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次の日も、清々しいくらいに快晴だった。うん、雲一つ無いという言葉が一番正しい表現だと思う。でもそれは、
「暑い………」
体力を太陽に容赦なく奪われるということ。
ああ、こんな日にこそプールが天国と化すのですねえ。でも私はこの日、生理だと言い張って体育の授業を見学した。
ちょっと、損した気分。
でもそんなリスクを冒してでも私にはやりたいことがあった。
「やっぱ私って顔が広いの? 私からは名乗ってないのに名前知ってたよね」
「そりゃそうだろ? 階段恐怖症だなんて格好の笑いものだよ」
プールサイド(日陰)に、二人並んで体育座り(ただしそれなりの距離を置いて)。
「そ、そう……?」
「ガキってさ、少しでも奇妙な奴がいれば異端扱いするだろ? 自分と同じでなければ仲間と見なさないから。特に百合の場合はそういった点が珍奇だから」
ショック。そこまで言うか。
「でも、私にだってちゃんと友達は居たよ?」
あ、過去形にしてしまった………
「みんながみんなそうって訳じゃないだろ? 中にはちゃんと仲間として認めてくれる人もいるさ」
「まあね」
「ところでさ」
「なあに」
集合の笛が鳴った(私には関係ない)。
「どうして百合は階段が怖いの?」
どうしよう? 話した方がいいのかな? いや、そうじゃなくて……なんかもう百合って呼ばれることに違和感っていうか、抵抗感が無くなってきた。慣れって怖い。
「俺は話しただろ? 水が怖くなった経緯」
どことな~く、脅し?
「………葉月さん?」
「やめて、その呼び方」
あれ? 何言ってんだ私。
「え?」
「……『百合』って呼んで」
やばい、顔が熱くなってきた。思わず膝の中に顔を埋めた。
「葉月さん、今何て言ったの? ほら、水飛沫の音でかき消されちゃって良く聞こえなかったんだけど……何言ったの今?」
ラッキー? ……じゃ、さっきの「え?」ってのは聞こえなかったって意味だったんだ。
「な、何でもない!」
……これで良かったのかな? もしもう一回『葉月さんなんて他人行儀で呼ばないで。百合って呼んで』とか言ったら……キャー! 想像したくない。
「そう……………」
うわ、気にしてる……
「小さい頃、神社でね……」
「何?」
「階段が怖くなったきっかけの話」
*
「何とも痛々しい話だ」
「ホントに痛かったんだよ。あの後私、大泣きしちゃって」
「そりゃ怖くもなるか……」
「なるわよ」
再び、笛の音(無関係)。そして静寂が訪れた。風が吹き、葉擦れの音が耳をくすぐった。話すことが無くなった。
「……………暑いね」
「そうね」
話を続けられません………
「僕の友達にさ」
「うん?」
「高所恐怖症……っていうか、ものすごいビビリ症の奴が居たんだ」
「う、ん?」
何を話すつもりなんだろう?
「でもそいつ、あることがきっかけで一発で治っちまいやがったんだ」
「へ、へぇ」
私、声が震えてます。やな予感がします。
「どうやって治したと思う?」
「分かんない」
「そいつ、罰ゲームでジェットコースターに無理矢理乗せられたんだって。したら一発で治った、らしい」
「ら、らしい?」
「聞いた話だから」
「ふ、ふうん」
「だからさ、お前も階段恐怖症、ちょっとしたきっかけで治せると思うんだ」
「白河君の水恐怖症も同じく」
「で、だ。どっちが早く恐怖症を克服するか競争しないか?」
「は?」
「一緒に治していこうって言ってるんだよ。どうだ? 負けた方は……そうだな、一ヶ月パシリ!」
「パ、パシリ?」
「はい決定」
「な、何勝手に決めてんのよ!」
「僕より早く克服すればいいだけのことじゃん?」
何だろう言い返せない。っていうか……なんだろう、この気持ち。さっきからの白河君の言葉が、突っかかってる。
彼のこと、絶対に好きになれるタイプじゃないのに……どうしてか、もう少し付き合ってみたいと思っている自分がいた。『付き合う』がどういう意味なのかは、別として。
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