第6話 駅、改札前、券売機にて。

 社会人はもう二年目になる。彼女が死んでから七年目の春が来て、僕はいまだに呪いにかかったままだった。脱力感だけが僕の胸の底にずっと溜まっている。僕の体じゃないかのように、意識と肉体がまるで乖離している。もし僕がよだかのような翼を持っていたなら、どんなに小さく醜い翼でも飛ぶことさえできていたら、きっとよだかと同じように空を一心に飛び上がっていただろう。

 大学時代に躍起になった研究、僕をただ呪いから解放するほど集中していた学びは、いま何の役にも立っていない。僕はただ、働くために生きていた。クオリティオブライフがなんだ。ふざけた甘えだと、そう思ってしまうほど、俗に言う社畜となっていた。

 精神科にかかって、いっそうつと診断を受けて、同僚と同じように二度とあんな会社に顔なんか出さずにいようか。きっと僕はうつなんだ。なにも手につかない、仕事は失敗を続けて、怒られてばかり。それでも僕をクビにしないのは、きっと同僚のせいだろう。彼が何も言わずに消えたから、その仕事が全部僕に回ってきた。

 気づくと僕は、彼女の最後の駅に頻繁に通うようになっていた。

 会社と家を繋ぐ路線の、ちょうど真ん中の駅で途中下車をする。何本も電車は目の前を通る。このままこの線路に飛び込んでしまえば、僕は彼女のもとに行けるのだろうか。

もしかしたら命を落としているかもしれない同僚と、入社式以来のおいしいお酒が呑めるのだろうか。

死後の世界が本当に天国なら、何故僕はこんな人生を必死にもがいているのだろう。

 おいしくない人生だったと思う。

 もっと味気なくてよかった。 

 大切な人が自殺した。これからの仲間がいなくなった。そして僕でさえ、せっかくの命に、人生に価値を見いだせてない。家族に失礼だろうか。せっかく産んでくれたのに、いいや、結局この人生を送っているのは僕なんだ。いつ終わらせようと僕の勝手だろうが。

もし僕がこのまま肉塊になってしまったら。

僕の六畳一間の一人暮らしの住まいに置いてある擦り切れるほど聴いたイチゴミルクが所属していたアイドルグループのCDは、僕と一緒に燃やして葬ってくれるだろうか。遺書を書いたって、読んでくれる人間なんて、親くらいしかいない。僕の無事を本当に真摯に祈る両親には申し訳ないが、僕はこの人生を終わらせたい。希死念慮には逆らえないんだよ。

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