第3話 奇跡を見る、その1

アルファとベータは最初から彼と共にこの世界へとやって来た。


その際に彼と交わした契約は絶対に嘘を吐かないというものだった。


だから彼女達は彼にとって都合の悪い事実であっても必ず真実だけを話した。


ベータの予知能力が覚醒した時もベータは真実だけを告げた。今日この日、彼は逃れようのない死を迎えると。





だが嘘を吐かないとは必ず真実を告げる事と同義ではない。


知っている事を話さないという方法もあるのだ。


今回はそのいくつか黙っていた真実のひとつが功を奏した形になる。





ヴィジョンとは彼とアルファとベータの三人で創った魔法だ。


切っ掛けは古代遺跡から見つかった二つの「心眼」と呼ばれる魔法装置だった。


これを自らの目に移植する事で他者と自分の視界を共有する事が可能になる。


彼は当然のように自分の目に移植する事を望んだ。





しかし結果は移植不適合。


だから今この心眼を移植しているのはアルファとベータである。


だがこの時、実は二人は知っていたのだ。


彼の目には既に心眼よりも高度な機能を備えた「神眼」が移植されている事を。それ故に不適合となった事を。その神眼を彼の目に移植したのは彼をこの世界に送り込んだ女神である事を。


女神は彼の目を通してこの世界の出来事を見ているのだ。


ベータはその神眼の機能を使い、ヴィジョンを改良した魔法ハイヴィジョンを創り出した。


そして今そのお陰で彼の姿を見る事が出来ている。





「ヴィジョンではFPS視点しか見れなかった、でもこのハイヴィジョンだとTPS視点で見る事が出来る」





ベータは何気ないように言ったがそれはとても高度な魔法であった。


全員が驚く中、アルファは事も無さそうに聞いた。





「どうせベータの事だから、他にも色々と仕込んであるんでしょ?」





「それはおいおい説明する。でも今はまだ話せない。ここまでで彼が勇者の元へ辿り着く可能性はとても低い。もし彼がこの新しい機能に気づけば…」





「可能性が上がるのか?」





ホレスが後を引き継ぐ形で問いかけた。


ベータは頷いた。





「でもそれにはみんなの力が必要、協力して欲しい」





「私達があの人の役に立てるの?」





アリシアは俯いていた顔を上げた。





「私達だけじゃない、この世界全ての人の協力がいる。それが成功してやっと半々」





「半々で彼は助かるって事?」





レーナの問いかけにベータは静かに首を横に振った。





「違う、それでやっと勇者の元へたどり着ける可能性が五分五分」





「絶望的な状況じゃあねえか!」





ホレスは叫んだ。





「彼がここで死ぬ事はどんな事があろうと変わらないの、それはおそらく神ですら変えられない運命なのよ」





アルファが悲しそうな顔で言った。





「でも彼の望みが叶うなら私は協力を惜しまないわベータ、何をすれば良いの?」





「別に特別な事は必要ない、みんないつもヴィジョンを見る時のように彼の事を見ればいい」





「それだけ、ですか?」





アリシアはがっかりしたように聞いた。





「そう、それだけ。世界中の人が彼を見る、ただそれだけ、でももしかすると、奇跡は、起こるかもしれない」





ベータが奇跡と言った。彼女を知るメンバーは全員が驚いた顔をした。


自分達の知るベータは、奇跡という言葉が一番嫌いだったはずだ。


奇跡とは神の気まぐれ、そんな物を期待するより人事を尽くす。


これが彼女の考え方だ。


だが…





「可能性は上がるんだな?」





「成功すれば間違いなく」





「なら俺達に出来る事はひとつだ。全力であのバカを応援するぞ」





ホレスの言葉に全員が頷いた。

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