第29話

 人ごみを抜け、たどり着いた屋台は、【わたがし】と書かれた旗が飾ってある屋台だった。


「祭りといえば、わたがしでしょ!」

 

 僕には祭りの定番などさっぱり分からないけれど、周りを見る限り蓮の言うことは正しいようなので、彼女の言葉に従いわたがしを購入することにした。

 

 お金を屋台の人に支払い、しばらくして僕たちの手に白い綿のようなものがついた割り箸が渡された。僕はその綿の塊を、じっと見つめる。


「どうしたの?」


「いや、見たり聞いたりはしたことあるんだけど、実際にわたがしを食べたことが無くて……どうやって食べるんだ?」


「そのままかじればいいよ。あれ? かじる? いや、かぶりつく? なめる? まあ、とにかく綿をそのまま食べればいいんだよ」


「綿を……」


 確かに皆、そのままこの白い綿のようなものを口の中に入れているようだけれど、初めて食べる者にとっては少々勇気のいる食べ物だ。


 ゆらゆらと風に揺れる繊維を見ていると、本物の綿に見えてくる。


 しかし、ただじっと見つめていては埒が明かない。僕は、恐る恐るわたがしを口の中に運んだ。


「――!?」

 

 先程まで綿の形を成していた白い物体が、口の中で瞬時に溶け、甘さを口いっぱいに広げさせた。


 口の中に運び入れるたび綿の形は消えうせ、甘く溶けていく。

 

 僕は無我夢中で、次から次へと綿を口の中に運び込む。甘みが身体全体を包み、まるで綿に覆われているかのような心地よさを感じさせる。


「うまいな」


「――でしょ?」


 何故か蓮は、得意げな顔を見せてくる。わたがしの味と蓮には何の関係性もないはずなのに、その意味不明な自信は一体なんだろう。


「そういえば、わたがしってケサランパサランに似てるよね」


「――どこが?」

 

 馬鹿にされたような気がして、つい語気強く言い放ってしまった。


 機嫌を損ねないか心配だったが、どうやらそれほど気にはしていない様子だ。蓮は、指でくるくると割り箸を回し、割り箸の回転に従い同じように回転するわたがしを眺めている。


「ケサランパサランって、白い綿のようなイメージじゃない?」


「イメージだろ? 実物はそうじゃない、って知ってるじゃないか。現に目の前にいるんだし」


「変身してるんじゃないの?」


「そんな器用な真似は、出来ないよ。もともと人間に似た姿なんだ。生まれ変わる度に、容姿は変わるけどね」


「そっか。なら、なんで白い綿のような生物ってイメージができたんだろうね」


「なんでだろうな」


 素っ気なく答えを返し、僕も蓮の手によりくるくると回されるわたがしを見つめていた。


 もしかしたら、昔のケサランパサランが自分たちの存在を隠す為に、白い綿のような生物のイメージを人間たちに持たせたのではないだろうか、などと根拠の欠片もない推測が頭の中に浮んでいた。


 わたがしの屋台を後にし、僕たちは二人で他の屋台を訪れた。


 射撃の屋台では身を乗り出すほどに銃を構えていたにも関わらず、蓮は一度も景品に命中させることができず、若干涙目になっていた。僕がいとも簡単に次々と景品に弾を命中させていくと、蓮は当たらない景品の代わりに僕に向けて弾を発砲してきた。


 彼女は僕に弾が当たったのを見て、「ゲットー」と言いながらはしゃいでいた。


 僕は彼女の頭を軽く小突き、取れすぎた景品の所有権を放棄して、次の屋台へと向かった。


 リンゴ飴という、不思議な食べ物を置いてある屋台に目を引かれた。わたがしといいこのリンゴ飴といい、祭りでは不思議な食べ物が多くあるものだ。


 僕は、屋台の人にリンゴ飴を二つ注文する。


 品書きにはリンゴ飴の横にぶどう飴というものも書いてあったが、どちらかというとリンゴ飴の方が興味があるのでそちらにした。


 真っ赤なリンゴを真っ赤な飴で包んだ食べ物が、僕たちの手に渡される。

 

 舐めてみた。

 

 リンゴの爽やかな香りを纏った飴の甘さが口の中に広がり、心地よい香りが鼻を抜けていく。飴単体では、到底出すことのできない風味だ。

 

 続いて、軽くかじってみる。


 まだ、リンゴには届かない。がりがりと飴を噛み砕き、そしてまたかじりつく。リンゴに到達する。


「――!?」

 

 芳醇な果実の甘酸っぱい果汁が口の中に満たされ、飴の甘さと交わり見事なハーモニーを作り上げている。


 飴が砕けるがりがりという音と、リンゴを噛むしゃりしゃりという音も実に耳に心地よい。わたがしよりもこちらの方が祭りの定番であるべきでは、と思わされるほどだ。


「おいしい?」


「ああ、祭りの食べ物はすごいな。おいしいものしかない」


「あはは。確かに、普通のたこ焼きとかでも何故かおいしいもんね」


「たこ焼き?」


「あれ? 知らない?」


「いや、名前と形は知ってるけど……」


「行く?」


「行く!」


 僕たちはリンゴ飴を食べ終え、たこ焼きの屋台を探し始めた。人ごみをかきわけ進んでいく。


 気付けば、嫌悪するほどに人ごみを嫌っていた僕は、何も感じることなく祭りの空間の中に溶け込んでいた。

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