第5話「初めての戦闘、初めての友達」

「…ねぇ、本当にシャルと戦う気? もし嫌になったなら私がシャルにお願いしてあげるけど?」


シャルとの戦闘の当日。

俺とアリアは部屋で話し合っていた。

戦闘は昼食を食べ終えてから。

今は午前10時で昼食は12時からなのでまだ時間はある。


「大丈夫だ。 昨晩思いついた作戦があるんだ」


俺がそう言うと、アリアはんー…と唸る。


「そこでアリアに用意してもらいたい物があるんだ」


「用意してもらいたい物? なに?」


「えっとな…」


俺は、シャルに勝つ為の作戦と、用意してもらいたい物をアリアに伝えた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


昼食を食べ終え、俺とアリアはグラウンドに来た。

グラウンドにはすでにシャルがおり、俺の事をジッと見ていた。


「待たせたな」


「いいえ、大丈夫よ。 早速やりましょうか」


シャルは杖を構える。

俺はそれを手で制し、シャルにとある物を見せる。


シャルに見せた物は長いハチマキだ。


「今回の勝負、ある条件を付けたい。 お互いにこのハチマキを頭に巻いて勝負する。 勝利条件は相手のハチマキを取るか、相手を気絶させる事だ」


さて…問題はこの条件をシャルが飲んでくれるかどうかだ。


「分かったわ。 先に勝負を挑んだのは私だし、内容の決定権はそちらにある。

他には特に条件はない?」


「あぁ。 なにをしても大丈夫だ」


そう。 なにをしても。 な。


俺は、アリアから木刀を受け取り、構える。

正直、この木刀は意識を木刀に向けさせる為のフェイクだ。


幸いシャルは俺が戦えない事を知らない。 だから俺の戦闘力は未知数。

必ず木刀を警戒するはず。


「俺は準備OKだ。 そっちは?」


「私も大丈夫よ。 審判は…アリアさん、お願い出来るかしら? 止めるから早めに止めてね、手遅れになったら困るから」


「はぁ〜い♩ それじゃあ、開始〜」


アリアの緊張感のない試合開始の合図で、俺は走り出した。


爆風ブラスト


「くっ…!? うわ!?」


前から凄まじい風が来て、俺は地面を転がった。

は、早すぎないか…!?

流石には計算外なんだが…!


水砲ウォーター・キャノン!」


水の砲弾が物凄いスピードで迫ってくる。

なんとか右に飛んで回避したが、水砲が地面に当たった衝撃で吹き飛ばされてしまった。


なんて威力だよ…こんな奴とアリアは戦ってたのか…?


「こんな物なのかしら? 話にもならないわね」


「ま、まだ本気を出すには早いかな〜って」


まだだ。 まだアレは使う時じゃない。

絶対にチャンスが来るはずだ。

それまでは耐えるんだ。


「そう。 なら、本気を出す前に終わらせてあげるわ!

水連弾アクア・マシンガン!!」


「ぐっ…うぅ…!」


大量の小さな水がマシンガンのように飛んでくる。

それらは俺の身体に当たり、弾ける。

一発一発の威力が高く、地面に倒れそうになる。


「はぁ…はぁ…!」


木刀を杖にしてシャルの元へ一歩ずつ歩く。


「くっ…まだ倒れないなんて…! ならこれで終わらせてあげる!! 」


シャルが杖を上に上げ、シャルの頭上に風と水が集まっていく。

巨大な水の球体の周りを風が纏っている。

どうやら辺りの風を集めているらしい


「シャルさん…!? それは…! ヨウタ!大技がくるわよ!」


アリアが俺に向かって叫ぶ。


……今だ。 シャルは今大技を撃つ準備をしている。

今しかない…!!


俺は、ポケットから1枚の紙を取り出した。

この紙は、先日アリアに説明された"魔力を込めると増える紙"だ。


「はああああああああ!!!!!!」


俺は紙を持って、全力で魔力を込めた。

紙はあっという間に増えていき、辺り一体は紙だらけになった。

そして、シャルが風を集めている事により、大量の紙は風に乗ってシャルの周りに集まっていく。


「ちょ、ちょっと何これ…!?」


シャルが驚いた声を上げるが、気にせず走り出す。


俺は弱い。 だからアリアみたいに正々堂々真っ正面から戦うなんて事は今の俺には出来ない。

だが、戦えないからといって戦いを避けたままじゃ、いつまでも成長できない。


だから、今の俺が出来る事、使える物を全て使う。


「ハチマキ貰ったぁ!!!」


紙に紛れてシャルに近づき、パニックになっているのを利用してハチマキを頭から取った。

そしてすぐに紙から手を離す。


周りの紙は塵になり、シャルは俺の手にあるハチマキを見て目を見開く。


「え…え!?」


「この勝負、俺の勝ちだな」


「う、嘘…」


「卑怯な手を使って悪い。 今の俺にはこんな戦い方しか出来ないんだ」


俺はそう言って笑う。

こんな負け方をしたらシャルは屈辱だろう。

それは本当に申し訳ないと思う。


「…負けは負けよ。 約束はちゃんと守るわ」


「おう。 じゃあ早速勝利条件の何でも言う事を聞くって奴なんだけど…」


「2人共早く離れて!!!!」


俺がシャルに勝利条件の話をしようとすると、アリアが本気の声で叫んだ。

シャルはハッとした顔になり上を見上げる。

釣られて俺も上を見ると、先程シャルが作った水と風の塊がかなり膨らんでいた。

まるで爆発寸前の風船みたいだ。


「ま、まずいわ…! ヨウタくん! 早く逃げて!」


「な、何だあれ!?」


「私が使える中で最強の魔法…水爆風アクア・ブラストよ! 本来はここまで溜めないんだけど…」


なるほど…パニックになって制御をミスったと…


「と、とにかく早く逃げて!」


「分かった!」


俺はアリアの元へ全速力で走る。

アリアは炎の壁を出しており、俺は壁の裏に隠れる。


そこで気付いた。

シャルがいないのだ。


シャルは、まだ風と水爆風の下に居た。


「おい! 何やってんだ!」


俺が叫ぶと、シャルは辛そうな顔をしながらこちらを向いた。


「私が少しでも力を緩めたらすぐに爆発しちゃう…! だから2人は早く逃げて…!」


「は…!? おいアリア、なんとか出来ないのか!?」


「今考えてる!!」


くそ…! こんな時に俺は何も出来ないのか…!!


あのデカさの魔法が爆発したら被害は甚大だろう。

離れた俺とアリアも怪我をする危険がある。


そして、ゼロ距離にいるシャルは怪我だけでは済まないかもしれない。


危ないと分かってるのに、俺には助ける手段がない。


悔しい。 悔しい。 悔しい。


俺は頭の中で自分を責める。



「熱っつ…!?」


突然、右手に激痛が走った。

右手が燃えるように痛い。

だが、実際には燃えていない。


手の甲を見ると、原因が分かった。

痣が赤く光っているのだ。


「なんだ…これ…?」


こんな現象は知らない。

知らないはずだ。


なのに、どうすればいいか分かった。


「ちょ、ちょっとヨウタ!?」


俺は、シャルの元へ走り出した。

後ろから必死にアリアの止める声が聞こえるが、今は気にしない。


シャルの元へ着き、俺は水爆風に向かって右手を向ける。


「よ、ヨウタ君!? 何してるの早く逃げて…!」


「吹き飛べぇ!!!!」


右手に力を入れると、俺の右手から魔力が放出され、水爆風を跡形もなく消し去った。


「はぁ…はぁ…」


や、やった…なんか分からないけど、頭に浮かんだ通りに動いたら出来た…

今の力は何だったんだ…?


今はもう痛みは感じないし、痣も光ってない。


「え、嘘…」


シャルはその場にペタンと座り込む。

俺も魔力放出のせいか足がもたつき、地面に腰を降ろした。


「ヨウタ! シャルさん!!」


アリアが俺達の元へ走って来た。

アリアは俺達に怪我がない事を確認すると、俺の頭を叩いた。


「無茶すんな馬鹿! あんたは魔法が使えないんだよ!? もし間に合わなかったら怪我だけじゃ済まなかったかもしれないんだよ!?」


アリアが本気で俺を怒る。

確かに、今回は頭に浮かんで通りに進んだが、もしアレが俺の勘違いだったらと思うとゾッとする。


俺の肩をがっしりと掴むアリアの手は、震えていた。


アリアは優しい。 だから本気で心配してくれたのだろう。


「悪いアリア。 次は気をつける」


俺とアリアのやり取りを、シャルは隣で聞いており。

ポカンとした顔をしていた。


「あ、アリアさん…? いつもと喋り方が…

っていうかヨウタ君、魔法使えないってどういう…」


「「あっ…」」


俺とアリアの声が重なった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


あの後すぐに先生達が来て、俺達は事情聴取を受けた。

今回の件で、シャルは自分の魔法の制御を忘れ、他人に被害を及ぼした事で、シャルには反省文の提出が求められた。


そして、使い魔の起こした不祥事の責任として、アリアにも反省文の提出が求められた。


俺とアリアとシャルは、現在シャルの部屋に集まっていた。


「えっと…つまりアリアさんは今の喋り方が素って事なの?」


「…そうよ。 イメージ違うでしょ?」


何故シャルがこの部屋に居るかと言うと、あの後にシャルの方からお願いされたからだ。

俺達とちゃんとお話ししたいらしい。


そもそもシャルは、ずっとアリアと友達になりたかったらしい。

だがなかなか素直に友達になろうとは言えず、頻繁に魔術戦を申し込んでいたらしい。


「はぁ…私とした事が不覚だったわ…今までずっと隠し通せてきたのに…」


「まぁまぁ、別に良いんじゃないか? シャルなら言いふらすことはないだろうし」


「誰のせいでこうなったと思ってんの!?」


アリアと俺のやり取りを見て、シャルはふふっと笑った。

俺とアリアは顔を見合わせ、首を傾げる。


「2人は仲が良いのね。 …ヨウタ君、昨日は君のご主人様の事を悪く言ってごめんなさい」


「あぁその事か、別にいいよ」


そして次に、シャルはアリアの方を向く。

急に見つめられたアリアはビクッとして目を逸らす。


「アリアさん。 さっきも言ったけど、私はずっとあなたと友達になりたかったの。 よければ、私と友達になってくれないかしら?」


そう言われたアリアは、顔を赤くする。


アリアは友達がいない。

それはきっとアリアに近づこうとする人がいなかったからだろう。

皆自分の才能とアリアの才能を比べてしまい、アリアに関わろうとはしなかったんだろう。


だが、シャルはアリアにとって初めて自分に向き合ってくれた相手だ。

勝てもしないのに頻繁に勝負を挑み続けた彼女は、やっと今日、アリアに自分の思いを伝える事が出来たのだ。


「あ…う…あぇ…」


アリアが分かりやすく吃っている。

なんか見てるの面白いな。


と思っていたらアリアが助けを求めるような視線を俺に向けてきた。


はぁ…仕方ない。 助け舟を出してやるか。


「そういえばシャル。 まだ勝利条件の命令を言ってなかったよな?」


「え? あ、うん。 そうだね、でも普通今言う? 」


「アリアの友達になってやってくれ」


俺がシャルに命令する事はこれだ。

シャルとアリアは首を傾げる。


「え…? ヨウタ君、今その話をしてたんだけど…」


「あぁ知ってるぞ。 

んで、アリア。 今俺はシャルにお前の友達になれって命令しちまった。 申し訳ないんだけど友達になってやってくれないか?」


俺がそう言うと、シャルは俺の思惑が分かったらしく、ハッとした顔をした。

アリアは最初はキョトンとしていたが、やがて笑顔になった。


「使い魔の頼みなら仕方ないわね〜。 不本意だけど、友達になってあげるわ」


よし。 これでアリアの記念すべき友達1号だ。


俺の視線の先では、シャルがアリアに抱きついている。

アリアはそれを鬱陶しそうにしながら引き剥がそうとしている。


俺はその光景を見て、久しぶりに自然と笑みが溢れた。

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