第30話

 たこ焼きの屋台にたどり着いた。


 これまでと同じく、屋台の人にたこ焼きを注文する。僕と蓮の分の二つを注文しようとすると、横から「一つでいいよ」と蓮の声が飛んできた。


 僕は怪訝な顔を向ける。


 蓮はそんな僕の表情に反して、照れくさそうな笑顔を見せる。


「一緒に食べればいいでしょ?」


 確かにリンゴ飴はボリュームもあったし、六個入りのたこ焼きを一人一箱は多すぎるかもしれない。僕は連の言葉に従って、たこ焼きを一箱だけ注文した。

 

 神社の外れ、少し山の方に行ったところにベンチがある。


 僕たちはそこで休憩しながら、たこ焼きを食べることにした。道中、金魚すくいと書かれた暖簾をかけている露店が目に付いた。


「金魚を救う?」


「違うよ、金魚を掬うの」


「掬って、どうするんだ?」


「さあ? 飼うんじゃないの?」


「どうして?」


「知らないよ」


 何にでも無邪気な好奇心を放つ蓮にしては珍しく、素っ気無い返答だった。


「金魚だって、生きてるのにね」


 田所君の言っていた人間性の違い。そのためか、金魚すくいに興じて笑顔を見せる人間たち、それを眺め悲しい表情を見せる蓮。


 まるで、別世界の住人のようだった。


「あ、輪投げ!」


「おい、そんなの寄ってたらたこ焼きが冷えちゃうだろ」


「一回だけ!」


「――ったく」


 輪投げ屋に駆け寄る蓮の後を、たこ焼きの入ったビニールがなるべく揺れないようにしながら僕もついていく。


 店の人に百円玉を渡す蓮。チャンスは二回だそうだ。

 

 一投目。

 見事に外れる。


 二投目。

 景品の列に届きすらしない。百円玉を追加で支払う。


 一投目。

 何故か僕の頭の上に乗る。蓮は自分でやっておきながら、僕の姿を見て大爆笑している。

 

 二投目。投者は僕だ。蓮の手から輪を分捕り適当に放り投げた。無造作に宙を舞う輪は、露店内の壁にぶつかり何度も反射し、そして一番巨大なぬいぐるみの頭の上に乗っかった。


 景品の列とは違う場所に置かれているところを見ると、客の目を引くために置かれているぬいぐみなのだろう。そもそも輪が通らない時点で景品として成立してはいない。


 屋台の人は「持っていけ」としきりに言っていたけれど、僕の横で蓮が「あたしがもらってもいい?」としきりに言っていたけれど、僕は全部無視して、またしても所有権を放棄した。


 もらったところで、どうやって持って帰れというのだ。

 

 輪投げ屋を後にして、僕たちは再び神社の外れのベンチに向かう。


 蓮が僕の背中を定期的に小突いてくる。先程のぬいぐるみをくれなかったことへの、制裁だそうだ。まったく痛くはないが。

 

 僕は振り向き、小突いてくる蓮の両手を押さえた。


 蓮は「ぬお!」という変な声を漏らし、僕の押さえる手を払いのけようと必死にもがく。


 隙を見て手を離し、たこ焼きの入ったビニールを持っていない手で蓮の頭を小突いた。「痛い」と小さく声が発せられる。


 蓮の頭を小突き終わると、すぐさま元の体勢に戻る。また、蓮がもがく。そして、また僕が蓮の頭を小突く。意味のないループ。けれど――。


「どうした蓮? 全然力が入ってないじゃないか」


「ふんぬー。ここからだよ! こんなもの、払いのけて百倍にして返してあげるからね」


「――あはは」


――けれど。


 なぜだろう。


 こんな無意味で生産性も何もないループ。それが無限に続けばいいと思ってしまうのは。


 蓮とのくだらないやり取りが、いつまでも終わりを迎えなければいいと思ってしまのは。なぜだろう。


 僕が笑う。

 すると、彼女も笑う。


 彼女が笑う。

 すると、僕も笑う。


 一つの空間。


 そこはまるで、僕たちが創りだした僕たちだけの空間のように感じた。


 一匹のケサランパサランと、一人の人間が創りだした空間。そこには、何の違いも見出せない。

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