第20話
帰路の途中、僕はあの横断歩道で足を止めた。
信号が赤から青へ、青から赤へと変わっていく。僕の横を幾人もの人間が通り過ぎ、目の前をいくつもの車が通っていく。
僕は叩かれた頬を、手で擦ってみる。痛みはとうに消えている。けれど、妙に気になる。
信号がまた、赤から青へと変わる。僕は足を動かし歩を進め、横断歩道を渡りきる。
渡りきったところでまた足を止め、左側の道に視線を移す。駅に着くやいなや、蓮は走るようにして先に帰って行ったことを思い出した。
この先の道に、彼女はいる。
僕はじっと、蓮の屋敷へと続く道を見続ける。
僕に向けて鳴らす自転車のベルの音が聞こえたが、それに対して反応を見せることは無い。
この道を進み、蓮のもとへ行って先程の真意について問いただそうか、と考える。けれど、不思議と足が竦み前に出ない。
胸の辺りが、もやもやする。
簡単なことのはずなのに、ただ蓮に話を聞くだけで事は済むはずなのに、その一歩が踏み出せない。蓮のもとへ向かうことを、身体が拒んでいるようだ。
僕はふーっと、大きく息を吐く。そして、意を決して一歩を踏み出した。
――けれど。
前に出たその右足は、右側へと続く道に向いていた。
海に行ったあの日から五日、僕は蓮の屋敷に行くことができなかった。
時間が無かったわけではない。持て余すほどに、僕の時間は十二分にあった。
けれど、それでも彼女のいる屋敷に行くことができなかったのだ。
学校からの帰宅途中、分岐点であるあの横断歩道で毎日足が止まった。信号が青で、前進することを推奨しているにも関わらず、僕は一時足を止めてその先に見える左へ続く道を凝視していた。
心と身体が反発している。
行こうとも思っていなかった頃は身体が勝手に行ってしまったのに、行こうと思うと身体がそちらへ向かわない。
僕の中で、何が起こっているのだろう。
雑音が賑わう街中を歩き、今日も僕はあの横断歩道に差し掛かる。
夏の日差しが肌を焼き、大量の汗を噴きださせる。
信号は青。
僕の横を、数人の人間たちが平然と過ぎ去っていく。僕の足は動かない。前方に見える左へ進む道、蓮の屋敷へ続く道を僕は凝視する。
まるでそこに、何かの幻影を見ているかのように。
信号は青から赤へ。
そして少刻の後、また青へ。僕は一歩を踏み出した。
視線の先は、蓮の屋敷へと続く左の道。僕の役割、生きる意味へと続く道。
一歩一歩。
着実に、そして慎重に、左の道へ向けて歩を進ませていく。
横断歩道を渡りきり、歩道にたどり着いた。僕はその先の道を、無表情で歩き続けていく。
――そして。
やがて建物の数は少なくなり、緑色に覆われた山が見えてきた。
あの山の中腹あたりに、僕の家がある。
僕は一度深くため息をついて、それから自分の家へと続く山道を登り始めた。
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