第5話:森林
リーンリラ貿易街と森林や近隣街を繋ぐ道……リーンリラ平原商道にて、その二人の男女……創慈とユーラシは森に向けて話しながら歩いていた。
主な話題は先ほどまでいた狩人組合支部でのことだ。
「こんな物が身分証になるんですねぇ」
創慈は自らの首から下がる、石を成形したタグの様な物を手で弄ぶ。その作りは非常に簡素で、長方形に切り出された小さなソレには何の彫装飾も無く、ただ真ん中にソージとだけ黒い塗料で書かれていた。
これは狩人証。組合に登録した狩人へその証として渡される物だ。それがあれば大概の街に無償で入れ、また各国の狩人組合にて本人照明が出来る。ここまで効力が強いのも、偏にそれだけ『狩人組合』が世間に対する影響力があるということに他ならない。また狩人が後天的に重度の犯罪者などになった場合は、組合除名の後に指名手配が行き渡るため、その狩人証も効力を失う。大概そうなった場合は山や森に落ち延び、賊の類になることが常だそうだ。
ちなみに創慈の身に付けているそれは『下位三級』のものであり、最も用意が簡単で安価な石素材で作られている。狩人証の素材は階級が上がる毎に上質になり、『下位一級』であるユーラシの狩人証は鉄で構成されていた。ここまでくると普段身に着けているだけで周囲に対し力を誇示出来るため、一般に下位一級以上の狩人は常日頃首から掲げていることが多いそうだ。ユーラシもその例に漏れず、彼女の首からは鉄製の狩人証と小ぶりなロケットペンダントが下げられている。
「ま、街の検問なんざぁ指名手配レベルの犯罪者を街に入れねぇためにあるくれぇだしな」
それに加え、狩人証を見せれば関料を徴収されないのは、狩人は依頼活動をこなし多かれ少なかれ街に様々な利益を落とすため、そして外部狩猟の後街へ帰る度に一々金を取っていれば、容易に狩人は街に居着かなくなるため、そのように相対的に見た損得勘定の結果だとユーラシは語った。
それらの話から、街という人間の生活組織と狩人達は、互いに手を取りバランス良く生活を回している……と、そのように創慈は感じられた。同時に自らのいた世界とは全く違う軌跡を辿って、世界は進んでいるのだ……とも。
「さて、着いたぜ。昨日ぶりのリーンリラ森林だ」
「……看板なんてあったんですねぇ」
「かかっ昨日は横腹から森出たからな」
そうして街から十分ほど踏み固められた道を歩けば、到達点には昨日創慈が嫌と言うほど彷徨った森……に人工的に切り出されたであろう入り口らしきスペース辿り着いた。そしてその脇には、創慈が言ったようにリーンリラ森林と書かれた古い木の看板が刺さっている。
ちなみに今朝気付いたことだが、創慈はこの世界の文字が読めた。……より厳密に言うならば読めたというよりはそこに何が書かれているか"理解出来た"。創慈としても不思議な感覚だったが、例えるならば英文は読めないがなんとなく言いたいことが分かるようなものだろうか。何故文字が分かるかは、創慈は見当もつかなかったが。
「よぅしソージ、森に入る前におさらいだ。今日の得物は?」
「え、あ、はい!今日は『薬草』を採りにきました!」
「そ、薬草だ。常駐依頼だけに単価はやっすいけど、森で動くのに慣れるにゃちょうどいい……まぁ二、三時間くれぇ真面目に働きゃソージは限界が来るだろうし、それなりに量も集まんだろ。んじゃ、そんな感じの方針で行くぜ?」
「了解です!」
「かかっえらく威勢がいいなぁ。ま、やる気があんのはいいことだぜ」
元気よく返答し、妙にやる気を昂らせている創慈を眺めてユーラシは可笑しそうに笑う。そんな彼女に少し照れを覚える創慈だったが、今回の依頼にて少しでも男らしいところを見せようと決意した彼は少しばかり勇気を振り絞り、そのままの威勢で森に入るユーラシを追いかけた。
そうして森を進み、頭上を覆う枝葉が増えて平原よりも少し薄暗くなってきた頃、二人は草と木に囲まれていた。
ユーラシは創慈に対し、ちょっと待ってろと言い何かを探し始める。
「んー、この辺かなぁ」
何かと思えば、ユーラシはキョロキョロと足元付近に生える草たちを眺めていた。そうして、おっと声を上げると、両手でそれぞれ同じような形状の葉がついている植物を引っこ抜いた。そしてそれを創慈の眼前に差し出す。
「コレ、どっちが薬草だと思う?おっと、まだ【観察】は使うなよ?」
ユーラシはニヤリといたずらっぽい笑みを浮かべながら創慈に質問した。創慈から見ても、それらの草は同じ様にしか見えず、強いて言うならば右手に握られている草の方が少し色が濃い緑だという位だろうかというレベルだ。いっそ二つとも薬草だと言っても、またその逆だとしてもおかしくは無いように創慈は思えた。
「えぇっと……強いて言うならばそちらの方でしょうか……?」
創慈はユーラシの右手を指した。少しだけ色が濃い……様に見えた方だ。それに対しユーラシは少し驚いた顔をした後、笑みを浮かべた。その表情を見てあわや正解に見せかけた不正解かとも創慈は思ったが、ユーラシはせ~か~いと左手に持っていた方の草を投げ捨てた。どうやらキチンと、片方は正解だったらしい。
「やるじゃねぇかソージ。そ、薬草はこっちだ。よく分かったな」
「いえ、まぁ右手の方が左寄り少し濃い色だったので、なんとなく。どちらにせよ僕は薬草の姿形を知りませんから、結局は二択の当てずっぽうですが……」
「かかっ生きてくにゃ大事だぜ?そういう当てずっぽうを当てる力ってのはよ。んじゃあ次はこれを【観察】してみろ、ほれ」
「おっと」
ユーラシは創慈に薬草を投げ渡し、スキルの使用を指示した。未だ一度もスキルというものを使用したことのない創慈はどう使うのか尋ねようとした……が、その前に何となくだが使用法が感覚的に分かるような気がした。そして創慈はその感覚に身をゆだね、薬草を眺め……【観察】する。すると、ジワりと網膜に、スキルの効果を確認した時のと近い形でそれが視界に現れた。
――――――――――――――――――――――
『薬草』……生命力が強く、広範囲に生息する植物。経口摂取すると少しばかりの滋養強壮の効果と疲労回復、免疫力の向上が見られる。また、葉には傷の修復を促進する成分も含まれている。
――――――――――――――――――――――
(確かにこれは"薬"草ですねぇ……)
「どうだ見れたか?ソージ」
「えぇ、中々興味深い植物ですねぇ」
この世界に来て不安だらけだった創慈の心の、研究者気質な部分にふと火が灯る。彼は昔も今も知らないを知る、知りたいことを知ることに情熱が向く人間だ。故に薬草に触れたことで今更ながら、見たことも聞いたこともない物に沢山触れられる世界に自分がいることを思い出したのだった。
だが、研究をするにしてもまずは生活基盤を整えてからだろうと創慈は思い直す。何故この世界に来たのかは未だ分からないが、それでもこの世界でやりたいことが……目標が多少ながらに見えたのは良いことなのではと思い、今は胸に仕舞うことにした。
「ハハハ!【研究者】らしいこと言うじゃねぇか。んじゃ、薬草の見た目も分かったところで早速集めっか。じっくり目を凝らさなくても【観察】使いながら地面見てたら見つかるからよ、この辺で手分けして探すぜ~。あ、間違えてさっきのよく似た草は集めんなよ?換金する時に周りの連中に笑われちまうからな」
駆け出し狩人が良く先人に笑われる失敗談の忠告をしつつ、あんま離れ過ぎんなよと言い残したユーラシはその場から離れた。と言っても目視で姿は確認できるし、少々声を張れば十分会話も出来るくらいの距離だが。
創慈も探求心に火が付いたのか、普段の気弱さを吹き飛ばし、懸命に薬草を探した。【観察】を使いながらなので、焦点の合わせた雑多な植物や石ころの情報も浮き出てくるが、それすらも創慈にとっては楽しく、今だけはこの世界に来てから初めて不安や恐怖を忘れられた。
それから幾度か採集場所を移り変わった後、予定通り森に入ってから二時間半が経ったのでユーラシは切り上げの声を掛けた。
その頃には、創慈も探求心が刺激され興奮していたもののやはり慣れぬ森での活動に体力は削られ、既に息が上がっていたので概ねユーラシの想定通りであった。
採集を切り上げ合流し、集めた薬草を五本一束に纏めている最中、創慈は採集中に気付いたある事柄についてユーラシに話していた。
「そういえば、ずっと【観察】してたらだんだん見える情報が増えてきたんですよねぇ。何故でしょうか?」
すると、テキパキと薬草を纏めていたユーラシの手が急に止まり、勢いよく顔を上げた。その顔には驚きの表情が張り付いている。
「ソージお前……ずっと使ってただと?……ずっとって、どれくらいずっとだ?」
「え、えーっと……最初に薬草を視た時から……ですかねぇ」
「そりゃすげぇな……一応聞くけど見栄じゃねぇよな?」
「え、えぇ」
想像していた反応よりも大分異なる反応にむしろ創慈が驚いていた。確かに、最初にスキルを起動してから移動中も一度も切らずに視線を彷徨わせていたため、目に浮かぶ情報量が多く少々頭が疲れた様な気もするが、それだけだった。故にそれが大事だとは思わず、そんなことよりも開示される情報が増えていたことの方が気になったのだ。その例を挙げるならば、薬草の情報が増えており、すりつぶして負傷部に宛がうと傷の治りが早くなるだとか、含まれる水分は甘味があり庶民や貴族の料理に使われることが多いなどの新たな知見を得られたのだった。
しかしユーラシにとっては後者よりも前者の方がよっぽど大事のようで、少し考えた様子を見せた後、再び手を動かしつつ口を開いた。
「……見える情報が増えたのはスキルが熟達してきたからだな。大体のスキルは……ステータスからは分かんねぇけど"上手さ"みてぇなもんがあるらしいんだ。その"上手さ"が何度もスキルを使ってる内に上がって、効果が上がったりするんだよ。まぁそれは珍しいことでも何でもねぇ、普通に生きててもよくあるこった」
一呼吸置き、もう一度言葉を紡ぐ。
「ソージ、お前はそんなに気にしてねぇみてぇだけど、【観察】って結構疲れるんだぜ、目とか頭がな。狩人ならまぁ、ホントの駆け出し以外はこのスキル持ってっし、アタシだって持ってるけどよぉ二、三時間ぶっ通しで使ってケロッっとしてる奴は聞いたことねぇなぁ。大抵、使う時はありそうな所を見る時だけだしな」
「なるほど……」
ユーラシの言には一理あった。そう、一理あったのだ。確かに、慣れてなければあの情報量を処理するのは中々にしんどいだろう。だが、創慈は地球の現代人だった……つまり常日頃様々なネットツールにて、高速で流れる情報を眺め摂取していた彼は比較的雑多な情報に対し耐性があったのだ。創慈も同様の結論に至り、自分の意外な適性に少し喜色を滲ませた。偏に、研究を行う際に便利そうだと考え。
「お前初めてのくせにアタシより薬草集めてきたから、どんだけ運良いんだと思ったら……そう言う事だったのかぁ。ま、何かしら才能が見つかってよかったな!ソージ!」
ユーラシは創慈と反対に少し悔し気な様子を見せながら、されど言葉の最後には祝福を紡ぎ、作業を続けた。
その作業の内容としては、四本の薬草を五本目の薬草で優しく縛り、そうして出来た五本一束の薬草を腰に下げた中ほどの布袋に詰める。この繰り返しだ。見てやり方を覚えた創慈も、途中から手伝い始める。
そうして薬草を纏めて詰め終わり、結果として二時間半で二人が集めた量は二十五束……本数にすると百と二十五本にものぼった。
ちなみに一束は銅貨一枚で換金できるらしく、銅貨は十枚で銀貨一枚へ。つまり二人がかりで二時間半で得られた金銭は銀貨二枚と銅貨五枚。しかしこれがどれくらいの価値があるのか創慈はまだ知らなかった。ただ、昨日寝泊まりした宿屋が同部屋で一泊、ついでに朝と夜のご飯がついて二人で銀貨一枚なら、それなりに稼げたのではないかと創慈は考えた。
「これで二人で二日分の宿代は得られたって感じですか……意外と……」
「ん?何言ってんだソージ。あそこの宿は一人一泊で銀貨一枚だぞ?アタシは既に一週間分くらい先に払ってっからな、昨日のあれはソージの分だけだぞ」
しかしその勘定は違ったようだ。さらにユーラシ曰く部屋を借りるのに別で銀貨五枚はいるらしく、そこから一人一泊で銀貨一枚ずつだそうだ。
「えぇ……じゃあ一人じゃ大分キツイ……と言うより全然足りなくないですか?」
二人でようやく銀貨二枚と銅貨五枚分。その上、今回は創慈の適性が発揮した状態でのこの結果だ。普通の狩人が同じことをしようとしても、まず目標金額には辿り着かないだろう。
「そりゃそうだ、薬草採集
コレ
だけで生活なんざまず無理だぜ?それにあの宿は飯がうめぇ分ちょっと他の宿よりたけぇんだよ。証拠に他の部屋空いてたろ?そういうこった」
「なるほど、本来ならばもう少し安価な宿屋があるんですね」
「あぁ、アタシらが泊ってんのはある程度稼げてる連中……いわゆる中堅狩人向けの宿屋の中でもちょい高めなんだ。ちなみに一泊銅貨一枚っつー一番安いとこで言ったら大部屋宿があってよ、ホントはソージみてぇな魔物も狩れねぇ駆け出し連中は、そこで二十人くらいと一緒に雑魚寝するしかねぇんだぜ?アタシに拾われたのは運が良かったなぁ!ハッハッハ!」
「アハハ……確かに運が良い……でもそれ以上に、本当にありがたい話ですねぇ……」
本来ならば創慈は、無事街に辿り着いて、何とかして街に入り、狩人として生計を立てようとしても、もちろん今日やった薬草採集くらいしか出来ないので、件の大部屋で周りに怯えながら眠る羽目になっていただろう。創慈は改めてユーラシに感謝の念を抱いた。これまで以上に。
「へへっ感謝されんのは嬉しいけどちょっとむずがゆいな……っと、よし、ソージも結構体力使ったみてぇだし、そろそろ帰るか。まだ昼ちょっと過ぎたくれぇだけどな」
「すいません……体力少なくて……」
「気にすんなって、これから毎日森に来るんだ……嫌でも体力はつくぜ?」
創慈は生粋のインドア系の青年だ。むしろそんな彼が慣れない森を歩き、二時間半も採集活動が出来たのはかなり頑張った方なのではないだろうか。ユーラシも初めから創慈の体力になど期待しておらず、むしろ初日でここまで根性を見せられたのは、これから先に関して嬉しい誤算でもあった。
その影で、毎日森に来るという言葉に若干青ざめる創慈だったが、これは貧弱で男らしくない自分を改善できる良い機会だとネガティブ心を蹴散らしていた。
そして、そんな会話も程々に二人が帰路につこうかとしたその瞬間、森の奥の方向にある少し深い茂みから、ガサリと明らかに動物的な物音が走った。
その音にすぐさま反応したユーラシが、瞬時に創慈の前に出る。
一瞬にして空気が硬質化。ユーラシから立ち上るその過剰にも思える気迫は、間近にいる創慈にも質量の様な……いや、事実質量として感じる以上にのしかかっていた。
もはや比喩ではない息苦しさを覚えたのも束の間、その茂みから白いモノが姿を現す。
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