12

所変わって。彼のトラウマである波のプール。私は立ちつくす彼を尻目にばしゃばしゃと入り込んだ。

「ほらほらどうしたの~? おいでよ~」

彼が小さい頃溺れたプールとこのプールが同一であるかどうかは知らない。でもどちらにしろトラウマなのに変わりはない。

私はふとそのプールを見回した。来客数の割には人はあまりいなかった。それもそうだろう、沖に行くほど深くなっていって、面積もあまり広くはない。おまけに波がじゃまくさい。泳ぐのが目的ならわざわざここじゃなくても遊泳用(水が流れる)プールとか、ちゃんと整備された競泳用プールがある。人気がないのも、当然だった。

「うををををおおぉぉぉぉぉぉっ!」

白河君は叫び声と共に水の中に駆け込んでいく。走ると転ぶよ? 彼は我を忘れたように突っ込んでいき、勢い余って足のつかない深さの所まで行ってしまった。その状態のまま、波に体のバランスを取られた。あれ? この状況って彼が溺れたのと同じ? 私は慌ててゴーグルをして息を吸い、潜った。すると何と。

彼は水中で私に向けて親指を突き立てていた。口元がにやけているのを見る限り、『どうだ! 僕の勝ちだ!』とでも言いたそうな感じだった。杞憂だった様なので、私は水面から顔を出した。ゴーグルを外して髪に付いた水滴を払っていると、今度は後ろからばしゃばしゃ音がした。振り返ると彼は水から上がってぜいぜい言っていた。無理してたんだろうな。でもその顔は満足そう。

だけどそれは単なるやせ我慢であって水恐怖症を克服したってことじゃないんだと、彼は分かってるんだろうか?


「なんか、思ったより上手くいかないな」

「当たり前でしょうが。そんな簡単に治せるものならとっくに治ってるでしょ」

備え付けのパラソルの下、テーブルについて休憩中。だめだ、端から見れば完全にカップルだ。でもなぁ、疲れてるしなぁ。

「何か冷たいもの買ってくるか?」

「お財布ロッカーに入れて来ちゃった」

「そういう僕もだ」

なんだこいつ私におごらせる気だったのか? ふてぶてしい。

何も置かれてないテーブルに向き合って座ってるのって、何か空しいな。言葉も続かないし。周りを見回してみたけど……ちょっとませた中学生のカップル、という風にしか見えないのだろうか、特に好奇の視線を送ることもなく人々は通り過ぎていく。懸念していた知り合いの姿は……なかった。そういえばさっきから和泉先生の姿を一回も見てないな。それなりの広さはあるけれども、ばったり出くわしてもいいはず。帰ったのかな? 一人でプールに来るなんて一人カラオケと同じくらいつまらないから。それとも……隠れてどっかから私たちを監視してる、なんて事は………ないよね? 先生だもんね?


(……気付かれた、かな? 良かった気付いてないみたい。それにしても中学生のくせにプールでデートだなんて……やっぱり最近の子は進んでるのねぇ……もう行き着くところまで行っちゃってたり……する? ダメですよ、不純異性交遊は)


……まさか、まさかねぇ。

そんな私を余所に、徐に彼が立ち上がった。

「どこ行くの?」

「ウォータースライダーが空いてる!」

……プールが怖いんじゃなかったの? とか突っ込みたくなったけど………変なところに努力を注ぐ奴っていうのは必ずいるもんで。ウォータースライダーって滑り終わるとその勢いのままプールに飛び込んじゃう筈なんだけど、彼はなんと一度も潜らなかった(顔を水につけなかった)。もちろんその後は泳ぐことなく縁まで歩いていく。

(なんとまぁ器用な………)

よくそんな技術が思いつくもんだな、って感心しちゃったよ、正直(そういえば漫画で「どうして女子ってああいう上手い着替え方が思いつくんだろうな」って言ってるキャラを見たことがあったけど……あれと似た感覚なのかな? 良く分かんないけど)。

……………んん? ちょっと待って。今更なんだけど。

「ふー、楽しかった」

「ね、白河君」

「何?」

「その水恐怖症ってさ、私の階段恐怖症に比べたら、ずっとずっと症状が軽いんじゃないの!? それって不公平だよ!」

「不公……平?」

「君は顔を水につけることが出来ないってだけで日常生活に支障はないし、こうしてプールで遊ぶことだって出来るじゃない! それに引き換え私は……話したでしょ? 苛められたり、色んな人に迷惑かけたりして……辛い目に遭ってきてるし、これからもそう。白河君の方が絶対に有利! 違う?」

「でも『隣の花は赤い』とか『隣の芝生は青い』って」

「そういう次元の話じゃないの! 周りにいる人みんなに訊いてみないと分からないって言うの? 百人に訊いたら百人が私に同情する自信があるよ」

……ありゃ。周りに人がいるのも忘れて……怒鳴っちゃったよやばいよ注目浴びてるよ視線が痛いよどうしよう。頼むからガキの諍いだと思って見過ごして~。

「あ、ご、ごめん」

何で謝るのかな? 謝るところじゃないっしょここは。

「帰る!」

がたがたと音を立てて立ち上がると、私は人混みを押しのけて出口へと向かった。当然のように彼が後を付いてくる。

「何でついてくるの?」

「途中まで一緒だし」

「そんなこと言って『あ、すみません間違えましたー』とか言って忍び込むなんてマネはしないでよね!」

「誰がするかよそんなマネ。第一ロリ属性は持ってないし」

かちんと来たから一発小突いておいた。

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