第2話 蛮勇と真勇
「そいつは、突然現れたんだ。僕らの住んでた都市を覆い隠すほどの大きな翼と胴体。御伽でしか聞いたことなかった天空の覇者」
少年は思い出すように言った。
「
「ちょ、ちょっと待って!龍が人間の国を襲ったって言うの!」
少年が話を続ける前にラミーが悲鳴のような声を上げる。
「え、嘘!じゃあさっきの妖精さん達の話本当だったの?」
ラミーは困惑気味に周囲の妖精達の様子を確認する。冷や汗が止まらない。
周囲の光はさっきまでのように柔らかではなく苛烈な赤や黄色に染まっている。
「よく分からないけど、間違いなく龍は僕らの都市に現れたよ。一瞬だった、都市が火の海になるのは.......」
それに追い討ちをかけるように少年が口を開く。ここに至って初めて妖精達が嘘をついていない事に気付きラミーは冷や汗を流す。
「え、ええ......とこれはそのー」
不思議そうに自分を見つめてくる少年をわきにラミーは叫ぶ。大体からして、龍の卵を盗む奴がいるなんて話の方が信じられないのは当たり前だ。それが真実だと聞かされたラミーの気持ちは推してはかるべしだろう。
「ん?待って確か君、空から降って来てたよね?もしかして空の術が使えるの?」
「くうのじゅつ?」
何だそれ?とでも言いたげに首を傾げるエル。
「あれ?気のせい?空飛んだりとかは出来ない感じ?」
ますます、わけの分からなさそうな顔をするエル。
段々、この少年の態度に苛立ちを覚え始めたラミーは声を荒げる。
「じゃあ、なんで空から降って来たのさ!」
そこではっとする少年。何かを思い出したように必死になってラミーの方を向く。
「そうだ!お前が龍を食らう猫なら協力して欲しいんだ!」
全く話が繋がらない。何故こうも話が進まないのか途方に暮れたラミーは近場の岩に腰を下ろす。
「で、協力するって具体的に何をすれば良いの?」
話が進まなければ意味がないという思想のもと取り敢えず話だけでも聞いてやろうと耳を傾けるラミー。
「やっぱりお前が龍を食らう猫だったんだな!そうならもっと.........」
強制の第一素術、《沈黙》
「ねえ?ちょっと落ち着いてくれない?でないとあっちにあるでっかい山に吹っ飛ばすからね?」
そう言ってラミーが指差したのはここからもはっきりと分かる綺麗な白を纏った山岳、その中でも特に巨大な大山の頂上。生き物ひとつも存在しないだろう。
「........わ、分かった猫のねーちゃん」
エルが落ち着いたことでようやく話が進む。
「はあー、僕は猫じゃないのに........まあいいや」
もうすでにエル少年から猫と呼ばれる事に半ば諦め始めているラミーだが話を進める事は出来たと満足する。
「ほら、それじゃ話して一体あなたは何を協力して欲しいの?」
「お願いがあるんだ猫のねーちゃん。俺は龍の卵の場所を知ってる。だから、その卵をねーちゃんに食べて欲しいんだ!」
少年エルが語った内容はラミーを驚愕と混乱の渦に巻き込ませるのには十分な威力をはらんでいた。
まさか今盗まれたと言われた卵を目の前の少年が居場所を知っていて、しかもその龍の卵を自分に食ってくれと頼まれる。到底理解できる状況ではない。
「あ、貴方、龍の卵の位置が分かってるの⁉︎」
しばし呆然としていたラミーだったが数瞬の内に我にかえった彼女は慌ててエルの肩を引っ掴み前後に揺らす。龍の卵の位置はラミーにとっても見過ごしてはならない情報だからだ。
「この際だから何で君が龍の卵なんて危険な代物を持ってるのかは聞かないであげるから。今すぐその場所を教えて!あれは人が持っていていいようなものじゃないんだよ!」
彼女の必死な様子に戸惑う少年。ラミーはラミーで龍の卵に関する事で頭がいっぱい。
だから、反応が遅れてしまう。ラミーとエルの立っている場所に巨大な影が立ち、不吉を思わせるような風の唸り声が当たりに木霊する。
それはあまりにも大きく雄大で、唐突にくる天変地異のように姿を現す。
何人も抗う事など出来ないと強く思わせられる圧倒的破壊のエネルギー、生物の頂点とは伊達ではないのだろう。
「.......なっ!」
エル少年が大きく目を見開きこちらに何かを叫ぶ。
「え?なに!全然聞き取れないよ!」
尚も叫ぶ少年だが、ラミーの耳に届くのは異国の言葉。自分の知らない言語を聞いたことでようやく自分が使った素術の効果が切れている事に気づくラミー。
「なんてことなの!こんな所で第3素術が切れるなんて!」
時間は刻一刻と過ぎていく。それは等しく二人の上空に存在するものにも適応される。
山を揺らすような激しい咆哮。全ての食物連鎖の頂点に立つ正真正銘、最強の生物。
天空の覇者、『
見上げれば動く孤島のように非現実的な大きさに非現実的な迫力。誰が勝てるのか。そんな疑問しか沸いてこないようなその威容。なるほど、確かに天空の覇者と言われるだけはある。
今この場を完全に支配しているのは紛れもないこの
この場の主が発した咆哮は全ての生物の動きを止めるのに十分な程であった。それはもちろんラミーも同じこと。
「あっ!」
ラミーの硬直がとけた時にはその天空の覇者がエル少年を連れ去った後だった。
呆然と立ち尽くすラミー。龍が居座っていた辺りは打って変わって何の音も聞こえない静寂に包まれている。
「もう、わけ分かんない!」
怒髪天を衝くとはこの事を言うのだろう。ラミーの怒りに呼応するかのように火の精霊、風の精霊達が輝き一瞬周囲にほのかな熱波が広がる。
「どうしてこう、いっつも大変な時にお師匠は居ないのよ!」
怒り心頭といった様子でラミーは両手を広げる。
そこに光が集まりラミーの背丈に合わないほどの巨大な杖が姿を表す。
「
ラミーの周囲に幾何学模様の丸い陣があちこちで浮かび上がり弾ける。足元にはその中でも特に一番大きな陣が回転しながら光を放っている。
「変換素術、《昇華》...........」
手元にある巨大な杖に集中しきっているのだろうラミーの額には汗が浮かんでいる。
周りの精霊達は大きな力の動きに驚きあちこち動き回っている。
次第に陣が大きくなって輝きを増し始める。
「................開、術!」
ラミーが何事か叫ぶと一際輝きが増し陣を形成していた光達が大きく膨れ上がる。
陣が巨大化し、半球のドームのように
「ふー、これでひとまずここは暫く安全かな」
ラミーが満足気な顔で辺りを見回す。
先程、唐突に現れ唐突に連れ去られた少年の話は何が何でも聞かなくてはいけない。ラミーや
何をおいてでもラミーは追わなければならないといったように困った顔で頬をかく。
「んー、でもさっきの
ラミーが古くから唯一知っている
性格は物静かで龍達の中でも博識で尚且つ上位の存在であるとそうラミーは記憶している。
少なくとも先程の
「やっぱりあの
身体の芯から全身を動かすような強い揺さぶりがラミーの中で起こる。初めて感じた下位とは言え
「うがー!何で私が!」
だが、この森において頼れるのはお師匠だけ。そのお師匠も今はいない。
自分で行くしかない。
ユージラスの知り合いだからといって見逃すような事は普段から独断で行動している
「よし、行こう!」
悩んでもどうせ行くことになるとさっさと割り切ったラミーの行動は早かった。
辺り一帯を覆っている結界をより強固にしてから二言三言呟き何かしらの術を発動させる。
すると、彼女の周囲に爽やかな緑の光が舞い始め彼女の身体はゆっくりと宙に浮く。
ラミーはこの独断での旅路の始まりがどうか蛮勇ではなく真勇であることを強く願い、お師匠がどうか早く用事から帰り
「離せ!俺をどこに連れてくつもりだ!」
雄大な緑豊かな山々の上空。
そこに一体の巨大な
龍はどこかに留まるでもなくひたすら上空を旋回し続ける。
『卵はどこだ?』
突然、少年の頭に響いたのは低く重たい言葉。嘘をつけばどうなるか分かりたくも無いようなその重圧。少年は一瞬の目眩を覚える。
「何で俺が言わないといけないんだ!教える理由なんてない!」
強い否定の言葉に苛立ったのか龍が口から軽く炎を吐く。その熱がエル少年の頬を撫で髪の毛を少し焦がす。
『あれは人間如きが手にしていい代物ではない』
先程と同じような重圧を伴って頭に龍の意思が絡みついてくる。エル少年は気丈にそれを振り払って尚も龍に正面から睨みをぶつける。
『ふん、その度胸は認めるが真勇と蛮勇の区別はつけるべきだな』
龍の
『疾く、言え』
このまま肩を握り潰してやるぞ、と暗に言っている。エル少年は肩に加わるあまりの力に
「はっ.......なせ!はああ!」
エル少年が腰にさした剣を抜き龍の足に突き刺す。
澄んだ音、金属が重なり合うような高く大きな音がその場に生まれる。
『人の身で我に傷などつけられると思うなよ』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます