第9話 ターミナル、僕と君の終点。
決断を下せずに、もう何本も電車が通過していく。僕はそっと携帯を取り出して、動画フォルダを開いた。彼女が泣いているサムネイルをタップする。7月7日、彼女の命日。その配信は突然始まった。
「始まってる?みんな見えてる?今日は家からじゃないんだ。駅、ここ駅なの。私もうしんどい。イチゴミルクとして生きるのも、めちゃくちゃにしんどい。私は私の好きな言葉を連ねてるだけなのに、プロデューサーさんは私をただ罵倒するし、事務所の人はいつも私に触ってくる。枕?っていうのかな、そういう売れ方をしたくないのに、強要してくるの。私実は彼氏がいたんだ、ひとまわりくらい年上のおっさん。私のことをすごく大切にしてくれてると思ってたけど、結局私に興味があるんじゃなくて、私の体だった。もう疲れちゃったなぁ。このまま飛び込んだら死ねるんでしょ?」
あの日のことを強く思い出す。彼女はとんでもなく辛い思いをずっとしてたんだ。七夕のあの日、僕は、彼女の配信の通知を見てすぐにサイトを開いた。彼女の様子が違うことにすぐに気が付いたし、あれがどこの駅かもすぐにわかった。彼女が、もう生きる気力がないことも、すぐに。
駅に向かおうとして、やめた。僕に何ができる。クラスのことを、あのいじめを全部、この配信で喋ってくれ。全て、曝け出してくれ。僕やクラスメイトが、君の辛さを全く理解しようとせず、気持ち悪いの一言で片付けたあの惨状を。
少し前に同じように自殺配信をした女の子がいた。彼女が死んで、多くの人たちが彼女に想いを綴った。死ぬまで、知らなかったような連中が、その子を心配したんだ。何かできることがあったかもしれない、だなんて。
「家庭環境も最悪だったと思うよ。お母さんがいなくなっちゃって、お父さんはいつも殴ってくる。高校行かせてんのは誰だ!って。
おかしくなっちゃうよね。クラスでもろくな扱いされてないし」
イチゴミルクが、改めて早瀬薫なんだと、認識した。僕が応援していたのも、僕らがしかとをしていたのも、同じ人間なんだと。
「クラスメイトの男の子がね、私を応援してくれてたの。クラスじゃ話しかけてくれなかったけど、私はいじめられてるから仕方ないなぁって思うんだ。彼もいじめられて欲しくないし。イチゴミルクを好きな男の子がクラスには隠れてる。それだけが最後頑張れる理由だったなぁ」
彼女の声が震えている。僕のことだ。そんなこと、言わないでくれよ。頼むから。
「あ、見てるじゃん、恥ずかしいなぁ。私今から輝くからね、見ててね」
よせ、よせ。コメントを送る。死ぬな、死ぬな。
僕はまだイチゴミルクの歌が聴きたかった。
「ステージの上はめちゃくちゃ楽しかったんだよ。君がみてた私。けどあの裏めちゃくちゃしんどかった。ステージに上がって、客席を見渡して、君がいると頑張れた。舞台上だけが私の幸せだった。ありがとうね」
僕の頬が濡れていることに気づく。いつから僕はイチゴミルクに惹かれていたのか。いいや、クラスメイトの、早瀬薫に、いつから惹かれていたのか。彼女は、そっと立ち上がった。
「なんで私だけなんだろうね。こんな辛い思いをしてるの。何が良くなかったんだろう。こんな星のもとに生まれちゃったのかな」
ホームにはアナウンスが響く。次の電車が来る。
「怖いなぁ。けど、死んだら楽なんだろうなぁ」
電車の近づく音がする。彼女の目の色が変わる。決意したような、真っ直ぐな瞳。
「お母さんお父さん、ごめんなさい。それから、いまこの配信を見てくれてる人、ごめんなさい。クラスメイト君、またどこかで会えるといいね。君の瞳が綺麗で好きだった」
唇が震えている。
「さよなら」
彼女は、ふらついた足でホームの黄色い線を越えて、そのまま飛び降りた。それと同時に、大きな車体が通過していく。
次の日の朝、彼女のTwitterアカウントのフォロワーは急増した。抱きしめてあげたかった、もっと早くに出会いたかった。そんな声がアカウントに寄せられた。だけど、その声はもう、届いていない。
君が星こそかなしけれ リリー @daokoflum
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