来たとしても一人や二人だ。あ、あと帰る前に戸締りだけはきちんとしておいてくれよ。鍵は明日俺に渡してもらったら構わねぇから」

 瀧川高校の二階端に位置する図書室。その貸し出しカウンターに向けてそう声をかけると、どう見ても体育会系に見えるが恐らく図書の担当であろう教員は、ひらひらと手を振りながら図書室の外に通じる扉へ姿を消していった。突然の宣告に声も発せずカウンターについている二人の男子生徒たちはそろってぽかんとした間抜け顔を晒している。それもそのはず。放課後になり各々が部活へ向かおうとしていると突然先の教師が現れ「お前図書委員だったよな」と呼び止められ、半強制的に図書室に連れ込まれた挙句、思わぬ仕事まで押し付けられたのだから。ちなみに二人の部活へはすでに例の教師が休みの連絡を入れているらしい。


 放課後の午後十六時三十分。瀧川高校の校舎や学校の敷地内には様々な音で溢れかえっていた。吹奏楽部の奏でる楽器の音、合唱部の織りなす美しいハーモニー、運動部の勇ましい掛け声。肌寒さも和らいでくるこの時期はなにをするにしても丁度いい時期だ。誰もが負けじと音を創り出し、各々の練習に精を出していた。

 しかしここはどうだろう。この図書室の中だけは異様に静かで、まるで音など初めから存在していないかのように静まりかえっていた。

 それもそのはず。今図書室のカウンターにて鎮座している二人は互いに初対面で、なおかつ名も知らなければ相手がどう言った素性の者なのかも一切合切わからないのだから。相手が同輩なのか、先輩なのか、はたまた後輩なのか。下手に声もかけられない、どうしたものか……と互いが互いに遠慮し合って声を出すのを渋っていた。しかし暫くすると二人いるうちの背の小さい方(と言っても座っているため定かではないだろうが)が徐に声を発した。

「えっと、ボク一年三組の萩原優成はぎわらゆうせいって言います。今日はよろしくお願いしますね〜」

 萩原は、どことなく呑気な印象を与える間延びした声でそう自己紹介をした。おっとりとした顔つきで、かつ甘い垂れ目を持つ彼にはぴったりの話し方のように見受けられる。

「あ、あぁ。私は一年四組の中垣内友正なかがいちともまさだ。こちらこそよろしく頼む」

 突然声をかけられた事に、少しびっくりした中垣内だったがすぐに気を取り直し、しっかりとした声で答えた。こちらの彼は顔つきこそ悪くはないのだろうが、どことなく苦労人なのだろうなと思わせる風体をしている。

「同級生だったんだ〜。しっかりしてそうだったからてっきり先輩だと思ってた〜」

そう言って萩原はへにゃりと笑った。それを言われた中垣内は、ちょっと眉根を下げて苦笑すると頬を掻いて答えた。

「昔からそれ言われるんだが、そんなに年相応に見えないか?」

「ううん、でもいいなぁ〜。ボク、大抵年下に見られるから羨ましいよ〜。中垣内クンも自己紹介するまではボクの事、同級生には見えないかな、とか思ってたんじゃない?」

「……申し訳ないがそう思ってた」

「やっぱり〜?」

 自分で話を振ったはいいが気落ちするような話になってしまい、萩原は気だけでなく肩も落とした。そんな様子を見た中垣内は自身の目の高さほどにある頭にそっと手を伸ばすと、ふわふわと心地の良い髪を撫でた。

「そのままのお前で十分だと思うぞ。むしろ私は今のお前以外想像できないしな。それに無理に背伸びしようとしなくてもそのうち嫌でも大人になるんだから、そんなに焦るな」

 いつも自分のそばにいてガシガシとちょっと痛いぐらいの勢いでする幼馴染みとは対照的で、どこか母親を彷彿させるような手つきで優しく頭を撫でる中垣内に、萩原はちょっと気恥ずかしくなったが、「うん……ありがと〜」と答えると、またもやへにゃりと笑った。

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