第4話「凡人の第一歩」

「眠いぃ〜…」


早朝、俺は寮の食堂でパンを食べながら呟いた。


「眠い眠いうるさいですよぉ〜」


そう言いながらアリアは行儀良くパンを食べている。

2人ともパンを食べ終えると、俺達は女子寮を出た。


女子寮から少し歩くと、かなり大きな門が見えてきた。

あれが校門なのだろう。


「なんか全部がデカイなぁ〜」


「そうなの? 別に普通だと思うけど」


周りに人がいないからか、アリアは普通に喋る。

外出という事でアリアは制服ではなく私服だ。


白いフリフリの可愛らしい服に黒いスカート。

シンプルだが似合っている。

てかアリアは可愛いからなんでも似合いそうだな。


「さて…まずは服ね」


門を出て数分歩くと、商店街に出た。

商店街には様々な人がいた。

ガタイの良いおじさんに剣を持った女性など、様々だ。


アリアは道中の店には目もくれず、とある服屋に入った。


「好きな服選んでいいわよ」


アリアにそう言われ、店内を見て回る。

異世界という事もあり、日本の服とはデザインが違う。


んー…迷うなぁ…


「お、これカッコよくないか!?」


俺が選んだのはノースリーブの赤い服だ。

袖の部分はギザギザに切られており、ワイルドな印象だ。

これはカッコいい。


よし、これに決て……


「ダッサ…」


アリアの本気のトーンの言葉を聞き、俺は服をそっと棚に戻した。


俺のセンスが絶望的だと悟ったのか、アリアがパパッと男物の服を選ぶ。


「はい。 これ着てみて」


アリアが俺に服を渡してきた。

そのまま試着室に連れて行かれた俺は、アリアに渡された服を着てみた。


長めの丈の黒い服に、動きやすそうな黒いズボン。

黒一色ではなく、所々に白いラインが入っている。


着てみると、思った以上に軽く、動きやすかった。

ジャージよりも動きやすい服ってあったんだな…


服を着たまま試着室を出ると、アリアが俺を見て頷く。


「まぁ悪くないわね。 後はこれとこれ!」


まだ服を渡してきた。

1つ目は藍色の外套だ。 これを着るだけで一気に異世界感が出た。


2つ目は焦げ茶色の靴だった。 ブーツのようだったが履き心地はスニーカーのようだった。


試着室を出ると、アリアは満足そうに頷いた。

あとは適当に部屋着と下着を買い、服屋を出た。


「奢って貰っちゃって悪いな、いつか絶対返す」


「別にいいわよ。 使い魔の物を買い揃えるのは当たり前だし。 私お金なら沢山持ってるし」


「いや…でもな…」


「しつこいわね〜。 じゃあ貸し1って事で」


その後はアリアと一緒に様々な店を回った。

日用品店に行って俺の歯ブラシ、コップ、タオル、ハンカチなどの必要な物を買い、ついでに新しい毛布と寝るときに下に敷く薄いマットも買った。


増えた荷物を両手で持ちながら、俺達は帰っていた。


「お、重い…!」


「男でしょ? それくらい軽々と運びなさいよ」


「無茶言うなよ…こちとらインドア派なんだぞ…」


「はいはい」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「はぁ〜疲れたあああ!!」


アリアの部屋に荷物を置き、俺は床に倒れる。


「はいはいお疲れ様〜。 それじゃあ私は学園長に用事があるからまた出かけるわね」


「学園長に用事?」


「あんたの事でいろいろ手続きが必要なのよ。 夕食までには帰るから適当に散歩でもしてていいわよ」


そう言ってアリアはすぐに出て行ってしまった。


現在の時刻は午後3時。

夕食は6時からだからあと3時間か…


よし、アリアに言われたとおりに散歩するか。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


寮を出て俺は学校内を適当に歩いていた。

相変わらず広くて迷いそうになる。


…あと、周りの視線が痛い。


どうやら俺がアリアの使い魔という事は皆知っているらしく、俺を見て何かを話している。

うーむ…居心地が悪い。


「あら…? あなたアリアさんの使い魔よね?」


背後から声をかけられ、振り返るとそこにはシャルが居た。

シャルも外出した後らしく、私服だった。


…まずいぞ、何を話せばいいんだ…?


「そ、そうです…けど」


「話すのは初めてだったわね。 私はシャル。 よろしくね」


「お、俺は…」


「ヨウタくんでしょ? 覚えてるわよ」


名前で呼ばれると緊張するな…

っていうか何話せばいいか分からないんだが…?


「あの…俺に何か用でも…?」


「えぇ。 率直に言うわ。 あなたには女子寮から出て行ってもらいたいの」


ほぉ…確か昨日もそんな事言ってたな…


「え、でもアリアが学園長から許可を貰ったって…」


「えぇ。 覚えてるわよ? だから、勝負して決めましょう? 私とあなたで。 私が勝ったらあなたは女子寮から出て行く、あなたが勝ったら私に好きな事を命令していいわよ」


「い、いやぁ…そんな事勝手に決められないっていうか…」


「ちなみに学園長から許可は貰ってるわよ。 学生同士の問題は学生同士で解決して下さいとの事よ」


マジかよ…学園長に許可を取っただと…?

じゃあ今学園長に会いに行ってるアリアは当然この事を聞かされてるはずだよな…


なら、アリアが来るまでなんとか持ち堪えて、アリアとシャルで話し合ってもらおう。

うん。 俺よりアリアの方が口論上手そうだし。

よし、そうしよう。


「えっと…そういうのは俺じゃなくてアリアに言ってほしいなぁ…って…

ほら、俺って使い魔だし?」


「…あぁそう。 アリアさんは使い魔に自由を与えてないのね」


シャルは俺をじっと見ながら言った。


「あなたも可哀想ね。 アリアさんの使い魔なんて大変でしょう? あの人自分勝手っぽいし? なんでも1人で出来ちゃう人だからね」


なんだ? なんでこいつは急にこんな事言い出すんだ?


「どうせ使い魔には雑用を押し付けてるんでしょうね? 可哀想に、まるで奴隷じゃない。

まぁ当たり前よね? あの人は天才だから全部1人で出来ちゃうんだもん。 努力なんてした事ないんでしょうね」


あぁ…分かった。

こいつは俺を挑発してるんだ。

わざとアリアを悪く言って俺が怒るのを待ってるわけだな?

流石に分かり易すぎるぞ?



分かってる。 こんな分かりやすい挑発に乗るなんて馬鹿のやる事だ。


「……あいつが努力した事が無いって? 何も知らないくせに、あいつを馬鹿にすんじゃねぇ!!!」


だが、俺は親から見捨てられる程の馬鹿だからな。

頭では分かってても挑発に乗ってしまう。


「あいつは1人で丸太を数十本も使い古すまで修行するような奴だぞ。

お前があいつの何を知ってるんだ…?」


俺はシャルを睨みつける。

シャルは怯えたのか一歩後ろに下がる。


どうやら俺がここまで怒る事は想像してなかったらしい。


「お前がアリアにじゃなくて俺に戦闘を申し込んだ理由を当ててやろうか?

アリアに勝てないからだろ?」


先程の挑発の仕返しだ。

分かりやすい挑発だが少しは嫌な気分になるだろう。


「…なんですって…?」


「この前の魔術戦は見事な負けっぷりだったもんなぁ? そりゃ悔しいよなぁ?」


「あまり調子に乗ってると今ここで…!!」


シャルが俺に手を向けた。


…え、ちょっと待って魔法撃ってくるのは予想外なんだけど!?

やめて!魔法撃たないで死んじゃう!!!


「アリアさんの使い魔ならこれくらい耐えれるわよね…!!

爆風ブラストッ!!!」


本当に魔法を撃ってきやがった。


俺は咄嗟に目を閉じ、来るであろう衝撃に備えた。


だが、いつまで経っても衝撃はこなかった。


ゆっくり目を開けると、俺の目の前に炎の壁があった。

どうやらこの壁のおかげで俺は攻撃を受けずにすんだらしい。


「私の使い魔に何か用ですかぁ〜?」


声の方を見ると、アリアがゆっくりとこちらに向かってきていた。

顔は笑っているし、声もいつも通りで猫を被った声なのだが、目が笑っていない。


俺に向けられているわけではないのに身体が震えだした。


「今の魔法、爆風ブラストですよね〜? そんな魔法をなんで私の使い魔に撃ったんですかぁ〜?」


アリアがシャルと向かい合う。

シャルもいつものアリアと雰囲気が違うと分かったのか、冷や汗をかいている。


「お、お宅の使い魔さんが私を馬鹿にしてきたからよ…!」


アリアがチラッと俺を見る。

うわ目怖っ!?


いや…確かに馬鹿にはしたけども!?

先にやってきたのそっちじゃね!?


「あ、いやでも…先に馬鹿にしたのは私だから…悪いのは私なんだけど…でも…えっと…」


シャルが上手く言えずにどもる。


…あ、分かった。 こいつ根は素直な奴なんだな?

じゃなきゃ今そんな事言う必要ないもんな。


まぁ、だとしてもアリアを馬鹿にした事は許さんけどな。


「ま〜どうでもいいです。 …学園長から話は聞きました。 やるんですか?」


アリアの雰囲気が変わった。

今は明らかにシャルを睨みつけている。

あまりの怖さに俺とシャルは一歩後ろに下がってしまった。


「え、えぇ! 当たり前よ! 私が勝ったらヨウタくんは女子寮から出て行ってもらうわ!」


「私が勝ったらシャルさんは私の言う事をなんでも聞く。 でいいんですね?

ヨウタとじゃなくて、私と戦いましょうよ」


「えぇ! 望む所よ!」


よし。 これで俺が出て行く心配は無くなったな。

アリアが負けるなんてありえないし?


これで一件落着。



…これで一件落着、でいいはずなのに、俺はどこか納得出来ていなかった。


元々これは俺が女子寮にいるから起こった問題だ。

それを主人だからという理由だけでアリアに全て任せていいのだろうか?


もちろん、楽で確実なのはアリアに任せる事だ。


だけど、今回アリアに任せたら、俺は本当に成長出来なくなりそうだ。

今回何もしなかったら、これからもずっと重要なことはアリアに任せて俺は楽をする人生を送りそうだ。


天才に全てを任せて、凡人は楽をする。

弟に全てを任せて、兄は楽をする。


このままじゃ向こうにいた時と変わらないままだ。

そんなのはもう嫌だ。


異世界に来たから、アリアに出会ったから…

これをきっかけに、俺は変わりたい。

全力で生きてみたい。


「待ってくれアリア」


だから…


「今回の勝負。 俺1人にやらせてほしい」


これは俺の…凡人の第一歩だ。


「…え…は…?」


アリアがキョトンとした顔をする、シャルも同じ顔をしている。

そしてアリアは俺の耳を掴み、無理やり下に引っ張る。


「…ちょ…! 何言ってんの!? あんた戦えないでしょうが…!」


アリアは小声で言ってくる。

俺は自信満々に親指を立てる。


「あぁ、戦えない。 このままじゃ100%負けるだろうな!」


「馬鹿なの!? いやマジで本当に馬鹿なの!? 負けたら女子寮追い出されるんだよ!?」


ここでこんなに怒ってくれる辺り、本当にアリアは優しいんだと分かる。

だから、そんなアリアに苦労はかけたくないんだ。

俺が強くなれば少しでもアリアの負担が減るかもしれない。


俺はアリアから離れ、シャルに向かい合う。


「んじゃ魔術戦の日だけど、明日昼食食べた後でいいか?」


「え…? あ、いいけど…」


「んじゃ決まり! 明後日よろしくな! アリア、帰ろうぜ〜」


俺は手を振りながら歩き出す。

アリアは走って俺に追いついてきた。


「ねぇ…マジで何か考えがあるんでしょうね? 言っとくけど、シャルは普通に強いわよ?」


「ん〜ない。 まぁやれる事をやるしかないだろうなぁ」


「はあああ!?」


帰り道、周りに人が居ない所にアリアの声が響いた。

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