第40話
僕も再び叫びだし、声は四重になる。
そして次第に、それは五重に、六重に、七重に。
マコは何かをぶつぶつと呟きながらも結果、同じように叫びだし、声の和は八重となった。
きっと第三者の目から見れば、奇怪な光景だろう。
けれど、僕たちにはこうすることしかできないのだ。
生殺与奪の権利を他に預け、生を拾い上げてくれることを期待するしかないのだ。
「おーい、何やってんの?」
またしても、門の外から声が響いてくる。
最早、一連の流れのように、田所君が門へと走っていく。
しばらくして、田所君は一人の少女を連れて帰ってきた。傘も差さずずぶ濡れになったその少女は、筒井梢だった。
「家が近所でさ、何だか欄君の声に似た叫び声が聞こえた気がして、来てみたんだ。話は聞いたよ。蓮が危ないんでしょ?」
僕は叫ぶのを止め、彼女に向かって静かに頷く。その途端、彼女は表情を崩し、両手で顔を覆った。
涙声で、彼女は言う。
「ご、ごめんなさい。本当は私、蓮のこと憎んでた。お金持ちのお嬢様は、私たちのことなんて見下してるんだろうって。この前もそう。彼氏と別れたばっかりで、蓮の話聞かされて、なんであんな奴がこんなにも想われてるんだ、って……幽霊のくせに、って……本当、私最低だよ……」
雨が一層激しさを増し、彼女に向かい降り注ぐ。
「でも、一人になってから欄君の話を思い出してみて、私思ったんだ。蓮は欄君に出会うまでずっと辛かったんだろうなって……だからさ、これからは幸せにならなきゃだめだよ!」
彼女は俯けていた顔を上げ、僕に向ける。
その顔は先ほどの悲しい表情ではなく、力強く引き締まった顔つきだった。
まるで、表情から彼女の温かい想いが、溢れ出ているかのようだ。
僕は、静かに頷く。彼女はそれに対して、笑顔で応える。
彼女は、豪雨を降り落としてくる空を見上げた。
それは以前とは全く違い、悲しさなどまるでなく、温かい印象を与えられる。
「れーーん! 私、あんたのことなんて大嫌いだったよ! だけど、幸せになる前に死ぬなんて、そんなのだめだよ! 死んだら、欄君もらっちゃうからぁ――!」
筒井梢の叫び声が、場に響く。
雨の冷たさなど、微塵も感じない。温かい、むしろ熱いくらいだ。
各々の温かい想いが皆に伝播し、増幅していく。
熱い想いが場に充満していく。
「おらあ! ケサランパサランだかなんだか知らねえが、こいつがこんなにも彼女のことを想ってんだ。こいつの望みを、叶えやがれ!」
藤原は、拳を振り上げ吠えた。
残念ながら、それは無意味ともいえる。何度も言うように、ケサランパサランが望みを叶えることのできる相手は決まっているのだ。いくら僕が望もうが、誰が脅そうが関係ない。
なら、僕は何故叫び続ける?
自問自答。
けれど、答えは返ってこない。
自ら問いかけ、そこで終わる。
答えがあるなら、誰か教えてくれと懇願せずにいられない。
何が正解で、何が間違いなのか、事ここに至っては、それを考察する事自体が面倒だ。
何かをしていなければ、自分を保てない。地に足をつけて立っていられない。
「どうか、どうか助けてあげて下さい! 彼女は死ぬにはまだ早すぎる」
各々が、自分の言葉で叫び始める。
僕の言葉を復唱する、一種の合唱のような叫びが、個々の思いを反映させた協奏曲へと変貌していく。
「さあ、欄君。ここは一発はっきりと望みを言った方がいいでござるよ。欄君の想いを乗せて、叫ぶでござる!」
僕の……想い。
僕が彼女に抱いている想い。
それはきっと、ケサランパサランが人間には抱いてはいけない感情なのだろう。
古来より、ケサランパサランにとって人間は幸福を与えるだけの存在だった。それ以上でも以下でもなかったのだ。
なのに、僕はその理から外れようとしている。
最早、ケサランパサランという種の最後の存在となってしまっているだろう僕が、なんとも愚かしいことをしたものだと、自分で自分を責めたくなる。
けれど、責めたところで何も変わらない。現状も、そして僕の想いも。
ふと、僕は田所君の祖母の話を思い出す。
そして、気付く。
ケサランパサランという種がどうなったのか、そして僕よりも前の世代のケサランパサランがいまだ存在していることに気付く。
そうか。そうだったのか。ケサランパサランは絶滅などしていなかった。ただ、想い、そして寄り添っただけなのだ。
僕は、微笑を零し高らかに天に向け叫んだ。
僕の想いを、僕の願いを、僕の望みを。
僕の全てを綯い交ぜにして、一つに凝縮し放出する。
「僕は――蓮が好きだ! この世の中で、誰よりも、何よりも、蓮のことが大好きだ! お願いだ、僕の大切な人をどうか、助けてくれ!」
天に僕の声が響き、先程までの豪雨が止み、雲がはれ、朗らかな光を放つ月が姿を現した。
月光が庭園に降り注ぎ、僕たちは光に包まれる。
温かい。
自然と顔が綻び、笑顔になる。
光の中に、皆の想いが溢れ出る。
僕はその想い一つ一つを拾い集め、そしてそれを叫びに乗せて天に向け放つ。
どこまでも届き、いつまでも消え去ることのないように、何度も何度も叫ぶ。
僕は。
僕は。
木原蓮を――心から愛している。
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