龍を食らう猫

@twilight456

秘境の猫

第1話 空の覇者

古びた扉、苔の生えた煉瓦にそれを支えるための扉同様に古びた木、その家は森に隠れる様にひっそりと溶け込み埋もれていた。回りを囲む精霊の残り香。空気はひどく静かで人一人いない。精霊達が残して行ったのだろうきらきらと光る粒子がそこらじゅうを飛び回っている。


とても、幻想的で静かなそこは、


精霊の拠り所フェアリーハウス


と呼ばれている。


いつからそこにあったのか、誰が最初に住んでいたのかも分かっていない遥か太古の遺物である。

だが、人々は滅多にこの地には訪れない。

これ程の歴史的物件である。誰が欲しがってもおかしくはない。歴史的価値ははかりしれないだろう。


それでも、なおこの地に人々が訪れようとしないのは誰一人としてその存在を知らないからである。人々の意識は水の上に浮かぶ器の様に不安定でいつも自分達の生活に向いていた。未だに全貌が分からない秘境と呼ばれる大森林に調査を向ける余裕などなかったのだ。


一部の富裕層や王侯貴族でさえも財を惜しんで調査に乗り出そうとはしない。故にその森はこの数百年、いや数千年もの間誰に触れられるでもなくひっそりとそこに存在した。数々の歴史を包み込むように青々と木々は生い茂り、人々の意識から外れていく。


数百年前から、あまりに未知と危険が多いためそこに向かう人間は単なる自殺志願者か、償えきれないような罪を犯した極悪人か、そうでもなければよっぽどの頭をしている奴だと言われるようになる。

そして、この考え方の影響で人々の関心はさらに薄れていくのだった。


そこにまだ見ぬお宝があるだの、遺跡が眠っているだの、そんな噂など立つ事もない。危険だとは分かっているのに全く気にしない。この不自然さがこの森を何千年もの間、守り続けているのだろう。


だが、決して一人たりともその森に入らないわけではない。

好奇心から入る者、入るしか他にない者、特別な事情を抱える者。ある一定数のそう言った森への侵入は多々ある。

そして、皆は森に入った理由に関して一様に口を揃えてこう言うのだった。




を探して......



龍とは超常の存在、生ける伝説、場所によっては神としてと祀られる事もあるだろう紛れもなく最強の生物である。人はもちろん、ましてや猫などが到底勝てる存在ではない。

一説には、個体によっては島国程の大きさのものも存在すると言われている。


龍が他の生物に殺されるなどと言った話はこの世にほとんど存在しない。それこそ、人の英雄、エルフの英雄なら話は別だろうがそれ以外では語られる事など無いに等しい。


ある伝承を除いては、


その伝承は子供でも知っているような有名なお話。もはや御伽話としか思われていないだろう猫と龍の伝承。


この伝承が影響してか、猫を神聖な動物として崇拝している国も存在している程だ。


この世界の猫が強いかと言うと答えは違うとしか言いようがない。寧ろ、愛玩動物として飼われているぐらいだ。強いわけがない。伝承は伝承そう言われて当たり前。


だが、時代の流れ、人の悪意は伝承を伝承としておさめること許してはくれない所まで来てしまっていた。


ライアナ王国、夜の帳が落ち国民の殆どが寝静まった頃、城内にて。


「よくやった!遂に手に入れたか!よくやってくれた」


蝋燭の灯りのもと寝巻きとは思えないほど豪奢な服装に身を包んだ男が座っていた椅子から身を乗り出す。


「ええ!遂に見つけ出しました!これが、これこそが龍の卵にございます!」


その男が手にしていたのは人が両手で持って余りある幾何学模様のような紫光が走る巨大なであった。


「おお、よくやってくれた!これで我が国も安泰であろう。」


そう言って喜ぶ寝巻き姿の男ライアナ王国第8代目国王、アイケル・バッハ・カラリー=ライアナは実に凄惨な笑みを浮かべる。


「帝国とそれにくみする諸国連合の豚供め.......私の国の経済を孤立させようとするなどそう簡単に行くとは思うなよ」


そう吐き捨て、近くに置いてあったグラスに手をかける。


「この褒美は高くつけねばならんな。可能な限り君の望む物を褒美として与えよう。望む物をが有れば何でも言ってくれ」


国王はワインを揺らしながら今回の功労者である目の前の薄汚れたローブを着た男に尋ねた。

正直、国王としてはこんな薄汚れたローブを着た男をいつまでも自分の居城にあげておくのは多少の抵抗がある。さっさと願いの物を渡して帰って欲しいぐらいだ。


だが、相手は命がけで龍の卵を手に入れてきた相手だ。無碍には出来ない。

龍は繁殖力が人と比べてかなり弱いのでそのぶん自分達の子孫を残すための卵を過剰なほど大切に育てる。

つまり、龍の卵というのは手にするのも命がけという事である。

どうやって手に入れたかは知らないが褒美をやらないわけにはいかなかった。


「では国王陛下、僭越ながら.......」


男が語り出した望みに注意深く耳を傾ける。叶えられないような無理難題で無ければ極力叶えるつもりではあるのだ。


「.......ふん、そらぐらいなら構わんだろう。まさか貴様のような薄汚れた男がその事を知っているとは思わんかったがな」


幸い、国王が不都合に感じるものではなく問題なくその男には国王からの褒美が与えられたのだった。


そうして、龍の卵を手に入れた国王は満足してこれからの国家間同士でのやり取りで強く打って出られると安心してベッドに向かっていく。


後に、この卵が全ての元凶になるとも知らずに。


『龍は過剰なほどに己の卵を大切にする』


アイケル国王は龍の繁栄に関する執念を見誤っていたのだった。










精霊の拠り所フェアリーハウス、森の一角にあるその場所にて。


「な、な、何だって!ユージラスの卵が盗まれた!?」


赤い髪をした少女が妖精からの知らせに驚きのあまり窓からで転がり落ちていた。周りには彼女を驚かせた精霊達が飛び回っている。


「ど、どうしましょう......?お、お師匠様に知らせたほうが良いんでしょうか?」


起き上がったその少女の頭には普通のではなく人間ではない事を示すがあった。


「.......精霊さん達?また僕に嘘ついてないよね?」


ジト目で周りの精霊達に前みたいな冗談だったら許さないとでも言いたげに視線を送る少女。

普段から悪戯いたずらでからかわれているからか警戒心高めである。


「ラミーは知ってるんだ。妖精さん達、いつも僕のことからかって遊んでるんでしょ!」


これには妖精達も困ってしまう。確かにいつも反応が面白くてついからかうことはあるが、今回に関して言えば真面目な話で決してからかっているつもりは無かったのだから。何とか目の前にいるラミーを説得しようとする。


「そんな必死に説明するなんて、ますます怪しい!」


誤解を解こうとした妖精たちの説得は逆効果に終わり、ラミーは精霊達を指刺し嘘つき!と言い放つ。


「だいたい怪しいと思ってたんだ。ユージラスが守ってるはずの卵がそう簡単に盗まれるわけないじゃんか。そうだよ!何で僕はこんな簡単な嘘に騙されたんだろ、まったく......」


頬を膨らませて、怒っているぞと大股で拠り所ハウスに戻っていくラミー。


「もう君達の事は信じない。ラミーは独立するのだ!許して欲しかったら謝ることだね!」


そう言ってラミーが拠り所ハウスの入り口に戻ろうとした時、唐突に何かが空から凄まじい速度で降ってくる。

それは怒り心頭で注意散漫なラミーの手前に容赦なく降り注ぎ地面を抉り、土埃を舞い上げた。


「うぅえっ?なになに!なにが起きたの!また、妖精さん達⁉︎」


慌てて妖精達の方を向くミラーだが、妖精達は全く知らない様子。

言っている間にも煙が晴れて抉られ剥き出しになった地面とそこに横たわるものが姿を現す。


「男、の子.......?」


ミラーが覗き込んだ地面には幼い顔立ちの人間の子供が倒れていた。その手には古びた剣が握られている。


「どうして、人間がこんな所に.......っ!」


ラミーが少年に手を伸ばそうとした瞬間、カッと目を開いた少年が持っていた剣を手に勢いよく飛びかかって来た。


「ちょっ、何するの!」


剣を避け、少年の手を取りその流れでをかけ動きを止める。

少年の動きを止めたラミーは何が起きたのか疑問で仕方がない。精霊達に嘘をつかれるは、家の窓から転げ落ちるは、空から狂暴な人間の子供が降ってくるは、今日はわけの分からない事ばかりで頭がおかしくなりそうな心境である。


「一体なんなんですかー!わたし何かしました?もう、嫌!」


「ぐぅ!う、うぅ.......」


機嫌が著しく悪いラミーの独り言は少年の泣き声によって止められる。ラミーとしては憤懣やるかたないが無視するわけにはいかない。だが、正直なぜ泣いているかは分からない彼女にとってはどうしたらいいのか全く分からない。


「わ、泣かないでよ。そんな何も悪い事はしないんだから。」


まずは会話、コミュニケーションが大事だとラミーは少年に語りかける。ところが、少年が話し始めたのは普段ラミーの話している言葉とは全く発音も文法も異なる言語であった。


「ありゃりゃ、旧ラーナ語.....には近いけどちょっと違うっぽいかな?」


ラミー自身かなりの言語を習得しているつもりではある。軽く数十以上の言語は話す事が出来ると自負している。

しかし、困った事にこの人間が話している言語はラミーの知っているものではなかった。


「んー、困ったな何となく言ってる事が分かる部分はあるけどやっぱ知らないや」


理解しようとするのを早々に諦めてラミーは人差し指を宙にかざして何事か呟くと何も無い所から細く短い杖を取り出す。


「意志の第3素術、《翻訳》」


杖から緑林を想起させる光が溢れ出す。溢れ出した緑の光はラミーの頭に吸い込まれていく。やがて光は収まり、ラミーは出した時同様に何事か呟いて手にしていた杖を空中にしまった。


「これで、言葉は通じるはず!どうだい?少年!」


「お前がなのか?」


「はい?」


しばし続く沈黙。


「.......ごめん、何って言ったのかもう一回お願い」


「........お前がなのか?」


困惑しながらもはっきりと口に出す少年。発音の良さからは見た目とは裏腹に育ちの良さが顕著に表れている。


だが、言ってる内容は全く意味が分からないラミーだった。もしや小説の読みすぎでは?と本気で思い始める。龍に猫が勝つなんて無理に決まっているのにあまつさえなんて出来るわけがないだろう、と。


「........はい?龍を食らう猫?」


「.........お前がそれじゃないのか?」


何でもないかのように言ってくる少年に一発拳をお見舞いしてやろうか真面目に悩みたくなる。


「なんで、私が猫なのよ!」


ラミーの頭部、そこに付いている耳を指差す少年。


「........いやいや、ここと尻尾しっぽだけじゃん!ていうか、あんた誰!まだ名前聞いてない!」


自分の耳を指差しながら、そう主張する。

少年は落ち着いたせいかその場で姿勢を正し、服の裾で涙を拭う。


「エイチェルティ、エルでいいです。猫を探していました」


先ほどの苛烈さ、凶暴さを忘れさせるようなとても覚束ない喋り方をする少年エルは話してみるとかなり礼節を弁えていた。

場が落ち着き、気になったラミーが彼にこの森を訪れた経緯を聞くと少年エルは淡々とした口調で話し始めた。


「僕はもともとアルカナ帝国に住んでいたんだ。だけど、ある事情でライアナ王国って言う帝国の南西にある国に移住する事になって.........」


そこで少年は何かを思い出したのか一層顔を歪めて堪えるように吐き捨てた。


「だけど、突然そいつが現れたんだ。僕らが住んでた都市を覆い隠すほど大きな翼と胴体」


思い出すように少年は言った。


「御伽でしか聞いた事の無かった天空の覇者」


ドラゴンが」






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