第14話
「無駄な時間のせいで、電車が過ぎちゃったじゃないか」
「次は、何時?」
「十一時。まだ、一時間もあるよ、まったく」
「あはは。まぁまぁ怒んないでよ。時間があるならご飯でも食べよう!」
蓮は、無邪気な笑顔を僕に向ける。僕は、蓮の顔とは反対に顔を向ける。
「ふーん、そっかそっか。欄君はあたしのこと、嫌いになっちゃったんだ。せっかく無駄な時間を使っちゃったお詫びに、お昼ご飯をおごってあげようと思ったのになあ」
はっとした。
僕は、ポケットの中の財布に手を伸ばす。手で財布を握り、そのままポケットの中で握りしめる。
昨日の思わぬ出費。水着だけではない、つい暑さのあまり買ってしまった『ひんやりクールシャツ』という名の普通のシャツ。
衣類コーナーの入り口に大仰に飾ってあったせいで目を惹かれ買ってしまったわけだけれど、冷静になって考えてみれば、まんまと店の策略にはまってしまっていた。
僕が口座に預けている残高は、これまでの生の中で稼いできた分のお金だ。現在、高校生として溶け込んでいるように、以前は社会人として生活していた。
つまりそう。現在高校生の僕には、収入源がないのである。だから無駄遣いなど、ありえない。だというのに――。
只今の残金は、電車の往復賃程度。
僕は、ポケットの中で財布を握り締めたまま、蓮の無邪気な笑顔に顔を向ける。
「ご、ごめんなさい。ありがたく、ご馳走になります」
蓮は「宜しい」と言いながら、ぽんぽんと、軽く僕の頭を叩く。
払いのけてやろうかとも思ったけれど、彼女の機嫌を損ねてしまったら空腹のまま海に行かなければならないので、黙って彼女にされるがままになっておいた。
心地よい花の香りが、今だけは妙に鼻についた。
街中にあるファミリーレストラン。
僕たちは、そこで食事をとることにした。十時過ぎの店内には、数人の客しか見えない。
街中とはいえ、中途半端な時間でもあるし、客数が少ないのは仕方ないだろう。むしろ、閑散としていて僕好みだ。
僕たちは、店員の誘導に従い禁煙席へと導かれた。
一番右置くの席には、ビジネススーツを着用した壮年の男性がパソコンとアイフォンを机に並べ、何やら急がしそうにしている。
真ん中に近い席には、小説を片手に持ちそれを読みながら、時折机に広げたノートに何かを書いている若い女性の姿がある。ノートの一面には、文字の羅列が見えた。どうやら、小説内の一部をリストアップしながらノートに書き写しているようだ。なんのためにそんなことをしているのか知る由も無いが、表情は真剣そのものだった。
僕たちは、一番左奥の席へと案内された。
蓮は我先にと、奥側の長椅子に飛び込む。こちらの椅子の方がふかふかしていて、好きなのだそうだ。僕は向かい側の、木でできた椅子に腰をおろす。
「さーて、何食べようかな」
蓮はメニューブックを取り、楽しそうにそれを開く。
「僕は、サンドウィッチとサラダで」
「何それ? 男なら普通お肉でしょ?」
「男関係ないだろ、それ」
「ケサランパサランって、お肉食べれないの?」
「そんなことはないけど」
「なら、お肉にしなよ」
理解不能な蓮の肉推しが、僕を襲った。肉が嫌いというわけではないけれど、昼前からそんな重たいものは食べたくない。
それに、今から海に行くというのだから、それなりの運動量は予想される。胃に肉を押し込めた状態で海の中を泳ぐとなると、さすがに陸上に特化した生物なだけあっていささか苦しい。
けれど、当然のように蓮が僕の思いを汲んでくれるわけもなく、彼女の容赦のない肉推しは継続された。
「お肉で――いいよね?」
蓮は自分の財布を鞄から取り出し、僕の視界の中にちらつかせる。
僕が肉を食べることで彼女が得られるメリットなど何もないはずなのに、彼女は肉を食べさせたくて仕方がないようだ。
悲しいが、現状の僕は彼女の意思に逆らう権限を持ち得ていない。
僕はゆっくりと首を縦に振った。
それと同時に、蓮は店員を呼ぶためのベルを鳴らした。
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