私は大事なことに気が付いた。私が極端に階段を恐れていることは周りにあまりにも有名な事実だからいいとして、私は白河君が本当に水恐怖症だという事実を確認していない。私が治せないのをいいことに、嘘をついて私をパシリにしてからかおうって意図があるのかも知れない。

というわけで、いざ出陣(語弊あり)。


その日の帰り道も、彼は付いてきた。今回は彼を私の家の前まで連れて行く。

「一体どういう風の吹き回し?」

「勝負する前に、一つ確かめておきたいの」

「その気になったんだ?」

「んな訳ないでしょ。君が一方的に決めたんじゃないの」

そんな下らない会話を交わすうちに、我が家の門前に到着。

彼を私の家(二階建て)の前に立たせて、私は一旦玄関をくぐる。そしてとある準備をして、彼の前に再び現れる。手に持ったものに気を使ったゆっくりとした動作で。

「………何それ?」

彼の声が心なしか上擦っていた。

「見て分からない?」

私が持っているのは、洗面器。そしてその中には、たっぷりの水。

「本当に水が怖いっていう証拠を見せて。じゃないとあの話には乗らないわよ」

彼は半ば驚いたような表情を浮かべている。

「出来れば白河君をプールに突き落とすくらいやりたいんだけど、さすがにそれはかわいそうだからこれで確認してやろうって言ってるのよ?」

彼はただ水面を見つめている。私は洗面器を彼に手渡した(半ば強引に)。前髪を額の上で押さえる。

「いい? こうやるの!」

といって彼の持った洗面器に顔をつける。人が通ったら何やってんだろうって目で見られるなぁ。心の中で十秒数えて、顔を上げる。

「ふう」

顔に付いた水滴を払い、洗面器を取り返す。手が触れあったけどそれは気にしない。

「十秒」

「え?」

「十秒、顔をつけて」

「だからそんなのできな」

「やりなさい!」

何怒鳴ってんだ私。まあ声量は抑えたけど。

私の気迫に気圧されたのか、彼は渋々頷く。

「わ、分かったよ」

わざとか否か、彼は私の手に被さるように洗面器の縁を握った。手で払うことが出来ないのがもどかしかった。

「…………」

「……………」

「………………」

「………無理だ」

「え?」

「無理だよ! 出来ないって!」

「そんなに怖いの? じゃお風呂はどうしてんの?」

「顔を水につけることが出来ないんだよ。身体をお湯に浸すぐらいなら出来る」

「でもプールには入れない?」

彼はぶんぶんと首を縦に振った。

「………じゃ、一つ確認しておくけど、私をからかうためにあんな事言ったんじゃないでしょうね?」

「違うって! たださ、僕らって似てるじゃん? だから、何て言うか……親近感みたいなものがあって。きっかけが欲しかっただけなんだ。恐怖症を克服するっていうね」

「きっかけが……欲しかっただけ?」


そう、私はそんなものを今まで望んだ事なんて無かった。むしろ、大人になってもずっとこのままでもいいとさえ思ってた。それなりに困ることはあっても、それが私の個性なんだ、と開き直ってすらいたんだから。

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