第22話
木原蓮が普通の人間ではないということは、一体どういうことなのだろう。
まさか、僕のように人間ではないというわけではないだろうし、しかし、そうなるとますます分からない。
彼女は何故、普通ではなくなったのだろう。
僕は、海の日に感じた彼女の鼓動を思い出す。
暖かく、自分の存在を主張するかのような命の鼓動。
更に思い出す。僕が海に飛び込み、溺れた彼女を助けに行ったことを。
もしかしたら蓮は、僕に自分と同じ人間性を見出していたのかもしれない、同じ、人間を助けに行く性質だとそう感じたのかもしれない。
だからこそ、僕に怒った。
少年を助けに行かなかった僕に、怒ったのだ。
帰宅途中、あの横断歩道で足を止め、僕は思う。
だとしたら、これから人間を助けるように行動すればよいのではないだろうか。人間を助けに行かないことで彼女の機嫌を損ねるのならば、それの逆をすれば問題はないはずだ。
このままでは僕の役割が果たせず、生きる意味を失くしてしまう。
蓮は生きる意味など最初からないように言っていたけれど、僕にとってはあるのだ。
信号が、赤から青に変わる。僕は一歩を踏み出す。
ここから先、僕は人間を助けていく。そうする事で彼女との関係性を……。
横断歩道を渡りきり、歩道にたどり着いたところで僕は足を止めた。
関係性? 僕は何を考えている? 違う、そんなものはどうでもいい。僕の目的は、そこにはない。
いつから見失っていた? いつから見誤っていた? 何故、こんな簡単な事に、ずっと悩んでいたのだろうか。
木原蓮との関係を続ける必要など、まるでないではないか。
そうだ。
彼女の望みを聞きだしそれを叶えてやれば、全て終わりになる。
それだけのことなのだ。
それが――全てなのだ。
翌日。
土曜日の昼である。
学校は休校でありながら、またしても田所君のご登場だ。
「いやー、それにしても、こうして休日を欄君と過ごすことになろうとは、中々貴重な体験でござるな」
昨日、あの横断歩道を渡りきった辺りで田所君と出くわした。僕の後を追いかけて来たらしい。
なんでも、僕の寂しげな表情が気になったとかで、遊びに行って元気を取り戻そうということだった。
正直なところ。ひどく面倒であるように感じはしたけれど、蓮の屋敷に行けない現状を改善する為には、もう少し田所君の意見を聞いてみてもよいような気がしたので、承諾することにした。
「で、どこに行くんだ? 悪いけど、僕そんなにお金持ってないよ」
思えば、海に行ったあの日をきっかけに、色々と厄介なことになっている。
海にさえ行かなければ、と恨めしく思うと同時に蓮の水着姿が頭の中に浮んできて、何ともいえない気持ちになった。横目で田所君を見る。今なら、彼と女性の水着談義をできるような気がした。
僕は黙って、田所君の後をついて行く。
土曜日だからか、街中は平日よりも人で溢れている。
僕たちは、大勢の人間とすれ違った。けれど、僕にはどうしてもそれぞれの区別ができなかった。
表面に多少なりの違いはあれど、どれも同じように見えた。
僕は、視線を田所君に向ける。
不思議だった。
数え切れないほどの人間の中で、彼の存在だけははっきりと区別できている。
「着いたでござるよ」
そう言って田所君は立ち止まり、僕も同様にして足を止める。彼の指が指し示す方角に、視線を移した。
「ゲーム、センター?」
「知らないでござるか?」
「いや、そういうわけじゃないけど」
知ってはいるけれど、名前を知っている程度だ。実際に訪れたことは、ない。
自動ドアの向こう側は複数の光が放たれていて、妙な眩しさがある。
田所君の後について、ゲームセンターの中へと入っていく。
妙な眩しさは四方八方に散らばっていて、目が眩みそうになった。よくよく見てみれば、光を放っているのは仰々しい機械たちだった。
ゲームセンターに来る人間は若い世代だけだろうと勝手に思っていたのだけれど、そうでもないらしく、それなりに年を重ねた人間の姿も多くある。
手の中のカップにコインを入れ、そのコインを機械に投入している。田所君曰く、コインを使ってゲームをして、コインを稼いでいく、簡易的で健全的な賭けごとのようなものらしい。
賭けごとに健全も何もないだろうという気もするけれど。
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