第17話

 ちらほらと、人間の姿が見える。


 父親の身体を、砂浜に埋めて遊ぶ幼女。若干頬を赤らめながら泳ぐ、高校生ぐらいの男女。ビキニタイプの水着を履いた、筋骨隆々な男たち。


 僕は砂浜に設置してある小さな小屋のような場所で、昨日購入した黒一色のサーフパンツに着替え、砂浜で立ち尽くしていた。


 田所君ならば、目を血走らせて水着姿の女性を探し回ることだろう。ある意味、健全な男子の姿だ。僕には、よく分からないが。


 なんとなく、その場にしゃがみ込み砂を掬いあげる。そして、ぱらぱらと落としていく。


 日の光を浴びてきらきらと輝く砂の流れを見ながら、どうしてこんなところにいるのだろうと、自問自答する。


 順を追って経緯を思い出す。けれど、思い出そうとしても頭の中に出てくるのは全て蓮の笑顔だった。


 僕は蓮の笑顔を頭の中から消すように、ぶんぶんと頭を振るう。既に手から落ちきった砂を再び掬い上げ、また自問自答を始める。


「おーい、欄君ー!」


 答えが出る前に、蓮の声が後ろから響いた。僕は手をひっくり返し、砂を一気に砂浜に落とし、ゆっくりと立ち上がる。


 そして、振り向く。


「――っ!?」


 電流のような何かが、僕の身体を駆け巡った。


 これは、幸福をもたらすべき相手と出会った時のものとは、若干違う。

 

 僕はまじまじと、水着姿になった蓮の姿を見る。チュアンピサマイのビキニ。所々に花が咲いたように生地が盛られ、可愛らしさを演出し、生気のない白い肌がまるでお姫様のようなか弱さを感じさせる。


 端的に言うと、守ってあげたくなる可愛らしいお姫様、と言った感じだ。

         

「ちょっ……欄君、見すぎだから」

 

 彼女は頬を赤らめながら、僕の目を両手でふさぐような仕種を見せる。


 実際に掌が触れているわけではないのに、顔に熱を感じる。蓮の姿を見れば見るほど、顔はどんどん熱くなる。


 不快ではなく、むしろ心地よく気分が高揚していく。何故か頭の中で、女子の水着姿について語る田所君の姿が思い出されていた。


「もう、早く海に入ろうよ。欄君はエッチだなあ」


「ち、違っ――」


 弁明する暇すら与えられることなく、僕は蓮に手を取られ、海に向かい引っ張られていった。四つの足跡が、軌跡となって砂浜に描かれていく。

 

 海に入るまでの短い距離の間で、蓮は数人の男に声をかけられた。


 言葉の種類は違えど、全員、一緒に遊ぼう、といったニュアンスの言葉を放っていた。つまり、ナンパというやつだろう。


 男連中の中には、僕を侮蔑するような言葉を発する者もいたが、然程気にはならなかった。逆に、何故か蓮が怒っていた。

 

 ナンパの波が去ったところで、蓮は僕に得意げにドヤ顔をして見せた。意図を理解しかねて、僕は首を傾げる。


 すると、それに呼応するように蓮の頬が膨らんだ。僕は海にちなんでふぐの物真似でもしているのかと思い尋ねてみたが、直後に砂をかけられた。


 行動が読めない、心裡が分からない。


 蓮の相手は本当に心底疲れると、改めて思い知らされた。


 再び僕の手は蓮に取られ、海の中へと強引に引っ張られていく。

 

 太陽に熱せられぬるくなった海水が、僕たちを包んでいった。


「思ったより冷たくないね。なんか、温水プールみたい」


「温暖化のせいだろうな」


「ああ、あれだよね。暖かくなるやつ。どうせなら、冬の時にしてくれたらいいのにね」


「蓮、温暖化って何か分かってる?」


「地球が怒って、暖かくなるんでしょ? 怖いよね」


 笑顔でそう語る君の方が怖い、とは言わないでおこう。


 地球とは比べ物にならないほどに、蓮は短期なのだ。またふてくされでもしたら、面倒でしょうがない。それに、連の解答もあながち的を外れていないような気もするし。


 海面が腰ぐらいの深さで僕たちは足を止め、泳いだり波の動きに身を任せたりして、自然を堪能した。


 ぬるくはあってもやはり自然が創りだした海水と、人工的に作り上げたプールの水とは何もかもが違う。


 まるで自然の中に同化しているかのような、そんな心地よさを感じる。

 

 僕が波に身を任せぷかぷかと浮んでいると、時折蓮が上に乗ってきて僕の身体は海の中に沈められた。


 お返しに僕は、海水が蓮に飛んでいくように掌で海面をはじく。


 蓮は両手で顔を覆って、しぶきをガードする。「やったな」と笑いながら言うと、僕と同様にして蓮も海面を掌で弾いた。


 なんでもない一時が、太陽の光に照らされ過ぎていく。

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