第4話:狩人

「これからの話……ですか?」


 陽が姿の大部分を隠し、随分と暗くなった部屋に揺れる火。その灯りに、半端に照らされたユーラシの顔にはは様々な感情が滲んでおり……されどそれが何なのかはうかがい知れなかった。


「ハッキリ言うが、お前は妙だ」

「妙……ですか」


 あまりに直接的な物言い。だが創慈は妙だと言えば間違いなく妙な存在ではあるだろう。そもそもココにいるべき人間ですらないのだから。


「最初見たときゃぁどっかの貴族の坊ちゃんかと思った、もしくは力のある商人の人間……でもそれにしちゃあ持ってるスキルが合わねぇ。【研究者】ならもっと……学術系のスキルを持ってるはずだ。それに加えて、アレを持ってる人間が行方不明になって、誰も探さねぇ訳がねぇ。と言うより戦闘能力もねぇ奴が一人で旅するなんて、命がいくつあってもたりねぇよ。少なくとも護衛はいたはず……いなきゃおかしい」


 普段の快活な雰囲気はそこになく、自分の考えをつらつらとユーラシは口にした。

 創慈が口を開く前に、さらに続ける。


「普通に考えて、何から何までんだよソージは。でも、普通に考えたら、だ。ソージ、今思い出したけどよ。効果明かした時、何か言おうとしてたな。もしかして……?」


 創慈はドキリと体を揺らす。本人も色々とありすぎてすっかり忘れていたが、まさにそれはあの時言わんとしていたことだった。そして、内容の確認も出来なかったソレについて、ユーラシは何かしらの答えを持っているやもしれないと、創慈は肯定の意を返す。


「えぇ……【導く者】……というものが」


 ユニークスキルの時の反省を生かし、ひっそりと声を静めて。それを受けたユーラシは再び黙り込み、何やらを思考している模様。だが気のせいだろうか、一瞬ユーラシから安堵の様な感情が滲んだような……そんな僅かな違和感を創慈は感じた。だがそれもすぐになくなり、気のせいでしたかと創慈の疑問符はどこぞへと掻き消えていった。

 そうして、ユーラシは思考から復帰し話が続く。


「なるほどな……考えられるとしたら……。ソージ、お前は何かの使命を背負ってんじゃねぇか?」

「この名前の後ろにあるモノは……そういった類のモノなんでしょうか……?」

「一概には言えねぇ。それは称号の一つではあるけど『特異称号』って別モンでよ、ユニークよりかは珍しくねぇけど、価値とか希少とか言うよりも……『意味』があるモンなんだ」

「『意味』……ですか」

「あぁ、例えばここアドルグ王国の国王とか王女はその名の通りの『特異称号』持ってるし、それは他の国のお偉いさんだとかも同じだ。要は偉い人そのものを指す、特別な肩書きみたいなもんでもあるんだよ。んでも、ソレとは違う『特異称号』もある……ヘヘ、ちょっと遠回り過ぎたな。簡潔に言うと、生まれながらに使命を持ってる奴もいるんだよ。アタシも実際に見たことはねぇけど、ガキが親に聞かされるお伽噺なんかにゃいくつか使命を持った奴らが出てくるんだ……そいつらが持ってたモンもソージのやつと同じ部類のモノ……なのかもな。ま、あくまで想像だけどな。もしそうなら、旅をしていたソージは護衛諸共おっかねぇ魔物か賊に襲われて壊滅……命からがら逃げたソージは森で目覚める……これならまぁありえなくはないだろ」


 使命……この世界に呼ばれた意味……創慈は考える。自分が何故ここにいるのか、どの様に……ではなく『何故』を。

 迷い込んだのか、それとものか。答えは見つからない、だがそれは仕方ないことだ。何の覚悟も前触れも無くこの世界に舞い降り、そしてこの世界のことを殆ど知らず、知っていることは極一部……その様な者が何を覚悟すればいいのか。

 そして何よりも、覚悟したとして何が出来るのか。戦う力も、この世界を生きる力もない自分に、一体何をさせたいと言うのか。


 この世界に、命を掛けられるのか。


「分かりません……何も……」


 創慈は座っていた状態からそのまま後ろに倒れ、寝台に仰向けになる。そしてそのままメガネを外し、視界の下側にある金色から目を背ける様に腕で目を覆う。きっと、目を背けたかったのは金色からではない。全てから、この世界の全てから、今は目を背けたかった。


「ま、そりゃ分かんねぇよな。アタシも急に使命だとか言われても……どうすりゃいいか分かんねぇだろうし」


 ユーラシもまた、創慈と同じように寝転がる。いつの間にか沈んでいた陽と同じように、蠟燭の火は既に消えており、暗がりに広がる天井の景色は創慈が見ている暗闇と同じだった。

 暗闇の中で、男女の言葉のみが響く。



「なぁソージ。明日からのこと、何か考えてるか?」

「……いえ、何も」


「ならよ、暫く……ソージが一人で生きていけるようになるまで面倒見てやっから、アタシと一緒に狩人するか」

「……狩人と言うのは僕でもなれるものなんでしょうか?」


「大丈夫だ、狩人にゃ誰でもなれる。稼げるかはそいつ次第だけどな。狩人になって……暫く色々教えながら鍛えてやるよ。ソージが何背負ってっかは分かんねぇし、アタシが鍛えてどこまでやれるようになるかも分かんねぇけど……何も出来ないよりかはマシだろ?」

「それはそうですが……いいんですか?ただでさえここまでしてもらってて……さらにお世話になるなんて……」


「カーッ、アタシが提案してんだから良いに決まってんだろ。それならなんだ?このまま、はいさよならって一人で放り出されてもいいのか?お前絶対死ぬぜ?」

「……そうですね。…………ありがとうございます」


「おうよ、このユーラシ様の優しさに素直に甘えとけってんだ」

「でも……どうしてそんなに?」


「ん?あぁー、なんだろうな。流石のアタシでもその辺の浮浪者とかスラムのガキは助けらんねぇし関わらねぇよ?キリがねぇしな。でも、偶然とはいえお前とは関わっちまった。そんでそれなりにソージが悪い奴じゃねぇってのは何となく分かって、弱っちいのも分かって、ついでにあんな秘密まで共有しちまったら……それで街に着いてじゃあまたな……なんて出来ねぇだろ。…………と、そんな感じだ。まぁ、ほっとけねぇって思っちまったからって言えば早い話かもしれねぇけどな。他にもいくつか理由はあるけど……それはまたその内な」

「……何というか……運命みたいですね」


「かかっ言葉まで忘れてなくてよかったなぁソージ。アタシ結構好きだぜ、運命ってやつ。アタシも……色んな運命の巡り合わせでここまで生きて来たからなぁ……」

「ユーラシも、色々あったんですねぇ……」


「まぁな。さ、話は決まったしお終いだ。もう寝るぞ」


 ゴソゴソと、暗闇の中で姿勢を変えて、寝台に二人足を伸ばして寝そべる。横幅は少し狭いくらい……だが、孤独な世界で初めて眠るには丁度良く、人の温もりを感じられる狭さだった。

 寝付きが良いのか、ユーラシはすぐに寝息を立て始める。創慈もまた、溜まりに溜まった疲労に押し流されるようにして意識を沈める。その最後にうっすらと金色の少女を眺めたが、落ち着かない様な緊張は無く、不思議な安心感と共に目を閉じた。




「――――ろ~。――――きろ~」


 どこからか声が聞こえ、頬がペチペチと弱く叩かれている感覚を覚え、創慈の意識は僅かに覚醒する。しかしそれが誰の声か、何を言っているのかも分からない程にはまだ夢の中だ。


「起きろ!」

「痛い!」


 鉄拳。いつまでも起きぬダメ男

創慈

の額に拳が突き刺さる。体格相応に小さめなその拳は、されども十分な威力を誇り強制的に創慈の意識を覚醒させた。やり方は強引なれど彼の自業自得である。


「はれ……ここは……」


 ぼやける視界に広がるのは、いつもの研究室や自室のそれではなく、少々時代の感じさせる木造の柱と石の壁、そして知らない天井だ。


「おいおい、一晩寝たら悪い方向に記憶が戻っちまったか?」


 寝台に座る創慈を呆れた様に見下ろすユーラシ。その顔を眺めている内に、昨日の出来事が蘇る。そうあれは夢ではなく、異世界転移などと言う現実

悪夢

は消えていないのだと。


「あ……あぁ、寝ぼけてました。おはようございます、ユーラシ」

「おう、おはようソージ!」


 挨拶を交わしながら、創慈は寝台から立ち上がる。窓の外には昨日見られなかった多くの人の行き交いがあり、聞こえてくる客引きの声は盛況。そこには生ける人々の輝かしい活気があった。


「今日は……っと」


 今日の予定を言おうとしたのか、少し首を傾げたユーラシの腹から虫の音が鳴る。それに少し照れたように頭を掻き、とりあえず飯にすっかと笑った。


「そうですね、行きましょう」


 創慈もそれなりに腹が減っていたので、その提案に頷き、共に部屋から出る。彼の白衣は、部屋の壁にある服掛けに掛けられたままで。



「おはよソリフさん!朝飯頼むわ!」

「はいはいおはよ、朝から元気ねぇ。じゃあそこのテーブルに持ってくるから待っててね」

「はいよ!」


 相変わらず穏やかな笑みを湛えるソリフは食事場のテーブルを一つ指定し、厨房へと引っ込む。二人はその席に座り、食事を待った。

 その間に、二人は今日の予定について話し始める。


「とりあえず……狩人登録からだな。そっから昨日の森で依頼やんぞ」

「ユーラシ、その依頼と言うのはどういうものがあるんでしょうか……?恥ずかしながら僕はまだ狩りなどは出来そうにありませんよ……?」


 自らの狩猟風景など全く想像つかない創慈。鍛えてくれるとは言っても、初日から野生動物を狩るなどは流石にハードルが高いと創慈は少々ビビり気味に思った。


「大丈夫だ、今日は狩りなんてしねぇよ。やるっつっても浅い場所で薬草の採集とかだな」

「採集……ですか?」

「あぁ、そりゃ狩人っつうんだから狩猟が仕事のメインでもあるけどよ、魔物の生息域で物集めんのもそれなりに金になったりするんだぜ?まぁ魔物に挑めねぇ駆け出しとか、狩りの合間に小銭稼ぐみたいな木っ端仕事ではあるけどよ」


 なるほど、と創慈は息を漏らす。その息には納得と安堵が滲んでいた。続いてユーラシの説明は続く。


 ユーラシ曰く、狩人の仕事は主に三種類。狩猟、採集、護衛だ。これらは全て魔物生息域にて行われ、その生息域にて活動し、生計を立てる者達を狩人と呼ぶらしい。そして彼ら狩人を纏める組織が『狩人組合』だそうだ。


 狩猟は全国に広がる野生の魔物を対象に行われ、肉や皮、爪や牙、角や骨などの生物素材を切り分け売り、様々な用途にて人々の生活に還元される。

 そしてその様な生活に直結する狩猟文明的な狩りもあれば、生活を守るための狩りもあり、概ね人里近くに出没した凶暴性の高い魔物や、そうそうあることではないが国をも脅かしかねない強大な魔物を討伐することもある。その規模がある程度大きくなれば、狩人組合の長が指揮を執り、問題国家と連携を取り戦闘に当たるのだ。

 ちなみにこの組織は様々な国に枝葉を広げており、大抵の街には支部があり、旅の路銀を稼ぐ等にも使われている。


 採集は魔物が生息する地域にて採集活動を行う仕事だ。主な採集物と言えば、薬効成分の有する野草や鉱石類などがあげられる。

 鉄や貴金属などの鉱石類は国が運営する鉱山等でも採掘がされるが、もちろんその様な場所にも魔物が出没することもあり、事前に駆除し魔物の出現率が低い浅い場所では国の採掘員が、多く魔物が住まう奥地では狩人が採掘を行っている。後者に関しては採掘と狩猟が同時に行われており、それらを専門に行う者がいる程、能力があるならば実りはいいらしい。


 護衛は魔物生息域を通過し街から街へ移動する商隊などを対象に行われ、道中の安全確保が主な仕事だ。この際、魔物だけでなく積み荷を狙う山賊の類からも襲撃されることがあり、護衛の依頼を行う者は魔物だけでなく人間とも戦う機会がある。本来ならば、街周辺に出没した賊の排除はその国の軍兵が行うことが一般的だが、護衛中に遭遇した際はその限りではない。

 なお、小国においては軍ではなく最初から賊の討伐を狩人に任せている国もある。

 最後に、前述の鉱山の話になるが、浅い場所でも魔物が現れることもあるので、採掘員の護衛として狩人が同行することもあるそうだ。


そしてこれらの仕事は全て『依頼』という形で狩人たちへ紹介される。依頼主は主に国やその街の領主だ。概ね街の政府機関から生活に密接した物資……魔物由来の生物素材や食事や薬に流用される植物の収集依頼が常駐しており、それぞれの設定単価で物資を売ることで得られる金銭が報酬金となっている。

たまに増えすぎた魔物や周辺地域を脅かす魔物が現れた際は、特別報酬を伴った依頼が張り出されることもあり、これらを主軸に依頼をこなし、街を渡り歩きながら生活する狩人も存在する。


「とまぁこんな感じだな、魔物生息域っつっても今日は魔物がすくねぇ場所でやっからそんな気張らなくてもいいぜ。それにもし魔物が出てもアタシが何とかしてやるからよ」

「頼もしいですねぇ……そういえばユーラシの実力は狩人の中でもどんな感じなのですか?」

「んあ?そうだなぁ……狩人にも階級があって、下位三から一級と上位三から一級まであるんだ。アタシはその中の下位一級だな、中堅くれぇだ。これでもアタシの歳で下位一級はちょっとだけ優秀なんだぜ?」


 説明の途中で運ばれてきた朝飯を食べつつ、彼らは狩人について花を咲かせた。自分の階級を頬を緩ませて語るユーラシは少し得意げで、歳以上に幼げに見えた。


「ようし、飯も食ったし行くか!」

「はい!」


 そうして創慈の狩人生活が始まる。されど激動の日々は、もう少しだけ先の話。

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