第5話
僕は腕組みをし動物のように唸り書類と睨めっこを続けている
書類には名前だけ『ヒイ』と書いたきりその先に進めない
何故か?
年齢を出身国をどんな病にかかっていたのかもわからず、ここへの滞在理由や期間も決めていない
こんな状況でかけるものなんて名前ぐらいなもんだ
「何を悩んでるの?」
シイが声をかけてきた
その言葉に違和感すら覚える
君だって同じ状態のはずだ、悩むなら二人とも悩むべき状況じゃないのだろうか?
「あーあ、名前しか書いてないじゃない。私の見てお手本にしたらどう?」
呆れたように彼女は自分の書類を見せてきた
どうせ大したことは書かれていないはず、何せ僕と同じで何も覚えていないのだから
そう思い目を通すと僕は驚いた
なんとすべての項目が埋まっている
名前:シイ
年齢:十二歳
出身国:草原の国
過去にかかったことのある病:特になし
滞在期間:三日
滞在目的:旅の途中なため物資の調達
至極真っ当で簡潔に書かれている
十二歳の少女が思い付きでこれを書いたのか
いや、正確な年齢かわからないのだけど・・・
そんなことを考えていると彼女が耳元に顔を持ってきて囁く
「こんなのは適当でいいのよ適当で。自分探しの旅とか書いたら絶対おかしな人だと思われるから絶対やめてよね。」
(そんなことはわかってるよ。そこまで堂々と意味不明なおかしな人に見られること書かないように悩んでるんだ。)
確かにその通りだ
彼女の助言通りに無難に空欄を埋めていく
「私と同じ出身にしてあとは同じこと書けば完璧でしょ?兄妹の設定にして、何かあれば私が喋るから口裏というか頷いてくれればいいから。あ、病気のところに失語症って書いておけば喋らないのも不思議がられないはず。」
この娘は本当に年相応なのだろうか?
考えが大人というかなんというか、僕より賢いように思える
そんなことを思いながらペンを進めていく
名前:ヒイ
年齢:二十四歳
出身国:草原の国
過去にかかったことのある病気:失語症
滞在期間:三日
滞在目的:旅の途中なため物資の調達
ほとんど彼女と同じ内容を書き終える
なんというか自分が不甲斐無く感じ、それでいて彼女を頼もしく思えてきた
今後も助けられるのだろう、昔もこんな感じだったのだろうか
「どうでしょう書き終わりましたか?」
青年が声をかけてきた
頷き書類を彼に渡す
それを見ながら少し考えたように口を開いた
「お二人は同じ国の出身なんですね。ご関係は?」
「ヒイはお兄ちゃんで私は妹、兄妹よ。」
シイはあたかも真実を語るように平然としている
僕には真似できない芸当だ
彼も一切疑わない様子で次の質問が飛んできた
「ふむ、お兄様は失声症を患っているのですね。では筆談のためにメモとペンが必要になるでしょう。お持ちでなければ差し上げましょうか?」
有難い話だ、即座に頷く
彼は棚から白紙のメモ帳とペンを取り出し差し出してくれた
感謝を示しつつ受け取る
これで一人になっても文字が読める相手なら会話が成立するだろう
「三日の滞在ですね。目的は物資の調達とのことですが金銭はお持ちですか?」
そう言われ来ている衣服のポケットを弄る
出てきたものは銀色の硬貨が数枚、身に覚えのない通貨だ
シイもスカートのポケットに手を突っ込んで何かを持っていないか探している
ポケットから出てきた手には金色の硬貨を数枚握っていた
「不思議な硬貨ですね。この国では使えませんが確か渡り鳥を相手にそういった物品を収集している店があるはずです。そちらで買い取ってもらえばここの通貨は手に入るでしょう。場所を書いたメモを渡しておきますね。」
何も言わずともさらさらとメモを書き渡してくれた
至れり尽くせりだが親切過ぎて不思議だ
それに渡り鳥とはなんだろう、僕たちのように旅をする者をそう呼ぶのだろうか?
疑問に思いメモに質問を書く
(何故渡り鳥というのですか?)
知識はいくらあっても困らない
「渡り鳥をご存じないのですか?では簡単に説明しましょう。」
彼はゆっくりと語り始めた
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