第0話:勇者

「これで、誠にかの勇者らが召喚されるのであろうな?」


 威光と尊厳を孕んだ男……アドルグ王の声が、今日この日のために作られた地下教会に響く。王の目の前には直径五メートルもの幾何学模様……魔法陣があった。それは今にも爆発しそうな程紫の光を発しており、並々ならぬ力の奔流を感じさせている。


 王の問いに、傍に控えている老人……ヒルキンドル・ヴァーミンガムが大らかに頷いて、口を開いた。


「はい、我が父の【空間魔法】と神代遺跡の資料を基に作成しましたこの『勇者召喚アルマゲドン』の魔法陣……全て問題なく起動しています故、恙なく執り行えます」


 老人の言葉を王は頷いて咀嚼し、じっと魔法陣の輝きを見つめた。彼の頭の中にあるのは、一抹の罪悪感であった。

 この世界の都合により引き寄せられる者達……運命と言わばそれまでだが、やはり生きて築いてきた全てを放棄させ、無関係な世界の為に戦わせるなど鬼畜の所業などという言葉では済まされないだろう。


 だが、彼は王だった。世界の為、そして何よりも我が国の為、犠牲を最小限に国を守れるならばそれに越したことは無い。


(異世界人……渡来人……かの者らは時代の節に幾度か現れ、世界に大きな影響を与えていったという……いや、現れたからこそ時代の節になったのやも知れぬな……)


 そして今回もまた、間違いなく時代の節になるだろうと王は確信していた。それも、自らの知る人類史の中でも最大級に巨大な節になると。


「お父様……」


 ふと、若い女の声が聞こえる。そちらに顔を向けると、王の持つものと同じ、金髪と碧眼を携えた者が立っていた。見た目は赤い宝石を中心に広がる頭冠と清楚な印象を持たせる白のドレスに身を包んでおり、貴い一族然とした白い肌との相性が非常に良い。

 彼女は【アドルグ王国第一王女】ユミラス・ウィ・アドルグ。アドルグ王の一人娘だ。


「おぉ、我が娘ユミラスよ……そんな顔をするでない」


 不安と罪悪感を滲ませたユラミスの顔をアドルグ王は自らの大きな両手で包み、愛おしそうに撫でる。きっと自分と同じようなことを考え、勇者たちを憐れんでいるのだろうとすぐに察したアドルグ王は、落ち着かせるように、安心させるように撫でながら、ユミラスに言い聞かせるように話しかける。


「我が愛しき娘ユミラスよ……よく聞きなさい……」

「はい……お父様……」

「我々王族は、国を支える貴族と民のために、我らが身に流れる血の一滴まで国の為に捧げねばならない。そして考えねばならないことも、常に国を想ってのことをなのだ。故に……我々は国の為ならば如何なることをもやってのけねばならない……それがどれだけ冷酷なことでもだ……分かるね?」

「はい……」


 ユミラスは一筋の涙を零した。父の言葉の意味はよく理解しているし、これまで何度も言われてきたこと……そして自らも王として君臨する未来のために心に刻んでいることでもある。だが、同時にその冷酷さは彼女の心にはまだ無いモノで、故にその冷たさが何よりも心に凍みた。彼女はまだ、割り切れる程大人ではなかったのだ。

 そんな様子にアドルグ王は憐憫の眼差しを娘に向けた。


「おぉ……ユミラス……お前は優しい子だ。その心は大事にしなさい……その暖かさがいずれ国をも照らす光になるであろう……」


 ユミラスは静かに頷く。アドルグ王は我が子に確かな暖かみを感じた後、表情を変える。威厳を携えた王の顔だ。


「では皆の者、始めよう」


 王の号令と共に、十名の魔導師とヒルキンドル・ヴァーミンガム、そしてヒルキンドルの父ウィルバード・ヴァーミンガムが魔法陣を取り囲んだ。

 内の一人の魔導師が懐中時計と星見盤を注意深く見つめている。

 緊張した空気が流れる。誰もが"その時"を待っていた。


 そして、その時は来た。


「天頂に満月が来ます!」

「始めよ!!」


 魔導師の叫びと重なる様にアドルグ王が大声で命ずる。その瞬間、王国最高峰の魔導師たちが己が全力の魔力を放出させ、魔法陣に捧げる。

 その中央が飽和した魔力の輝きに塗りつぶされる。空に輝く月と同じ、淡い月光の紫に。


「『叡智を戴き、民を守護し、生命を導き、邪悪なる凶星を払いし者達よ!"ヴァラシェラ"の預言に従い、希望を齎す光の御手となって世界に顕現せよ!』【勇者召喚アルマゲドン】!」


 魔力の輝きが爆発的に膨らみ、最早誰も直視出来ぬほどになる。それでも尚魔力の密度は高まり、この場にいる誰もが恐怖を感じる程の力の奔流が溢れ出す。


 そして誰も直視出来ぬ中心に、人知れず次元の扉が顕現する――――――



 キーンコーンカーンコーンと、授業の終わりを告げる鐘が鳴る。もう百は超えるほど聞いたその音色は、全身の力を奪うにふさわしい旋律を奏でている。

 教壇に立つ教師が中途半端になっている説明を手短に要約し、手荷物を纏める。部屋内に均等に並べられた机に着いている学生たちも、終わった終わったと各々が話初め、教室には五十分ぶりのざわめきが流れ始めた。


 そして最後列窓際……いわゆる角席に座っている青年もまた、全身の力を抜き椅子へ凭れかかった。彼の名は内宮うちみや澪慈れいじ。年齢は十七の高校二年生だ。クラス内での成績は中程で、特に特徴の無い顔立ちをしている。それでもその持ち前の気の良さとそれなりに高い社交性により、友人はそれなりにおりクラス内でもそこそこの存在感を放っている。

 そう、そこそこだ。上でも下でもない、ごく普通の高校生……それが自他共に認める彼の評価だった。


「あー……やっと終わったぁー……」


 澪慈はちらりとスマホに映し出されたカレンダーを見た。今日を示す場所の上には"金"の文字。そう、明日からは彼にとっては至福の期間、休日だ。

 周りからも聞こえてくる終わったという声には一週間の疲れが滲んでおり、また明日からの幸せを如何に過ごすかという期待も滲んでいる。一部死んだような顔をしている者もいるが、恐らくバイトか何かがあるんだろうなと澪慈はぼんやりと考えた。


「れ~~じ~~、結局明日どこ行くの~~?」


 そんな時、とある女子が非常に聞き慣れた声で彼に話しかけた。酷く緩慢とした動きで首を動かし、声の方向を見ると、そこには真っ黒な髪を肩まで伸ばした、華奢で小柄な眉目秀麗な女性がいた。


 彼女の名は菊野きくの有希ゆき。校内でも一位二位を争う可憐さを持つ小動物系の女性であり、廊下ですれ違っただけで釘付けになる男子も少なくなく、一目惚れで告白に踏み切る者も同様だ。要領が良く成績は上の下ほどで、才色兼備とはこのことかと噂される程の人物だ。しかし反面、運動能力は低く、また少々スタイルもフラットだ。それでもそんな姿が庇護欲をかきたてるのか、かなりの人気を博している。


 だがそんな美少女と言っても差し支えない彼女を見ても、澪慈は何の感情の変化も見せず、あ~と間の抜けた声を出しながら答えた。


「あ~……そういやどっか行くって言ってたなぁ~……」

「あ!ヒドイ!忘れてたな?!」

「わりぃわりぃ」


 そんな澪慈の適当な返答に、有希はプリプリと怒りを表明した。傍から見ればかなり可愛らしい様子だが、しかして当の相手である澪慈には全く効果が無い。何故なら彼らは生まれた時から共に過ごした、生粋の幼馴染なのだから。幼小中高も同じで、何なら住んでる家は隣同士だ。故に、今更そんな仕草を見せられたところで、何も感じない。彼女その人を評価する際は、まぁ可愛い方なんじゃないの位には思っているが、惹かれると言うモノは一切ない。それに、彼女が可愛いのは見た目と外面だけと言うことをしっかりと理解しているのも大きい。


 そうして有希が頬を膨らませているのを無視しながら適当に謝罪し、澪慈はう~んと唸りつつ、何か良い案はと頭を捻らせている。そこでふと思い至り、澪慈は口を開いた。


「……司の意見を聞こう」


 澪慈はこの場にいないもう一人の名を出す。その案に有希は若干口角を引きつらせながら、コイツ考えるのが面倒くさくなったなと思った。なお、それは図星である。

 ちなみに件の司とは、彼らのもう一人の幼馴染のことである。彼はクラスが違うので、自然と話すのはホームルームが終わった後の帰り道でということになる。


「おーい、ホームルーム始めるぞ~」


 そこで丁度担任の教師が入室し声を掛ける。するとバラバラと立っていた生徒たちは自席に戻り始めた。有希も多分に漏れず、若干ぶー垂れつつも戻っていく。澪慈は欠伸しながらその様子を見送った。








「あぁ、明日な。一応考えてはおいたが……」

「え!ホント?!流石司!略して"さすつかさ"!」

「一文字しか減ってねぇ……」


 ワイワイと幾分か下がった太陽の光を背中に肩を並べて歩く三人。ものの見事に大中小と並ぶ影はここ十何年も変わっていない。


 この中の大きな影である男は、竜崎りゅうざきつかさという名だ。中学まで柔道を習っていたのでかなり体格が良い。今は目指している大学の為勉強に力を入れているが、毎日欠かさない筋トレによりその筋肉は衰えていない。そして彼は理性と品格を重んじた性格をしており、その優れた肉体も相まって女子人気が高い。顔がそこそこ整っているのもそれに拍車を掛けており、一種のカリスマ性が宿っている。

 彼もまた澪慈、有希とは生まれた時からの幼馴染で、家も内宮家を挟んで左隣にある。まさに運命を共にするかの如き出生の三人だった。


 そんな司が手元のスマホに出した画面を二人に見せる。明日行く先を提示しているのだ。その内容は、比較的近所の海が海開きを始めたとのことだった。


 季節は夏、月は七。海に行くには丁度いい時期だろう。レジャー好きな有希はおぉ~!と強い関心を示し、澪慈も悪くないなと口にする。

 行先が決まれば、後はとんとん拍子に決まっていった。まぁ、決めることと言っても待ち合わせ時間と行き帰りの手段位なのだが。



 そうして決めるべきことを決めた彼らは、まだもう少し長い帰り道で雑談を始めた。


「そういや先週また告白されてたな」


 澪慈が有希にそう投げかけると、有希は顔を顰め若干不機嫌な声色で話し始めた。


「そーなんだよ。ほんっとメンドクサイ!」

「あぁ……あいつら話したことも無いのに平気で告白してくるしな……俺も非常に迷惑している」

「贅沢な悩みだ……」


 有希の愚痴に、言外に漏らした感情を司が拾い、実体験を交えた同感を示した。もちろん、澪慈にはそんな実体験も無いし共感も出来ない。


 そこでピンと何かを閃いた様な顔で、有希がこんなことを言い出した。


「創慈お兄ちゃんには何かそういう話は無いのかな?!」


 それは彼ら三人の兄的存在……(澪慈にとっては実兄)の色恋沙汰の話だった。


「確かに、創慈さんのそういう話はあまり聞かないな」

「兄貴なぁ……」


 司は記憶をたどり、それでも覚えがない旨を口にした。当の澪慈は実は何かと知っているのだが、創慈に恥ずかしいからと口止めされていた。まぁその話の大半は撃沈して終わっているのだが。

 それでも内緒と言われていることを勝手に口にするのは憚られたため、幼馴染にすら話していなかった。


「でも創慈お兄ちゃんに彼女がいるとかあんまり想像しにくいかも」


 有希が笑いながらそう言う。実際、三人の中の創慈像には恋人がいるなどあまり想像できなかった。別に出来てもおかしくは無いが、その性格故難しそうだと思ったのだ。


「はは、確かにな。それこそ異世界にでも行かなきゃ無いんじゃないか?」


 澪慈は有希の言にある種同感し、笑った。司もまた同様に笑う。

 その時だった。


 三人の身体が停止する。まるで世界の時間が止まったのに意識だけあるような、そんなあまりにも奇妙な感覚だった。


(何だ?!何が……!)

(何?!何なのコレ?!)

(一体何が……!)


 澪慈、有希、司の脳内には疑問符が溢れかえり、頭が真っ白になる思いだった。そして、動けぬままの彼らの足元に一瞬にして幾何学模様が広がり、途轍もない紫の光が溢れ出した。まるで爆発しそうなそれはどんどんと輝きを増していき、直視が難しい程だ。


 そしてついに光が最大限に高まり、爆発する。

 その瞬間、いつの間にか動くようになった体を必死に動かして、三人は三様に動いた。その行動は咄嗟だった。


 司は二人を守らんと光を遮る様に体で覆い、澪慈は決して誰も離れぬように有希の手を引き片手で抱き締めながら司を掴み、有希は恐怖で震えながらも二人の体を掴んだ。


 そしてすべてが光に包まれ、三人は世界から消えた。



――――――魔法陣の輝きが収束する。


 爆発的光の奔流が散り、濃い魔力の靄の中で魔法陣の上には寄り添いあう人影があった。

 王と魔導師たちは成功を察し、歓喜の声を上げる。そして、あらかじめ用意していた言葉をユミラスを促し言わせた。


「ようこそおいでくださいました!四人の勇者様が……た……?」


 靄が晴れるにつれて、ユミラスの言葉がしぼんでいく。そして、その場にいる者達全員に、驚愕と動揺、困惑が走った。何故なら――――――


「何だったんだ……?」

「大丈夫か?!司!有希!」

「何……?ここ……」


 そこには"三人"しかいなかったのだから。

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