第2話

 目を覚ませばユリウスは路地で壁に背中を預けて眠っていたようだった。空気が冷たく、身体が冷えていた。小道の煉瓦の上はつやつやと街頭の灯りを反射している。湿気た空気が鼻孔から入って雨のにおいを濃くした。


 立ち上がりながらお尻を触ると案の定ひんやりとして水が染み込んでいた。懐の財布を探し、中を開けたが異常は無かった。ウーロが用意していた駄賃だった。金額を確認して目を見開いた彼女は自分が寝ていた辺りを急いで見渡した。ハンカチが雑巾のように薄汚れて脇に固まっていた。慎重に布を開くが、“生きた石”はそこにはなかった。薔薇をモチーフにしたハンカチは間違いなく彼女のものだった。彼女が刺繍したのだ、見間違えるはずかない。


 自分がどこにいるのかも放ってユリウスは血眼になって路地を探しまくった。周囲の人は少なかったが、それでも彼女の落とし物探しは人目を引いた。

 誰も声はかけなかった。霧ぶく夜に黒服を着た、いや、時代遅れのタキシードを身に着けた女が地面を食い入るようにして同じ所を徘徊しているのだ。声はかけられなかった。ただ困っているのだろうことだけは周囲にも理解は出来たが、皆見てみぬふりをした。


 一時間ほど探し、ユリウスはとうとう諦めた。盗まれたのだろうと考えた。もしくは落とし物を拾ったと勘違いした者が、石の美しさに気がついて今頃喜んでいるのかもしれない。最悪、彼女の主ウーロ・マイアスであれば、市場に出回ったと耳に入れば真っ先に駆けつけて確保するだろう。ひょっとしたら、逃げたのかもしれない。なにせ“生きた石”だから。彼女には石に足が生えて動き回る様が想像できなかった。きっとそういうものではないのだろう。もしも、誰かが見つけて“生きた石”の価値が分かる相手に渡ればことだが、ウーロならば相手を陥れてでも必ず手に入れるはずだ。


 恐ろしいのは確実となったユリウスへの折檻だった。彼女の主は人が苦しむのを見て喜ぶ。熱した火かき棒が肌を焦がすにおいがした気がして彼女は鼻を覆って己を抱きしめた。

 それとも首を絞めるだろうか。喉が潰れそうな気がして慌てて考えを振り払おうと、呼吸に集中した。


 寒さに震えたユリウスは握っていたハンカチをポケットに入れようとして手を止めた。これではお腹を冷やしてしまう。彼女は半分茫然としながら顔を上げて周囲を見渡した。屋根から落ちる雨水を見つけて、そこでハンカチを簡単に洗うときつく絞って左の手首に巻いた。


 ようやくユリウスは自分がどこにいるのか分かろうという気になった。徘徊している間気になっていた喧噪する方角へと足を向ける。コツン。コツンと、ブーツの音が刻みよく煉瓦の道を叩いて小道に響いた。



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