翌朝。私は憂鬱を抱えながら登校した。心の内に、「今日は階段で下りる!」という宣言をして。

だがどうしてかな、あの悪ガキどもと昇降口で鉢合わせした。

「よ、階段恐怖症」

私そんな名前じゃないですよ?

「あれから少しは練習したか?」

私だって、どうしようもないときは手すりにつかまるんだよ! そうすれば、何とかできないことも………無い。

「お前調子こいてねえ? 一人だけエレベーター使うの許されてよぉ」

………わ、私は悪くない!

「そうだぞ! お前調子乗りすぎだ!」

「そうだそうだ!」

何も言い返せなかった。もしここで

「じゃあ乗せてあげる!」

とでも言えば少しは私に対する態度も変わるかと思ったけど、残念ながら私に使うことが許されているのは下りるときだけ。登る時はみんなと同じように階段を使うことになっている。

「じゃあ、先生に頼んでみたら? “エレベーターに乗せて下さい”って」

「ンなこと言ったら怒鳴られる!」

………なるほど、確かに、私達のクラスの担任は怒ると怖いことで有名。昔は、ヤのつくアレだったんじゃないかという噂もある。くわばらくわばら。

「私はあなた達と少し違うから。そう、特別なの」

そうあしらい、その場を後にした。決して後ろを振り返ったりはしなかった。その視線を見たくなかったから。


奴らは教室でも執拗に私を責めた(同じクラスだからどうしようもないという制約付き)。

「なあ、ハツキってさあ」

私は“はづきゆり”ってんですが。

「小学校ん時、屋上で下見たら気絶したって本当か?」

「うっそマジかよ!」

「重傷だこりゃ」

重傷なのはお前らの精神ではないのか、とは言いたかったが敢えて言わないことにした。

「なあマジか?」

ああ、うざい。黙って欲しい。

「シカトかよ!」

シカトされたくなければ話しかけるな。

「いや、マジだって。昨日ハタが言ってた」

………なんですと?

「な、波田。本当なんだろ?」

そう言ってそいつは窓際の席に座っている眼鏡の少女に話しかけた。彼女は中学生になってから出来た私の友達・波田美裕。きっかけは言わなくても分かるかな、席が私の前だったから。

「ミユ………?」

「………ごめんなさい……百合ちゃん」

美裕はそっぽを向いてしまった。

私………裏切られた? 黙っててって言ったよね? よりにもよってこんな知られたくない奴に喋ったって?

「へえ、マジなんだ」

「五月蝿い!」

思わず私は声を荒げていた。教室にいた誰もが私に着目した。

「大体あんた何様のつもり? 自分のことは棚に上げて、他人の欠点をねちねちねちねちと! そんなに楽しいの? 大体あんたらだって、自分の欠点を他人にしつこく指摘され続けたら嫌でしょ? それが分かんないわけ?」

いい感じに奴らがたじろいだ。ここでとどめを刺しておこう。

「このクソガキども!」

その時、先生が教室に入ってきた。

「葉月さん、いけませんよ。女の子がそんな言葉使っちゃ」

「はい、すみません……」

「あなた達もほら、席に着く」

この母的な雰囲気を持った女性が、私達の担任、和泉先生。今はこの聖母のような笑みを浮かべているけれど、マジギレするとこの顔が般若のごとく恐ろしく豹変するらしい(見たことはないから「らしい」としか言えない)。この人が昔アレだったと思うと……信じがたい。

ふと美裕の方に目線を送ると、口元に手を当てて笑っていた。でも私は、彼女に報復しようとは思わなかった。こんな些細なことで、友達を失いたくはなかったから。そんな私の気持ちを酌み取ってか否か、ショートホームルームが終わるとすぐに謝りに来てくれた。悪気はなかったんだよって。もちろん許した。だって美裕はそんな簡単に友達の秘密を話すような人じゃないから。いつも居心地が悪そうにおどおどしていて、頼れる人がいないとすぐ駄目になっちゃいそうな、そんな引っ込み思案な子が。恐らく、あの悪ガキどもに脅されたんだろう。私はそう推測した。

その後彼女に問いただしたところ、確かにその通りだった。もしあのとき許してなかったら、この真実を知ることもなかったんだろうなとも思った。


このとき啖呵を切ったのが効果抜群だったらしい。それ以降、私の階段恐怖症を咎める人は誰もいなくなった。でもさすがに堂々とエレベーターを使うわけにもいかない。特別な事情があって、特別に使わせて貰っているだけなのだから。その事を、いつも忘れないようにしていた。

余談。啖呵を切ったあの日、階段降りに挑戦してみたけどあっけなくノックアウトされた(自分に)。

うう。

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