第15話

 ベルの音に反応し、女性店員が歩み寄ってくる。手持ちサイズの機械を開き、注文を尋ねられた。


「えっと、ステーキ&バーグの和食セットご飯大盛りと、サンドウィッチとコーンスープ。以上でお願いします」

 

 蓮は、店員にそう注文した。


 なんだかんだ言いながら、ちゃんと僕が欲したサンドウィッチを頼んでくれるんだな、とそう思ったけれど、やっぱり思い損で、蓮が食べるようだった。


 これが、嫌がらせ、というやつか。まあ、僕は何も……感じないが。

 

 やがて、僕たちが挟んでいるテーブルの上に注文した料理が運ばれる。僕の前にはお椀に山盛りにされたご飯、味噌汁、そして視界を眩ませるほどの湯気が立つステーキとハンバーグの乗った鉄板皿。


 蓮の前には、卵の入ったサンドウィッチとコーンスープ。


 僕たちは体の前で両手を合わしてから、食事を始める。


「皆、大変そうだね」

 サンドウィッチを頬張りながら、蓮が言った。


 視線は店内に向けられていて、どうやら他の客に関して言っているようだ。僕も誰かのせいで大変な目にあっているのだけれど、それは口にせず彼女に倣うようにして再び店内を見回した。


 窓際の席に、子供を二人連れた若い女性の姿が増えていた。


「そうだな。日曜の昼間でも、ゆっくりできないなんて」

 

 そう言いながら、自分の現在の状況も似たようなものだな、と苦笑する。


「でも、幸せそう」


「幸せ?」

 

 僕は、首を傾げる。


「うん。必死で頑張ってる中に、生きてるって感じがする」


「生きてる……」


「自分の存在っていうのが、そこにしっかり根付いているって感じかな。自分がそこにいて、その横に自分の存在を感じてくれている誰かがいる」


「どちらかというと、一人で来ている人の方が多いけど、それでも横に誰かがいるって言うのか?」

 

 蓮には本当に幽霊が見えているのかと、そう思ったがどうやら違っていたようだった。


 「いるよ。自分の存在を感じてくれている誰かがいるから、皆頑張れるんだよ。生きていけるんだよ」


「生きている意味、みたいな話?」


「そんな難しい話じゃないよ」


 蓮は、微笑する。


「意味なんて、別にいらない。ただ、生きてるってこと」


 彼女は、湯気の立つコーンスープをゆっくりと啜っている。


「生きている意味がいらないって、意味が無いのに生きられるか?」


「生きられるよ」


「――どうして?」


「意味は無くても、理由はあるから」


「生きる……理由?」


 蓮は、啜っていたコーンスープのカップをゆっくりとテーブルの上に戻し、僕の目を見つめる。互いの視線が交わり、混ざり合う。


「動物も虫も草も、皆幸せになるために生きてるんだよ」


 蓮はそう言うと、再びカップを手に取りコーンスープを啜り始めたが、僕はしばらくの間、彼女から目をそらすことができなかった。

 

 意味ではなく理由。


 それは近しいものであるはずなのに、全く別のもののように感じられた。

 

 ふと目を横にやると、忙しそうに機器を操作していた壮年の男性と目が合った。


 男性は恥ずかしそうに、すぐさま視線を目の前のノートパソコンへと移す。

 

 会話の内容が、気になったのだろうか。まあ、それもそうだろう。こんな昼間から、若い男女がするような会話ではなかったのだから。

 

 僕はもう一度、蓮との会話を思い出す。

 

 この世界には命があり、生きている。それは、幸せになるために生きている。

 

 僕もまた、その理の中にある。幸福をもたらす存在である僕もまた、幸福になる為に生きている。

 

――では。一体、僕という存在は何なのだろう。

 

 僕は視線を下に移し、生まれて初めて疑問を持った。


 これまで淡々と無感情のままにこなしてきた僕の役割、生きる意味。幸福をもたらし続ける――無限のサイクル。


 しかし。


 生きる者は皆、幸福になるために生きているのだとしたら。


 幸福とは一体、何であるのだろうか。

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