side 男の子②

 1時間程かけて目的のキャンプ場に着いた。屋根があるバーベーキュースペースへと向かう。




「わぁー。すごーい。整ってるね!すぐ始められるよ」


「さっ、焼きましょう!焼きましょう!」




 葵と桔梗は食欲旺盛なようで仔犬みたいにまだかまだかとテーブルを叩いている。




「よーし、じゃ焼くよー、まずはこれとこれ!」




 葵の掛け声とともにバーベーキューが開始されたのだが……




「立花さん」


「なぁに、はっつー?」


「最初から上ロース、特上カルビはあぶらっこすぎるわ。最初はタンとかあっさりしたものから食べるべきよ」


「えぇ。別にいいじゃん。お腹すいてるんだから!鍋とか焼肉とかになると仕切り出す人って絶対いるよねー」


「……!? そうね……」




 なんか、楽しいはずのバーベーキューが修羅場とかしている。互いの焼肉観の衝突。葵は悪気はないのだろうがまあまあキツいことを言っている。




「そう、そうね。じゃあ、わかったわ。それなら残さず食べなさい」




 刹那。場が凍りついたような感覚に見舞われる。青海は眉根を寄せ、吹雪のように激しく冷めきった瞳で葵を見据えながら言葉を口にした。




「さっ、召し上がれ」




 そう言われ、ビッシリとあぶらっこい部位だけを焼かれては食わされた俺たち。さすがの桔梗もこの時だけは葵を恨んだことだろう。




 ―――


 俺達が訪れたキャンプ場には川がある。そこでその川で水遊びをしようと葵たちが盛り上がっていた。川の水は透き通っていて、衛生面でも問題なく泳いでも大丈夫なようである。水着を持ってきていた彼女らはウキウキしながら川へと向かった。一応俺も水着は持ってきてるけど、さすがに彼女たちの近くで着替えるのは躊躇われたため、ちょっと距離を置いた茂みの中で着替えを済ます。




 川に着いた俺は木陰に腰を下ろしぬぼーっとしている。そこに水着姿の葵たちが近づいてきた。




「どう?」




 前で腕を組んでもじもじしながら、白のビキニを着た葵が感想を聞いてくる。恥ずかしいなら聞かなきゃいいのに……




「……似合ってると思うぞ」




 いかにもありがちな言葉を口にした。「今日は白で攻めるんだな」なんて下手に茶化すことはしない。


 だって色々とこいつの水着姿は目のやり場に困る。その豊満なたわわ。健康的で程よい色合いのすらっと伸びる脚。そんな形容し難いこいつの水着姿を幼馴染である俺が変に喩えたら気持ち悪いだろうし、率直に思ったことを口にした方が良いのではないかと思った。




「そう?……えへへ。ありがとっ」




 葵本人は満面の笑みである。本人がそれでいいのなら俺から言うことは何もあるまい。




 緑色ベースの水着を着た桔梗がぴょこっと前に出て「あたしは?」と聞いてきた。




「やっぱり桔梗が1番だわ」


「ひどくない!? 太陽の超絶シスコン!」


「うるせー! ちゃんと似合ってるなって言ってやっただろうが!」


「はぁ……なーんですぐに喧嘩になるんだかこの二人は……」




 桔梗の呆れるようなため息を聞きつつ川へと走っていく葵を俺は追いかけた。




「太陽くらえー!」




 笑顔で勢いよく水鉄砲を飛ばしてくる葵。




「うおっ! やったなって……青海はどこだ?」


「はっつー?あそこにいるよー」




 先程から気になっていたことを聞いてみると、葵は俺の右斜め後ろの方を指差した。




「ほんとお兄ちゃん葉月さんのこと好きだね……」


「べっ、別にそんなんじゃ──」




 葵が指差す方に目を向けると、桔梗の発言に対して言おうと考えた言葉が霧散した。というより、口を開いても言葉にならない。だって、白のビキニを身にまとい、パレオを巻いた青海葉月がそこにいたから。


 青海葉月が靡かせている漆黒の髪を耳にかけ、読書をしている姿に見惚れてしまったから。




 俺がラノベ作家だったら彼女をモデルに溢れんばかりの語彙力を用いて筆を走らせて、ミリオンセラーのヒットを飛ばし神作家としてちやほやされたかもしれない。


 俺がイラストレーターだったら磨き上げた画力で彼女をモデルに美麗なイラストを描いて、神絵師認定されたかもしれない。


 秀麗皎潔、眉目秀麗、容姿端麗、才色兼備といった数々の言葉は彼女のためにあるのではないかと思ってしまうほどに彼女は綺麗だった。




 俺たちの視線に気づいたのか、青海は立ち上がり近づいてくる。




「視姦するのもそれくらいにしたら?」


「視姦なんてしてねーよ!俺を変態扱いするな!誰もお前なんか見てねーよ。見るとこないし」





 と、つい青海の胸を見ながら言ったのが運の尽き。気づけば思いっきり弁慶の泣き所さまを蹴られていた。




「反省しなさい」




 血管が少し浮き出るくらい怒った顔で去っていく青海の背中を見つつ、もうあいつの前ではこの話はやめようと痛みに耐えながら誓った。





 しばらくして痛みは引いた。




「あっ。だいじょぶ?太陽」




 足を擦りながら顔を上げると葵が心配そうにこちらを見ていた。俺を心配して痛みが軽くなるまで一緒にいてくれたようである。普段聞けないし恥ずかしすぎるから今がチャンスか……




「あぁ……てかなんでお前はいつもそばにいてくれるんだ?」


「えっ……」




 俺の疑問に反応した葵の声は今にも消え入りそうだった。大切なものを喪ってしまったかのように彼女の顔は悲哀に充ちていた。葵の身体が震えている。いつもなら聞かないようなことを聞いた"偽物"みたいな俺に対する怯えだろうか。はたまた俺との関係が……"今"が壊れてしまったのではないかという畏れだろうか。


 別に葵を哀しませたかったわけではないのに。少し調子に乗りすぎた。




「んと……ごめん。葵今のは気にすんな」


「え?」


「俺が悪かった。ごめん」


「う……ん。わかった」




 まだ納得しきれていない顔で頷く葵。




「謝罪の気持ちと言ってはあれだがもうそろそろ夕飯の時間だし魚釣りでもしないか?上手いの食わせてやるぞ」


「ほんと?期待してるよ太陽!」




 食い物の話になればころっと表情はいつもの柔らかい笑顔に戻るんだよなこいつ。そんな葵はどこか幼く見えた。




 バーベーキュースペースで休んでいた桔梗たちに魚釣りをすることを伝え開始したのはいいのだが全然釣れる気配がない。




「ねぇ太陽……釣りの経験あるの?」


「ん? ない」


「はぁ!? それなのにドヤ顔で『任せとけ』って言ったの? ばっかじゃないの……」




 葵は手を額に当てやれやれと首を振った。


 俺はまぁまぁと葵の肩をポンポン叩いて笑った。




 ―――




 夜も更け始め、静寂に包まれた清澄な空気が漂う川辺には、虫の声音と俺と葵の吐息の音だけが響いていた。




「ねぇ。太陽」


「なんだ?」




 不意に葵から声をかけられる。




「私さ。太陽のことが好き」


「は?」


「お節介焼きで、口うるさくて人の好意を素直に受け取らないけど、真っ直ぐでいつも支えてくれる優しい太陽が好き」




 俺を真っ直ぐ見つめ、真っ直ぐ言葉を紡いで、何を飾るでもなく普通の女の子な葵がそこにいた。一つ一つ想いを打ち明けてくれた葵……でも……




「お前が考えてるほど俺は優しくなんか──」


「優しいよ。太陽は優しい。優しすぎるんだよ。私が野良犬に吠えられて追いかけ回されて泣いてる時に、自分も怖いはずなのに守ってくれたのも太陽。全校集会で発表する時にクラスの列から壇に立つ私に、頑張れってエールを送ってくれたのも太陽。隣のクラスの男子に告白された時にどう断ればいいか相談に乗ってくれたのも太陽。いつもいつもいつも……」




 ふぅっと呼吸を整えてから葵はこれで最後とばかりに目を細めて口にする。





「私を照らしてくれる太陽だよ……」




 その言葉を聞き終えてから数分間俺も葵も口を開くことはしなかった。けど、痺れを切らしたように葵が乾いた唇を動かす。




「……太陽。はっつーのこと好きでしょ?」


「は?」


「見てれば分かるから!」


「いや……」とこの感覚を感情を言葉にすることは躊躇われた。


 この感情をなんなのかを俺はたぶん知っている。いつの頃からだろう……いつしか芽生えたこの感情に見て見ぬふりをして蓋をしたのは。





「好きでしょ?」




 俺の真意を見通すかのように澄んだ葵の瞳が逃がさないと、ちゃんと教えてと問うてくる。




「俺は……青海が……青海葉月が好きだ」


「うん」




「でも……」




 今から言う言葉を葵がどう捉えるかは分からない。慰めだと哀れみだと思われるかもしれない。嘘だと言われるかもしれない。俺にも嘘で、偽りであるのか分からないから。悔いるとしても今の俺には止まることなどできなかったから。その言葉を冷静になろうとして口にしたのかもしれない。本心から出た言葉なのかもしれない。




「もし、俺が人の好意を素直に受け取れるような普通のやつに生まれ変わったら、死ぬまで普通の女の子な葵のそばにいるだろうな。約束する」


「え……」




 俺が言い終えると、彼女は涙を浮かべていた。




「ほんと太陽は優しいなぁ……だから好きなんだけどね。でもね私はっつーのことも好き。二人が大好き。夏樹太陽は私の太陽だったからさ。だから頑張れ私の太陽……がんばれ」




 安堵にも似た微笑みを浮かべる彼女の頬を滑る雫は、夜空を流れる星のように煌やかだった。

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