第28話

「けど、あたしがさっき言った最後の望みは聞いてね」


「分かった。何をすればいい」


 蓮は、ぱっと顔を上げた。その顔は、いつもと同じ明るい表情で満ちていた。


「お祭り! 今夜、山の麓の神社で、お祭りがあるんだ。一緒に行こう」

 

 山の麓の神社。


 そういえば、僕の家がある山の麓が賑わっていた気がするが、祭りの準備だったのか。


「いいよ。何時から?」


「十九時!」


 学生鞄の中に入れていた腕時計を取り出し、時刻を確認する。現在の時刻は、十三時三十分。


「まだ結構時間があるね。どうする?」


 蓮は首を傾げながら、うーん、とわざとらしく声を漏らす。そして、あらかじめ決めてあったかのように、大声で提案した。


「私と遊べ!」


「遊べって、何をするんだ?」


 またも、うーん、と声を漏らす。今度は本当に悩んでいるようだ。


「お話しよう!」


「――話?」


 蓮にしてはおさえめな提案だな、と思った。彼女のことだから、いつものようにどこかに出かけてはしゃぎでもするのだろうと思っていたけれど、なるほど、昼に力を温存しておいて今夜の祭りではしゃぐ算段といったところか。


 僕は蓮の提案を承諾し、二人して庭園の中に座り込む。


 二人して、地にそのまま座った。地面の冷たさを感じる。

 

 一陣の風が吹く。心安らぐ花の香り、涼しさを感じる地面、心地よさが僕を包んでいく。


 ふと目を横に向ける。そこには一人の少女がいる。もうすぐ、二度と出会わなくなる少女。僕は、心地よさに包まれていく。 

 

 時が経ち、時刻は十八時の五分前となった。もうすでに五時間近くも経過していたことに、驚いた。


「丁度いい具合だね。このまま歩いて神社に向かおうか」


「お、やる気満々だね! 了解しました。ちょっと用意してくるから、待ってて!」


 蓮は元気よく走り出し、屋敷へと向かう。急に激しい運動をした為か、途中で何度か咳き込んでいた。


 そんな彼女の姿を、僕は晴れやかな気持ちで見ていた。


 六日間のもやもやが、雲散霧消したような気分だった。「浴衣は持ってないから期待しても無駄だよ」という蓮の叫びが、若干僕の晴れやかさをかき乱したけれど、これと言って気にすることでもない。

 

 もうすぐ終わる。


 今夜、共に祭りの一時を過ごし、それが終われば、僕と蓮の関係も終止符を迎える。

 

 蓮は言ったのだ。最後の望みを叶えれば、心の望みを言うと。

 

 今夜が終われば、彼女の心からの望みを聞いて彼女に幸福をもたらす。それで、今回の四度目のサイクルは終わる。


 今までと比べるとかなり難易度の高いものだったけれど、そのためか達成感がこれまでの比ではない。

 

 僕はふーっと、息を吐きながら太陽が沈みかけた空を見上げる。僕と蓮は明日、早ければ今夜祭りが終わった後に別れを迎える。


 もう二度と、蓮に会うこともないだろう。


 せいせいするとはまさにこのことだ。


――なのに。


 今すぐ大声で笑ってしまいたいほどの心境であるはずなのに。

 

 何故だろう。

 

 僕の作り出した笑声と笑顔は。


 まるで。


 作りもののように、ぎこちなかった。


 「うわー、人がたくさんだねー」


 山の麓にある神社は決して大きくなく、むしろ小さい部類なのだけれど、それでもそこには数多くの人間が集まっていた。


 祭り自体も小規模であるのに、やはり人間というのは騒ぐことが好きな性質を持っているらしい。それに比べると、ケサランパサランはどちらかというと静寂を好む傾向にある。


 静かな場所でゆったりと、心の平穏を感じるのが好きなのだ。それをふまえ、つまりは祭りというのは僕の性には合わないようだった。


 正直なところ、今すぐ帰りたい。

 

 蓮はそんな僕を意に介することもなく、人ごみの中に入っていく。仕方なく、その後を追いかける。

 

 蓮に追いついて、動きを止めようと咄嗟に彼女の手を取った。


 僕の右手と、蓮の左手がしっかりと握り合うような形だ。僕の思いが通じたのか、蓮はその場で足を止める。


 横に並ぶ僕にゆっくりと向けるその顔は、やけににやついていた。


「んふふー、欄君は中々に大胆だねー」


「何の話だ?」


「惚けちゃって! いいよ、手、繋いだまま行こう」


 にやついていたかと思うと、今度は嬉しそうな顔をする。


 手を繋ぐことに何か意味があったのか理解に苦しむが、機嫌はいいようなのでこのままにしておくことにしよう。機嫌を損ねて望みを言われなくなっても、困りものだ。

 

 僕たちは手を繋いだまま横に並び、神社の中を歩いていく。


 小さな神社なので端から端が見えるのだが、今は人ごみと屋台のおかげで全く見えない。


 八方がふさがれたような形の中に身をおくと、まるで巨大な空間の中の一部に迷い込んだような錯覚を覚える。


 蓮が一つの屋台に指を指した。どうやら寄りたいらしい。


 僕が了承の頷きを見せると、即座に動きだし、僕の手を引っ張りながら人ごみを駆けて行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る