Roses of the past

照手白

第1話

 蛇目の男が舌なめずりした。視線の先には古びた本がある。つやつやした黒い靴の上にホコリが積もっているのに珍しく頓着した様子はなかった。蝋燭の揺らめきがひときわ大きくなって消えた。

 舌打ちをしたウーロ・マイアスは「灯り」と、ぶっきらぼうに言った。

 言われた女はポケットからマッチを出して先を擦った。ジッと音がして、不用品の積み重なった狭いあばら家の影がひっそりと浮き出る。万が一でも燃え移らないよう彼女は掌で庇いながら主の横にある蝋燭に火を移した。

 数秒もするとゆーらゆらと不用品の山の影が動いて、再び蜜蝋のにおいと共に暗闇が部屋を閉ざした。


「ここを全て整理しておけ」


 静かになりユリウスが再びマッチを擦るとそこには誰もいなかった。

 彼女は蝋燭に火を移すと消える前にあばら家を出た。潜めていた息を吐き出したユリウスは眩しく目を細めて、肺いっぱいに空気を入れると陰気を振り払うように両腕を伸ばした。青々した雑草ばかりの横では蛙が跳ねてゲコッと鳴いた。所々崩れてほったらかしにされた水路に両手をつけて顔を軽く洗った彼女はあばら家をチラリと見ると足を投げ出して大の字に草原に寝転がった。頭上ではさんさんと太陽が輝いていた。

 片付けを始めているうちに夕方になり、ユリウスが何十回目かあばら家に入ると中は薄暗かった。窓からぼんやりとオレンジ色の光が入って、見渡すと部屋の一角が小さくきらきら輝いていた。


 不思議になったユリウスは瓦礫を乗り越えて最奥へと進んだ。埃が舞い上がって彼女は腕で顔を庇った。徐々に、窓からの光が強くなっている。ハッとした。その部屋は昼夜が逆転していた。朝が深まるに連れてきらきらとした何かが存在を希薄にさせようとしていた。

 ユリウスは急いで瓦礫を乗り越え、注意を払いながら掃除道具の柄の隙間を縫い、とうとう目的の物を見つけた。主が欲していた宝石だろう。半透明の石の中心から針の穴ほどの眩い輝きを放っていた。

 “生きた石”の輝きは失われつつあった。光らなくなれば次に見つけられるのがいつかは分からない。これはきっと幸運なのだ。ユリウスのではない。ウーロの幸運だ。彼女は主の人を食ったような笑みを思い浮かべながらハンカチ越しに石を掴んだ。

 ぱっと視界が完全に闇の中に落ちた。


 ――ギギ、ギィィィキン。家が悲鳴を上げているような音だった。

 ――ドゴンッ。ゴロゴロゴロ。ユリウスの足下に何かがコツンとぶつかる。

 ――ガタガタガタガタ!ガタガタガタガタ!床や壁、ありとあらゆる物が一斉に騒音をあげた。窓から真っ白い光が差し込み、ユリウスはあまりの眩さに目を瞑った。


 物が崩れ落ちる音がしてユリウスは咄嗟に丸くなった。そこで彼女の記憶は途切れた。

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