第10話
五日目。火曜日。
ルーチンワークのように、学校から屋敷への一連の流れをこなす。適当に蓮の相手をして、帰路に着く。
六日目。水曜日。昨日と同様。
無駄な会話を交わして、時を過ごす。
「ねえ、欄君」
「何?」
「あの雲、ラーメンみたいだね」
「いや、それはないだろ。どんな目してるんだよ」
ラーメンみたいな雲って、そんなの想像もできない。
「欄君って、好きな食べ物あるの?」
話が唐突に飛ぶ。いつもこうだ。
花の話をしていたかと思うと、急に星について語りだす。そして、星についての知識などまるでないものだから、オリオン座になってみたいなどと意味不明なことを言い出してしまうのだ。
「僕は、サンドウィッチが好きかな」
「へー、白いから?」
「どういうことだ?」
「欄君も白いじゃん、髪」
髪が白いからサンドウィッチが好きって、どういう理屈なのだろうか。
そもそもサンドウィッチが白いのはパンの部分だけであって、具材はまったく白くない。
「あたしはね、ぶどうが好き」
「髪が黒いから?」
「そう! よく分かったね。さすが!」
僕はため息をつく。ぶどうも黒色に近いのは皮の部分だけであって、身の部分は全然黒くない。
最早、突っ込む気も失せて、僕はぼんやりと空を見上げた。
幾つもの雲が風に乗って、流れていく。
「――あ」
その中には、ラーメンの形をした雲があった。
七日目。木曜日。
蓮から、自分の境遇と病気について話をされた。
蓮は現在、あの屋敷に一人で住んでいる。
とある名家に生まれた蓮は、小さい頃は両親と共に屋敷で暮らしていたらしい。けれどある時、蓮は吐血し倒れた。小学生の頃だ。
病院に運ばれた蓮は、医師の治療のかいあって一命を取り留めたが、それによって彼女が病に冒されていることが明らかとなった。
そして、そこから蓮の人生は変貌を遂げたのだ。
蓮は、屋敷と共に捨てられた。
一人娘を自分たちの跡取りと考えていた両親は、娘が不治の病であることを知るとすぐさま養子をとった。いつ死ぬか分からないような者に、自分たちの全てを託すわけにはいかなかったのだろう。
これまで連に注がれていた愛情は、あますところなく蓮からその養子へと流れた。
心地よかった屋敷は、一瞬にして地獄へと堕ちた。
食事では、家族が囲むテーブルを使う事を禁止され、自分の部屋で一人食べるようになった。
通院するための費用は両親が支払ってくれてはいたが、それだけで、付き添ったりだとか身体の心配だとかは一切されることはなかった。少女は何時も一人でお金を握り締め、病院へと歩いて行っていた。
養子がやって来てから蓮は、屋敷の庭園で毎日を過ごすようになった。
毎日毎日、かつて自分のいた場所から聞こえる複数の楽しそうな笑声を耳にしながら、彼女は一人で庭園の花と戯れていた。
太陽が沈み、月が顔を出してもずっとそこにいた。いつまでも、いつまでも。
そうしているうちに気付けば、屋敷内には誰もいなくなっていた。庭園の中、花に囲まれながら立ち尽くし、彼女は思ったそうだ。
ああ、自分は捨てられたのだ――と。
僕は、話を聞き終えて思う。
だから、どうした。
多くを語ってくれた蓮には悪いが、僕にとってはどうでもいいことである。同情でもしてもらいたいのならば、他をあたるべきだ。
僕は、蓮の望みを叶え、幸福をもたらす、ただそれだけ。それ以外に、蓮と僕が関わる必要性は、まるでない。
「今日も、女の子のところに行くのでござるか?」
「――まあ、一応」
昼休み、教室の席で一人パンをかじる僕のもとへ田所君がやって来た。蓮の話をする時、田所君はいつも羨ましそうな視線を向ける。
「毎日毎日、楽しそうでござるな」
「別に……」
「もう、付き合ってしまえばよいのに」
「そういうのじゃない」
蓮への好意など、まるでない。彼女に会いに行くのはいわば、業務のようなものなのだ。給与の発生しない仕事だ。
「はあーあ。小生にも、運命的な出会いはないでござるかなあ」
田所君は、深くため息をついてゆっくりと自分の席へと戻っていく。田所君が着席するのと同時に、五時限目開始のチャイムが鳴る。
僕は、蓮の事を思い出しながらルーチンワークのように教科書を開き、その横にノートを置いた。
放課後。
今日は、面倒な事になった。
いつものように教室を出て、屋敷へ向かおうと思ったのだけれど、ある集団によってそれは止められた。
――不良集団。
集団と言っても五人だけだ。
真っ赤な髪をした男を筆頭に、四人が従っている。
田所君と適当な会話をした後、鞄に教科書を詰め始めようと思ったところで彼らはやって来たのだった。
「今日も幽霊屋敷に行くのかよ、化け物」
不良集団の筆頭は、にやにやとしながら僕に声をかけてくる。彼の後ろには、四人の男たちが同様にしてにやついてる。
「なんでござるか、失礼な輩ですな!」
僕よりも早く、田所君が口を開く。語気が強く、敵対心を露にしているような口振りだった。
「化け物って?」
僕は、素朴な質問を投げかける。もしかしたら、この男たちはどこからか僕が人間でないことを知ったのかもしれない。
僕が人間ではなく、ケサランパサランであることを知っているのは蓮だけだが、そこから情報が漏れることも無きにしも非ずだ(別に秘密にしてくれとも言っていない)。
けれど、本当に彼らの目的がケサランパサランである僕だとしたら、これはまたいささか面倒ではある。
街中の知らない人間相手ならまだしも、彼らは隣のクラスの人間たちだ。これでは、学校中に僕がケサランパサランであることが知られるのは時間の問題。
学校中が、自らの欲を叶えようと僕に近寄ってくるだろう。そうなれば、この学校に身を置くことは今後できなくなってしまう。
「普通の人間は、あんな幽霊屋敷に毎日行ったりしないぜ。行く理由があるとしたら、お前もあそこの幽霊と同じ化け物ってことだろ」
どうやら、杞憂に過ぎなかったようだ。彼らは、何も知らない。
幽霊屋敷に出入りしていることが、彼らには理解不能なだけだった。理解不能な者を目の当たりにすると、人間はすぐに化け物という呼称を用いたがる傾向にある。
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