第2話 剣聖は守る

 初めて会う同じ大学の女子に対して、なんと声をかければ良いのだろうか。ナチュラルに「はじめまして」、先輩風を吹かせて「なにやってんだオイ」。そんなことを考えながら、テレビで見た映像の記憶を頼りに、全力で走っていた。ついさっきまで入院していたらしい俺には少し堪える。


 現場は本当に目と鼻の先だったので、息が上がる前にすぐ辿り着けた。少し遠くから様子を見る。道路の真ん中で腰を抜かして動けなくなったババア。そして、優しく手を差し伸べる啄木鳥都がそこにいた。2人の無事を確認。


「おばあちゃん、もう大丈夫だからね」

「いやぁ、あたしゃビックリして動けなくなってしもうての……」

「肩を貸すから、立てる?」

「すまないねえ……」


 そんなやりとりを見届けかけたとき、俺の目にはヤバイものが映り込む。反射的に声を張り上げた。


啄木鳥きつつきさん!後ろッ!」


「えっ!?」


 俺という「第三者」がここにいるという状況への戸惑いと、後ろに「何か」が迫っているという直感的な判断を同時に処理する啄木鳥さんは、次の瞬間、ババアをごめんなさいと言いながら横に突き飛ばし、その反動で自身も横っ飛びした。


 啄木鳥さんとババアの真後ろから飛んできたは間一髪で2人の間をすり抜ける。地面にぶち撒かれたそれはシュゥと音を立て、白い煙をあげて蒸発した。アスファルトの地面を溶かしたのか?独特の臭いが漂って来る。


 2人よりも奥へ目線を向けると……居た。緑の、ぐちゃぐちゃした、物体のような、液体のような……。


「あれが……スライムか……!」


 俺は子どもの頃から、古今東西のゲームや漫画でさまざまなスライムを見てきた。でもは、それらより遥かに気持ち悪い。そもそも生き物に見えないし、大きくて強そうだ。人間の背丈と同じぐらいあるのではないだろうか。


「ちょっと、そこのあなた!何してるんです!?危険だから早く近くの建物に隠れてください!」


 まあ、啄木鳥さんには怒られるとは思っていた。なんとなく。だから返す言葉も決めていた。


「俺は知りたいだけだ!モンスターとやらをこの目で見て!どうにかなっちまったこの世界のことを!」


「!!」


 俺の言葉で、啄木鳥さんが一瞬驚いたように見えた。おかしいことは言ってないはずだ。本音を言えば、それっぽく病院を走って飛び出した手前、啄木鳥さんを助けたいのだが……残念ながらさっきのスライムの攻撃で察しがついた。俺は足手まといにしかならない。それならば……


「ババアのことは任せろ!スライムの相手は任せたぜ!『剣聖』!」


 返事を聞く前に、道路に再び倒れ込んだババアのもとへ俺は駆け寄った。向こうに見えるスライムの動きに細心の注意を払いつつ。


「婆さん、動けるか?」

「あんたは……」

「通りすがりの、ただの大学生だよ!さあ行くぞ!」


 ババアを力づくで背負い、気持ち離れた雑貨屋を目指して走る。


「しっかりつかまれ、婆さん!」


 ババアはひいひい言いながらも、肩に回した手に力を入れて、振り落とされまいと踏ん張っている。俺は、啄木鳥さんと違ってアスリートでもなんでもない。特別な力や身体能力はなく、体力も人並みだ。もう少しの辛抱だから、そのまま落ちずに踏ん張ってくれよ。


 一方、啄木鳥さんは俺の意図を汲んでくれたのか、ババアとの逃走劇が終演するまでの間、スライムの動きを監視してくれていた。肩にかけた、バンドマンが持ち歩いて歩いているギターケースのような大きなバッグを地面に置きながら。


「っだはあ!」


 目標の雑貨屋の中へと雪崩れ込んだ俺とババア。驚いた女性店員を横目に、一瞬の安堵が訪れる。予断を許さない状況に変わりはないが、さっきみたいに変な液体を直接ぶっかけられるより何倍もマシだ。


「はあ……はあ……ちょっと……避難……させて……もらいます……」


 挨拶は息も絶え絶え。店員は先程の驚き顔のまま、首を縦にガクガク振る。助け合いって大事だね。しかし、すぐに気になったのは外の様子だ。啄木鳥さんは無事か?


 地面に置いた大きなバッグから、彼女は剣を取り出していた。長い髪に無防備な春先取りのファッション。そんなには似つかわしくないフルーレを手に、スライムを対戦相手に見立てて、軽く腰を落とし、構えを整える。そのシルエットは、テレビ中継で観たことがある「剣聖」そのものだ。


 啄木鳥さんにじゅるじゅるとにじり寄るスライム。ゆったりとした動きが逆に不気味だ。少なくとも、啄木鳥さんを、人間を、敵だかエサだか、そういうふうに捉えているのは間違いないように見える。


 緊迫した状況を先に破ったのは、スライムだった。次の瞬間、ヤツは啄木鳥さんの頭上に飛び上がっていた。


 ほぼ同時に啄木鳥さんも反応していた。フェンシングの構えのまま、大きくバックステップ。先読みしていたのだろうか。それとも、凄まじい反応速度なのだろうか。スライムのジャンプ攻撃を正確にかわす。やはり、世界レベルのアスリートは凄い。


「はっ!」


 ジャンプ攻撃をかわした体勢からそのまま、流れるような美しい動作で、啄木鳥さんが反撃に転じる。真っ直ぐに突き出したフルーレは、スライムの着地の瞬間を完全に捉えていた。


 ブスリと深く突き刺さるフルーレ。……決まったのか?


 一瞬の沈黙。


 次の瞬間、スライムはして刺さったフルーレから脱出し、先ほどアスファルトを溶かした液体を吐き出した。しかし、啄木鳥さんはそれにも反応し、再びのバックステップでかわす。


 互いに、攻撃と反撃を何度も繰り返す。啄木鳥さんの攻撃はスライムを毎回確実に捉えている。逆にスライムの攻撃は啄木鳥さんに一度も当たらない。


 ……おかしい。完全に啄木鳥さんが優勢で戦いが進んでいるのに、まるで啄木鳥さんが押されているように見える。スライムに、少しのダメージも通っていないかのような。


 俺はハッとした。するようなヤツをいくらにしても、何の意味もないのではないだろうか。ノーダメージのまま、戦いが長期化すれば、集中力とスタミナが切れたとき、不利になるのは啄木鳥さんじゃないのか。


 余計な心配かもしれない。だが根拠のない確信もある。気付いていないわけがないんだ。彼女自身、フルーレを何度も突き出し、攻撃を仕掛けて、手応えがあったかどうか一番に感じ取っているはずだ。それなのに……


 ……ならば、彼女も逃げるべきでは?


 そこまで考えてやっと気が付く。彼女が逃げたら、今度は街がヤバイ。スライムが都市部に移動したら、その被害はどれほどになるだろう。彼女は今、自らを盾にして「時間稼ぎ」をしている。少しでも街への被害が小さくなるように。


 なぜ彼女がそこまでして、街を守ろうと思うのか、俺にはわからない。だが、ひとつだけわかることがある。このままでは、彼女が危ない。


「店員さん!頼みがあるんだ!」




 スライムの攻撃は執拗だ。物理ダメージがないことを逆手に取り、避ける動作をしない。その分、攻撃の回数を増やしていく。


「はっ!えいっ!やあっ!」


 何度何度もフルーレはスライムを捉えている。何度も何度も、啄木鳥さんはスライムの攻撃をかわしている。


「はあ……はあ……こんなはずじゃ……」


 一瞬の油断だった。スライムは物理攻撃から続けざまに、液体を吹きかける攻撃を繰り出した。


「!!」


 啄木鳥さんは初めて「横」にかわした。フェンシングは基本的には前後の移動で行われる競技だ。ピストと呼ばれる競技フィールドに、横幅はほとんどない。競技であれば、その行動は敗北を意味する。


「つッ!」


 ぶちまかれた液体が、啄木鳥さんの左腕をかすめた。爽やかな色の春物ニットにやや目立つ穴が空き、あらわになった地肌が火傷のように水膨れする。


 さらにスライムは攻撃を仕掛けるが、今度はバックステップでかわす。少しずつではあるが、主戦場が雑貨屋に近付いてきている。


 啄木鳥さんの構えは、先程までの美しい姿ではなくなっていた。左腕はダラリと下がり、腰もほとんど落ちていない。スタミナが尽きようとしているのか、攻撃を喰らった左腕が痛むのか、息も上がっている。


「はあああっ!!」


 意を決して、啄木鳥さんは渾身の一撃をスライムに放った。しかし、この戦いで初めて、スライムが攻撃をかわした。一撃に力を込めた啄木鳥さんは、そのままバランスを崩す。スライムは、その隙を見逃さない。


 攻撃の姿勢に入ったスライム。体勢を立て直せない啄木鳥さん。万事休すだ。……と思ったか、スライムめ。


「てええええりゃああああああッ!!」


 雑貨屋を飛び出した俺は、スライムに向かって瓶いっぱいの液体を、啄木鳥さんを傷付けたお返しとばかりにぶちまけた。啄木鳥さんにもかかってしまって、申し訳ない。


「えっ!?えっ!?」


 驚く啄木鳥さん。そして、あたり一面に広がるラベンダーな香り。これでスライムの気分を落ち着かせようというわけではもちろんない。


「おおおおりゃああああああッ!!」


 スライムと啄木鳥さんが十分に離れていることを目視し、左手に持っていた火のついたアロマキャンドルをスライムに向かって放り投げる。


 スライムに当たったアロマキャンドルは、その液状の身体を一気に炎で包み込む。先にぶちまいておいたラベンダーの香りのアロマオイルを、ココナッツの香りのアロマキャンドルで点火させたというわけだ。ラベンダーとココナッツの香りが混じり合い、正直臭い。しかし、手応えはあった。


 スライムに鳴き声はないらしく、その場で静かに溶け、蒸発していく。その様子を見ながら、呆気に取られて立ち尽くす啄木鳥さん。


「うまくいった……かな……?」

 

 完全に蒸発しきったスライムの跡を、2人で見届ける。


「…………がと……」

「え?」


 啄木鳥さんは、とても小さな声で、何かを言った。しかし。


「ど、どうして建物の中にいてくれなかったんですか!?危ないじゃないですか!」

「あ、うん、ごめん」


 理不尽に怒られた気もするが、薄ら笑いで反射的に謝った。


「死んじゃうかもしれないんですよ!?」

「それは啄木鳥さんも同じでしょ?」

「そうですけど……私は剣で戦えます!でもあなたは……!」

「その剣、全然効いてなかったみたいだけど……?」

「うぅ……と、とにかく!助かりました!ありがとうございました!」


 はい?今、怒りながらお礼言いました?


「……さっき、フェンシングの自主トレをしてるとき、1人で戦ったモンスターには私の剣が通じたんです。大学のキャンパスに現れたモンスター……」

「……スライムじゃない、別のモンスター?」

「たぶん、ゴブリンってやつです。小さくて鬼みたいな。でも私、モンスターなんて現実に現れると思ってなくて。でもみんな当たり前みたいにモンスターのことを知っていて」

「……同じだ」


 俺は今朝、車に轢かれて、病院で目覚めたときから、この世界に違和感を覚えている。俺の知らない常識を、俺以外の人間がみんな知っていて、モンスターが現れる日常が当たり前になっているような。


「少なくとも、俺はモンスターなんて今日、今さっき、初めて見た」

「あなたも……?でも周りのみんな……大学の友達は、ずっとモンスターに怯えながら暮らしてきたみたいでした」

「うーん……」


 考えられる可能性は。


おかしくなったのか、おかしくなったのか」

「……よくわかりません」

「だよな。俺もわからない。わからないけど、とりあえず、病院へ行こう。いま必要なことは、啄木鳥さんの腕の治療だ」


 啄木鳥さんの左腕に目をやると、痛々しい水膨れがさっきより酷くなっているように見える。


「大丈夫です!……って言ってられないですよね。はぁ〜大事な試合前に怪我しちゃった。コーチに怒られるー!」

「死ぬ気でモンスターと戦って、街ひとつ守ろうってやつが、コーチにビビってるのか?」

「だって、街が壊されちゃったら、試合どころじゃなくなるじゃないですか!試合ができなかったら、私の将来、お先真っ暗です」


 意外とネガティブなのかな?いや、試合に出たら絶対勝つみたいな言い方だから、どちらかと言えばポジティブなのかも。


「俺さ、今日、車に轢かれたらしいんだよ」

「え……?」


 まあ驚くよな。


「はっきりと覚えてなくて、気付いたら病院のベッドの上でさ。でも、大事故だったみたいなんだ。少なくとも、俺の知っている常識なら、1日も経たずに回復するわけないんだ」

「前置き、長いです」

「要は、腕の火傷みたいな怪我ぐらいなら、もっと簡単に治るんじゃないかってこと。俺たちの知らない常識が蔓延っているんならさ」


 そのときだった。耳をつんざくブザーとともに、俺と啄木鳥さんのスマホが、街中設置されたスピーカーが、再びを告げた。


『緊急モンスター速報。緊急モンスター速報。近隣にモンスターが出現しました。屋外にいる人は至急近くの屋内に避難してください』


 何かの冗談だと信じたい。誤報だと思いたい。


「あ……」


 そして、見てはいけないものを見てしまう。スライムとゴブリンが3匹ずつ、群れを為して、すぐそこに居た。圧倒的な絶望感。スライム1匹にあれだけ苦戦したのに、モンスターが群れで現れたこの状況に、勝算は、ない。


「……剣聖さん、どう思う?」

「……逃げても無駄、ですね」

「アッハッハー……はぁ……」


 啄木鳥さんはチャッとフルーレを構えた。俺にはもう奇策も何もないから、ゴブリンに体当たりするとかしか出来ない。それでも、やらないよりマシか……。


 何かがおかしくなってしまったこの世界で、死んだらどうなるのだろう。財布の中身が半分になって、病院あたりからやり直し、とか?もちろん、そんな超常現象も有り得なくはないはずだ。現に「モンスター」という超常現象を目の当たりにしているのだから。


 死を悟り、覚悟しながらも、における死の概念を想像する。もちろん、想像したところで答えは見つからない。なるようにしかならない。


 意を決して飛び出そうとしたが、ひとつ、大事なことを忘れていた。


「俺の名前は瀬戸渉せとわたる。啄木鳥さんと同じ大学の3年。学科は違うけど」

「ちょ……今更自己紹介されても困るんですけど」

「ですよねー」

「……っていうか、知ってました」

「……はい?」

「瀬戸先輩のこと……知ってました」


 意外な返答。反応に困る。


「私の自己紹介、いります?」

「いや、間に合ってる」

「ですよねー」


 小憎らしいが、久々に女子とお喋りしている状況に、少し胸が高まってしまった。これから死ぬかもしれないってときに。これが「吊り橋効果」ってやつだろうか?


「覚悟できてます?先輩」

「できてない。けど、どうしようもない」

「じゃあ、いきましょう!」


 俺たちがモンスターの群れに向かって走り出した瞬間、それは起こった。1匹のゴブリンの首が美しい放物線を描いて飛んでいく。


「!?」


 驚いた俺たち前には、長い剣を持ち、西洋甲冑を身に付けた人間が立っていた。


「ライトニングサンダー!」


 今度は違う方向から男の声がする。何もない空中から電撃が走り、スライムたちを直撃。何が起こっているのかさっぱりわからない。


「どりゃああッ!」


 巨大な斧を振るう大男が残り2匹となったゴブリンを同時に吹っ飛ばす。


 彼らはあっと言う間にモンスターの群れを全滅させた。鎧姿の騎士に、魔法使いに、大男。


「帝国近衛兵団、任務を完了したッ!!」


 鎧姿の騎士は高らかにそう宣言した。

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