第6話 反乱は突然に

「ワタル先輩!こっちでーす!」


 まだ肌寒い朝6時前、昨日スライムと戦ったあの場所に俺は来ていた。少し離れたところから、啄木鳥きつつきさんは元気に手を振っている。どうやら眠気と疲れでグロッキーなのは俺だけみたいだ。


「おはようございます!」

「おはよう……若者は朝から元気だね」

「早起きは慣れっ子ですから。ってゆーか2歳しか変わらないですよ!」


 啄木鳥さんは、昨日と同じ大きなバッグを背負っている。中身はきっとフルーレだろう。いざという時、敵と戦う武器になることは証明済みなので、護身用といったところか。実は俺も家で武器になりそうなものを探してみたのだが、ほとんど使っていない包丁やビニール傘ぐらいしかなかったので諦めた。やはり、ここでも戦力外。


 周囲を見回すと、通勤通学中であろう人がパラパラと通り過ぎて行くぐらいで、馬車の気配など微塵もない。


「まだ来てないみたいだね、帝国の人」

「ですね」


 お洒落なカフェは忙しそうに開店準備を始めている。帝国近衛兵団の男が言った「明朝」というのは何時頃を指していたのだろうか。待っている時間が長いほど緊張してしまうので、できれば早くお出まししてほしい。


「あの、ワタル先輩、体調良くないです?」

「いや、そんなことないよ。ちょっと眠いだけ」

「いいもの持ってるんで、試してみません?」


 啄木鳥さんが大きなバッグのポケットから取り出したのは、小さいガラスの小瓶。


「ってかポーションじゃん!」

「えへへー医薬部外品です」

「オレも病院で出してもらったけど、まだ受け取ってねーわ」

「じゃあ丁度良いじゃないですか!どーぞどーぞ」

「……マジで言ってる?」

「魔法が効くなら、アイテムだってきっと効きますよ」


 たしかに、これが効いたらこれから栄養ドリンク代わりに数本は常に持ち歩きたい。家の冷蔵庫に常備しておきたい。ただ啄木鳥さんのペースに乗せられているだけな気もするが……俺の脳内ディベートでは、一瞬で啄木鳥さんが勝利した。


「じゃ、じゃあ、もらってみようかな……?」

「どーぞどーぞ!」


 小瓶を受け取り、栓を開ける。香りは悪くない。啄木鳥さんはキラキラした目でこちらを見ている。これは完全に不味いリアクションを期待している目だね。


「行きます……!」

「いってらっしゃい……!」


 俺はグイッと一気に瓶の中身の液体を飲み干した。


「……!?」


 全然不味くなかった。グレープフルーツの香りがするスポーツドリンクみたいな。ちょっとだけ薬っぽさはあるけれど、市販の栄養ドリンクより余程飲みやすいぐらいだ。


「どうでした!?」


 止まらない期待の眼差しが痛い。


「えーと……身体に……良さそうな味だなーあははー」

「……へー」


 味を察して、完全にがっかりした目に変わる啄木鳥さん。けっこう理不尽だと思う。


 俺と啄木鳥さんの間に漂う微妙な空気とは裏腹に、身体のダルさはポーションを飲んですぐ、嘘のように消えていった。これがアイテムの効果なのだろうか。眠気は残念ながら消えないが、昨日からの疲れが取れた感覚が確実にある。


「期待に沿えない結果で申し訳ないけれど、ポーションはめちゃくちゃ効いたみたい」

「おーすごい!やっぱりHPを回復するんですね!」

「眠気は取れない」

「ポーションがステータス異常とか何でも治したら、エリクサーの存在価値なくなるじゃないですか」


 正論すぎる。


 そんなことをしていれば、自然と緊張は和らぎ、おかげで頭も冴えてきた。これで頭の回転が鈍ったままだったら、俺は本当にただのお荷物になってしまう。


 程なく、お洒落で静かな朝の街に全く似合わない音が遠くから少しずつ聞こえてきた。アスファルトを蹴るひづめの音。ガラガラと回る木製の車輪。間違いない。


「馬車、来たみたいだね」

「ですね」


 目視でも確認できる距離に見えてきた、21世紀の日本に全く馴染んでいない馬車は、2頭の馬に引かれて、そこそこの速さで近付いてきた。そのまま俺たちのすぐ側に横付けられた馬車には、昨日はいなかった馬車馬をいなす御者ぎょしゃ、つまりは運転手の姿。後ろのキャビンのドアが開き、昨日会った帝国近衛兵団の1人がゆっくり降りてきて、姿を現した。


 俺たちと会話した男で間違いないが、甲冑を身につけていないせいか、雰囲気がかなり異なる。中世ヨーロッパの貴族のような出で立ちだった。


「約束通り、朝から待ってましたよ」

「……ふむ」


 帝国の影響力は、この世界でそんなに強いのだろうか。国旗だかマークだかがしっかり描かれたキャビン付きの馬車が来るなり、何か事件を期待する野次馬がどんどん集まってくる。


「貴様たちはこのまま帝都に向かうことになる。早速だが馬車に乗ってもらおうか」

「その前に約束してください」

「……む?」


 少し驚いた顔をしたように見えた。俺から意見することが意外だったのだろうか。


「俺たちの命の保証だけは、ここでしておいてください」

「ふふ、フハハハハ!」

「何がおかしいんですか」

「貴様たちが皇帝閣下に対して不敬を働かなければ、刑罰などにはかけられんよ。私、帝国近衛兵団長のギル・ギーレンが約束しよう」


 帝国近衛兵団長のギル・ギーレン。昨日、ここに来た近衛兵の3人の中で、こいつが妙にリーダーシップを発揮していたのは、そういう理由だったか。近衛兵というからには帝国を守る要で実力者の集まりのはずだ。それを束ねているのがこの男。油断はできない。


「さあ、馬車に乗りたまえ。出立する。細かい話は道中に聞こうではないか」


 これ以上拒む理由もなく、俺と啄木鳥さんはキャビンに乗り込んだ。中はそれなりに広く、やはり貴族が嗜むような装飾がさまざまな場所に施されている。椅子の座り心地はやや硬めだが、高級感のある布地が張られていたため、それほど気にならなそうだ。


「出してくれ」


 ギルが御者に声を掛けると、鞭の音とともに馬車はガタガタと走り出す。揺れは大きくないが、細かな振動が身体に伝わってきた。スピードもそれなりに出ているようだ。


「あの……」


 啄木鳥さんが口を開く。


「帝国の帝都に向かうと仰いましたが、帝都とはどこにあるのでしょうか?」

「……なるほど。帝都の場所を聞いてくるということは貴様らはやはり……いや、まあ良いだろう」


 ギルは歯切れが悪そうに答える。


「ここはいくつかの島々から成るニホンという国の、トウキョウという都だそうだな。帝都はトウキョウの海に沿って馬車を走らせ、かつてチバと呼ばれた地域に入ってすぐの場所にある」


 かつて千葉と呼ばれた?いま千葉県はどうなっているんだろうか。


「皇帝閣下の居城はマイハマと呼ばれた場所にあり、帝都の城下町はそこを中心に広がっている」

「え、それって……」

「帝国を称え、皇帝閣下を称え、帝国のことを夢の国と呼ぶ群衆も少なくない」

「おい、夢の国ってまさか……」


 啄木鳥さんも、横で話を聞いていた俺も、お互いに顔を見合わせて確信した。帝都は俺たちの世界の、夢の国のランドとシーにある。たしかにもともと「城」は存在するが、この世界では皇帝の居城になってしまっているのだろうか。この目で確かめて見なければそこまではわからないが。


 今度は俺が、気になっていたことを質問する。


「日本と帝国の国境って、どこなんです?」

「それはいま、ニホンと帝国との間で議会を開いて定めているところであると聞いている。いち兵士である私の及び知らぬことだ」


 なるほど。昨日の群衆の様子を見れば、帝国の偉大さや強大さといった得体の知れない圧力は、こちら側の人々の記憶に確かに刷り込まれているのかもしれない。しかし実態は、俺たちがそう見えているように、突然出現した存在である可能性が高い。


 そこから生まれる矛盾のせいで、帝国やモンスターといった存在自体にあやふやな面が少なからずある。だからこそ帝国は、この世界にしっかりと国家として割り込むために、いま必死に手順を踏み、もがいているといったところか。


 いくら魔法か何かで人々の記憶を塗り替えたとしても、これまでの送ってきた人生まで消えてしまったいるわけではない。帝国のイメージはあるが帝国に関する体験がない。その矛盾が、これから先、なんらかの鍵になるのではないだろうか。俺はそんなふうに考えていた。


「ただ、はっきりと言えることがある」


 ギルは続けて口を開く。


「ニホンが我々帝国の存在を拒むのであれば、武力行使に出ることになるだろう。領土の拡大、ひいては世界中を手中に治めることこそ、皇帝閣下の悲願であるからだ」


 最後は世界征服を目論んで、世界中の国家を敵に回して戦争を始めるつもりとか、まるで悪の組織だ。やり方のむちゃくちゃ加減にも程があるだろう。それに、いくらモンスターに勝てる剣や魔法があっても、世界の軍事兵器には敵わないに決まっている。


 だが、このギルという男は、帝国への、皇帝への忠誠心が高いだけで、小賢しい嘘をつくようなタイプだとは思えない。本気だとしたら、何か奥の手があるのだろうか。世界をひっくり返すような奥の手が。


 馬車は、自動車に抜かされつつも、結構なスピードで都心部に向かって走り続けていた。馬の足音と、車輪の擦れる音がよく聞こえる程度に、車中はしばしの沈黙。目を閉じて、瞑想のような状態に入っているギル。不安そうに外を見つめる啄木鳥さん。ついつい、ネガティブな方向へ考えを募らせてしまう俺。


 その沈黙を破ったのは、意外にも馬車を運転している御者さんの叫び声だった。


「ぎ、ギル様!!敵襲です!!」

「!?……なんだと!?」


 次の瞬間、轟音とともに馬車が大きく揺れる。


「きゃっ!」

「うわっ!な、何が起こったんです!?」


 ギルが答える間もなく、再度轟音が襲う。倒れるのではないかというぐらいに揺れるキャビン。馬車を引いていた馬たちは激しく興奮し、いななきながら暴れる。御者がなだめようとしているが、馬車の動きは完全に止まってしまった。


 その瞬間、キャビンのドアにバキッという破壊音が響く。啄木鳥さんの悲鳴と同時に、ドアはこじ開けられ、赤い髪の筋肉質の男が車中に乗り込んできた。


「よう、ギルさんよ」

「貴様……レジスタンスの……!」


 レジスタンス……反乱軍ということは、帝国と敵対している何者かということか?


2をどこに連れて行く気だい?」

「貴様に喋る舌など持たぬ!!」


 ギルは目にも止まらぬスピードで隠し持っていた刀剣を抜き、赤い髪の男に一閃を放つ。カンッという金属がぶつかり合う鈍い音と飛び散る青い火花。赤い髪の男は小さな斧でそれを受け止めていた。


「兵団長が奇襲たぁ、ちっと汚ぇんじゃないかい?」

「奇襲を先に仕掛けてきた貴様が!言えたことかーッ!」


 ギルは赤い髪の男の胸を強く蹴り飛ばし、外へと押し出した。そのまま追い討ちをかけようと自身も飛び出していく。アクション映画さながらの、ど迫力の肉弾戦を、至近距離で見てしまった。


「啄木鳥さん、俺たちも降りよう!」

「ですね!」


 馬車のキャビンを飛び降りると、睨み合ったまま動かない2人がいた。赤い髪の男は両手に手斧を、ギルは刀剣を構え、凄まじい殺気を放っている。道路の真ん中にも関わらず、通行止め状態の自動車がクラクションひとつ鳴らさないのは、この世界ではこういった騒ぎがよくあるから、ということだろうか。


 この光景を見ている瞬間は、馬車が止まった原因などすっかり頭からすっかり抜け落ちていた。


「エアトルネード!」


 どこか高い場所から女性の声が響き、次の瞬間にはギルが激しくもコンパクトに凝縮された竜巻に包まれていた。轟音をあげるそれは、ギルだけを狙いすましたかのように細く高く昇り、少ししか離れていない俺たちのところでは、僅かに風を感じる程度。精密にコントロールされている。この竜巻は間違いなく魔法だ。轟音も先程馬車が激しく揺れたときに聞いた音によく似ている。どうやら馬車の足止めは、風の魔法で行われたらしい。


「ウェポンブレイズ!」


 赤い髪の男が叫ぶと、両手の斧から炎が上がった。これも魔法なのだろうか。


「はああああッ!!」


 地面ひと蹴りで前方に大きく跳び、身体に捻りを加えながら竜巻へと突っ込んでいく。


炎神全開えんじんぜんかいッ!!」


 捻った身体をもとに戻す反動で、2本の炎の斧を同じ角度で振り下ろし、ギルを竜巻ごと叩き斬った。……ように見えたのだか、斧の刃は竜巻に触れたところで止まり、斜め下へと抜けていったのは斧が纏っていた炎だけだった。


「ふんっ!!」


 ギルの気合いひとつで竜巻がかき消され、刀剣で斧を受け止めていたギルの姿があらわになった。


「ちっ!」


 体勢を立て直すため、赤い髪の男はすかさず距離を取る。


「上手くいったと思ったんだがなぁ」

「貴様の攻撃など、私には通じん」


 ギルは近くのビルの方へ振り向いて、声を張り上げる。


「そこから弓や魔法で私を狙い撃っても無駄だ!おとなしくこちらに来たらどうだ!?」


 一瞬の沈黙。赤い髪の男に対して、ギルは背を向けている。隙だらけに見えるが、いま攻撃を仕掛けても無駄であることを、あの男は感じ取っているのだろうか、一歩も動かない。


 俺と啄木鳥さんは呆気に取られて、身動きひとつ取れないが。


 やがて、ビルの方から足に小さな竜巻を纏った女の子が、なんと空を飛んでこちらにやってきた。風の魔法を正確操ると、そんなこともできてしまうらしい。


 女の子は、スッと赤い髪の男の横に並ぶように地面に降り立った。メガネをかけ、深い緑色の髪をした女の子。弓を背負い、腰には矢を束ねたものが入っているであろう筒を身に着けている。ガタイの良い赤い髪の男と並ぶと、小柄な身体が際立つ。


「まさか貴様たちまでこちらの世界に来ていたとはな」

「へっ、勝手に巻き込んだのはおめえらだろぉがよ!」


 こちらの世界?巻き込む?


「レジスタンスよ。貴様たちの話を聞こう。何故、我々の馬車を襲った?」

「さっき言わなかったかぁ?2人の英雄様を迎えに来たんだよ」


 2人の英雄様?


「そこにいる2人はよぉ!俺たちにとって、なくてはならねぇ存在なんだよぉ!だから渡してもらおうかぁ!?」


 やはり、俺と啄木鳥さんのことらしい。


「帝国の大魔法のせいで、両方の世界はむちゃくちゃじゃぁねぇか!?こっちの世界にまで迷惑かけるわけにゃぁいかねぇだろうがぁ!?」


 大魔法?両方の世界?こっちの世界?気になる言葉はいくつも積み重なる。


「だが、貴様たちも気付いているのだろう?彼等の危うさにな」


 ギルの言うという言葉に「異分子」という表現が重なって聞こえる。あの2人は、俺たちが置かれている状況を知っているのだろうか?


「さあ、どうだかねぇ。でもよぉ……?」

「……!!……しまった!!」


 ギルが何かに気がついたとき、長いブロンドヘアーを束ねた女が、俺たちの目の前に居た。そして、すでに俺たちの首元にナイフのような刃物が突き付けられているのだ。超スピードなのか、瞬間移動なのか、目の前で何が起きたのかまるでわからない。ただ、その気になれば、この女は今、俺たちをまとめて殺せたはずだ。そうしなかった理由は……


 その女の姿を見て悔しそうに歯を食いしばるギルに対し、赤い髪の男は高らかに宣言する。


「俺たちレジスタンスには、2人の英雄様が絶対に必要なんだよなぁ!!」

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