第25話

「ありがとう! 助かったよ!」


 不良たちに絡まれていた少女は、こちらに歩み寄ってきて頭を下げてきた。


 亜麻色の長い髪が前面に勢いよく垂れ、少しばかりホラーな感じがした。


「私は、筒井つついこずえ。高二だよ」


「小生は、田所。田んぼの田に、所沢の所でござる。同じ高二でござるよ」


「ふーん」


「下の名前も、聞きたいでござるか?」


「いや、別にいい」


「左様でござるか……」

 

 田所君は、分かりやすいように肩を落とした。


 彼女は彼の下の名前に興味が無さそうだったけれど、正直なところ、僕は少々気になる。


 彼は、どんな時でもどんな場合でも自らを名乗る場合、全て『田所』で留めるのだ。その先はまるで禁忌であるかのように、触れようとしない。まあ、誰も聞いてくれない、というのが正しいのだろうけれど。


 この場に便乗して聞きだしてみようとも思ったが、僕が発するよりも早く筒井梢は次の言葉を放っていた。


「――で、そっちの白い髪のイケメン君の名前は?」


「――え?」


「君のことでござるよ」


 二枚のレンズの奥から、冷気を伴った視線が飛んでくる。


「えっと、気差けさらん


「ふんふん、それで?」


「それでって、何が?」


「彼女はいるの?」


「いや、いないけど……」


「――本当!?」

 

 筒井梢の表情が、一層晴れやかになった。

 

 言外の意味も分からず、彼女の表情の変化の意味も分からず、戸惑う意外に何もできない。現状に当惑している僕に、不意に彼女の名前が飛び込んでくる。


「蓮ちゃんに怒られても、知らないでござるよ」


「なんで蓮が出てくるんだ? それに、人助けしたのに怒られるのか?」


 はあ、と嘆息の音が響く。


 蓮が怒らないように人助けをしたのに、結果怒ってしまうとは一体どういうことだろうか。

 

 悶々としていると、またしても彼女の名が場に飛び込んできた。


 意外にも、今度は田所君の口からではなく、筒井梢の口からだった。


「蓮って、もしかして、木原蓮のこと?」


「知ってるでござるか?」


「うん、同じ小学校だったんだよ」


「そうだったのか」


「ねえ、よかったら近くのファミレスで彼女の話を聞かせてよ。おごるからさ」


「いいでござるよ」


 僕が返事を返す前に、田所君が意気揚々と返事を返していた。勝手に決めるな、と言いたいところではあったけれど、時は既に遅く、二人はゲームセンターの出入り口へと向かっていた。

 

 僕はため息をついて、後についていく。


 また面倒な事が増えたな、と思うと同時にふと思い出した。この近くのファミレスといえば一つしかない。

 

 そう、蓮と行ったあのファミレスだ。


  僕達はファミレスに着き、ドリンクバーで喉を潤しながら蓮について話をした。


 筒井梢の話によれば、蓮は小学校時代、体育の時間に突然倒れ、病院に運び込まれたそうだ。


 その結果、彼女の身体を病魔が襲っていることが発覚し、それ以来、通院しながらの小学校生活となった。体調が悪いときもあって、学校を休むこともしばしばあったらしい。

 

 しかし、通院しながらの小学校生活が半年ほど経つと、蓮は一切学校に来なくなった。 


 体調が思わしくない、という訳ではないようで、詳しい事情は分からない、と筒井梢は言った。

 


 本人からの情報とは違っている部分もあったけれど、結果としては同じなのだろう。

 

 蓮自身が言っていた。


 気付けば一人になっていた、と。


 きっと蓮は、学校に来なくなったその時から屋敷に一人で暮らしていくようになったのだろう。それがどういう経緯で不登校に繋がるのかは僕には分からないけれど、きっかけとしては十分にあり得るような気がする。


「もう夕方かあ。何か食べる? 遠慮しなくてもいいよ。全部私のおごりだから。助けてくれたお礼」

 

 そういえば、それなりにお腹も空いてきた。


 僕は横目で、隣に座っている田所君を見る。彼は、言われたとおり何の遠慮もなく楽しそうにメニューブックを眺めていた。


 僕もメニューブックを手にとり、中身を見る。せっかくの申し出だし、田所君に習って僕も遠慮なく注文させてもらうとしよう。


「小生は、ミートスパゲティ!」


「僕は、サンドウィ――」


 発していた言葉を途中で中断し、目に入ったそれを見つめる。


「どうしたの?」


「えっと、いや……」


 食べたいわけではない。けれど、メニューブックの中のそれを無視することは、どうしてもできなかった。


「僕は、ステーキ&バーグの和食セット、ご飯大盛りで」

 

 しばらくして、僕たちの目の前に注文した料理が運び込まれてくる。以前と同じ、湯気が沸き立つ鉄板が僕の目の前に置かれる。

 

 圧倒的なボリュームに、二人は声を揃えて驚きの声をあげる。

「すごいね、そんなにお腹空いてたの?」


「そうでもない」


「じゃあ、なんで?」


「蓮が、男なら肉を食えって……」


 二人は何故か、にやつく。


「へー、そっかそっか。確かに欄君細身だしね。二人の思い出の味ってやつかな?」


「思い出っていうか、ただ蓮が――」


「はいはい、分かった分かった。蓮、蓮、蓮、蓮。本当に蓮のことが大好きなんだね、欄君は」


「――え?」


 蓮の事が、好き? どういうことだ?


「もしかして、自覚ないの?」


 筒井梢は、田所君に目を向ける。呼応して、田所君も筒井梢に目を向ける。


「面倒臭いでござろう?」


 面倒臭いのはお前たちだ、と怒鳴りたい気持ちが奥底に沈みこみ、代わりに僕はまたも悶々としていた。

 

 僕が、蓮を好き? 好きってなんだ? 訳が分からない。

 

 悶々としながらも、僕は目の前を料理を食べきった。田所君もミートスパゲティを既に食べ終え、優雅にコーヒーを啜っている。

 

 筒井梢の先導の元、ファミレスをあとにして僕たちは外に出た。


 空はすっかり暗くなっていた。

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