第5話 各駅停車、揺られる。
普段僕は握手会だとかチェキ会だとかには参加しなかった。ステージで輝く彼女達が下に降りてきてしまうことは、僕には許せなかった。要は僕はあまのじゃくな客だったということだ。だけれど、今回は違った。イチゴミルク。彼女がもし本当に早瀬薫だとしたら。だとしたら?僕はどうするつもりなのだろう。彼女が夢を叶えようとアイドルをしているのなら、クラスで彼女と一切交流を持たない僕がファンとして目の前に現れた時、冷やかされたと感じるだろうか。もし本当に早瀬薫なら、そんなことは気にしないのだろうな。彼女と一度も話したことがない。だけど、いやだからこそ、一方的に貼り付けたレッテルをいいように解釈して、僕はイチゴミルクに会いに行く。そのライブを観ていた人は少なかったけれど、みんなイチゴミルクの輝きに魅了されたようで、他のメンバーよりも少しだけ長い列ができていた。
目の前に現れた僕を見て、彼女は一瞬固まった。それから笑った。
「今日は見てくれてありがとうね、これからも私イチゴミルクをよろしく!」
「なぁ、早瀬、だよな」
反応を見て、僕は確証を得た。それでも彼女は否定した。
「違うよ!その子は私じゃない」
結局、握手もせず、チェキも受け取らずに帰った。
月曜日、早瀬薫は少しだけ気まずそうに僕の前に現れた。そこで、特典会で受け取らなかったチェキを渡そうとしてきた。
「お願いだから、みんなに黙っててくれないかな。私が中学生からの夢だったの、アイドル。あの人たちに憧れてた。歌って踊って可愛くて。女の子の夢なんだよ、アイドル」
「言うわけないよ。ステージの上のイチゴミルクはめちゃくちゃ素敵だった。すごく良かった。僕はイチゴミルクを応援しようと思う」
その日から僕は何度も何度もイチゴミルクを観に行った。グッズも買った。彼女たちは曲を自分たちで作っていた。イチゴミルクの書くただただ真っ直ぐな歌詞。彼女の想いは、常に僕の心を貫いて、掴んで、握りしめたまま、離してくれなかった。
イチゴミルクの親睦を深める傍ら、早瀬薫とはあの月曜日以来二度と話すことはなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます