3
衣替えが過ぎ、梅雨が過ぎ、徐々に暑くなってきた。高い太陽が肌を灼く季節の到来だった。
学校に夏が来るということは、アレが始まったということ。そう、アレ。え、分からない? アレよアレ。
プール開き。
冷たい水と戯れ、水中を移動する術を習う、アレ。私はこれが楽しくてしょうがない人の一人。だけど泳ぎは下手。だから童心に返ってはしゃぐ。カナヅチでも。
でも毎年少しずつ上手くなってる(はず)。毎年「今年こそは二十五メートル泳ぐ!」という目標を立てるのだけれど、未だかつてその半分にすら満たない。十メートル泳げればいい方。悲しいけれどそれが私の運動神経(下手の横好き………)。
休憩時間。私は制服姿のままプールサイドの日陰に座り込んでいるとある男子に話しかけた。理由は、何となく。暇だったからかな。
「水着忘れたの?」
「ううん。そうじゃない」
私は目線の高さを合わせるためにしゃがみ込んだ。すると、彼は結構足が長く、背も高い方だということが分かった。結構筋肉もある方で、水泳が苦手でずる休みしているわけではないみたい。私はその理由を聞きたい衝動に駆られた。
「じゃあどうして?」
「僕はね……プールに入れないんだ」
「プールに入れない? ああ、肌が弱くて塩素が駄目なの?」
彼は首を横に振った。
私は彼と同じように座り込んだ。日陰の涼しさ、コンクリートの冷たさが気持ち良い。背中のフェンスは少し痛いけど。
「……じゃ何? 降参。答え教えて」
「………君と……同じだよ」
思わず私は首を傾げた。どういう事だろう、私と同じって。
「私は、ちゃんと入ってるよ?」
「えっと、そういう意味じゃなくてね、僕の場合、水に入れないんだ。と言うより、水が怖いって言った方が正しい」
「水が……怖い……?」
彼はゆっくりと首肯した。
*
彼・白河佑一は、小さい頃に行ったレジャー施設のプールで溺れたことがあるのだという。その時の恐怖を、彼は淡々と語ってくれた。
彼が溺れたのは波を起こすプールだった。波打ち際のように寄せては返すあの様子が面白くてたまらなかったのだと語ってくれた。その好奇心から、自然と沖の方へと進んでしまい、気付けば、波が彼の胸の上にまで達する深さの所に立っていた。戻ろうとしたところ、運悪くバランスを崩し、そこに波が加わって、彼は水中に投げ出された。気付いたときにはかなり深いところまで流され、水面のきらめきが遥か遠くに見えて、水はただ残酷に彼の動きを邪魔する。息が続かなくなり、やがて彼は水に意識を呑まれた。
近くにいた男性がそれにいち早く気付き救出したため一命を取り留めた。だけどそれ以来、彼は水に入ることが出来なくなってしまった。
と、彼は緊迫した面持ちで語った。
*
「確かに私と同じ……過去のトラウマが、恐怖症を」
その時、集合の笛がかかった。
「ごめん、白河君。また」
「うん、じゃまた」
手を振った彼に背を向けるのが、どこか寂しく感じたような気がした。でもそれは確かに、気のせいなんかじゃなかった。
その後も思いっきり泳いだ。だけど、浮かぶのは彼のことばかり。「水に入るのって楽しいよ」って言えば、彼は入ってくれるかな、とか考えていた。
でもその言葉は私にとって階段の下から「ここまでおいで」って手招きされるのと同じなんだと思うと、言おうという気にはならなかった。
同時に、こんな事も考えていた。
私が階段恐怖症を治したら、彼も水恐怖症を治してくれるかな、って。
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