第9話

一日目。金曜日。

 

 学校の帰りに僕が屋敷の前に現れると、庭園の中から元気よく蓮の姿が飛び出した。


 彼女は「よくぞ来た、まあ入れ」と言って門を開け、僕を庭園の中へと招きいれた。

 

 特別何をするわけでもなく、僕たちは庭園の中の椅子に腰掛け他愛ない話を繰り返していた。


 時折、蓮が庭園に咲いている花について語ってくれていたが、正直なところどうでもよかった。


「欄君は、花が嫌いなの?」


「――なんで?」


「いや、なんだかつまらなそうだから」


 花が嫌いなのではない。蓮との会話が、面倒なだけである。


 けれど、蓮の機嫌を損ねては望みを言ってもらえなくなる可能性もあるので、ここは適当に言い繕っておこう。


「花は好きだよ。だから、もっと教えてくれ」


 蓮は、笑みを零す。


 何がそんなに嬉しいのか、僕にはまるで分からない。

 

 二日目。土曜日。


 やらなければいけないことも特になく、端的に言えば一日中暇ではあったのだけれど、長居するのも面倒なので昨日と同じ時刻ぐらいに屋敷に顔を出した。


 僕が屋敷の前に現れると、まるで昨日のデジャヴのように蓮が現われ、その後もまたデジャヴのようだった。

 

 蓮が話した大半は覚えていない。覚えているのは、よくもこんなに話をする事ができるものだ、という妙な感心をしたことだけだ。


 せいぜい二時間ぐらいの時を共に過ごしているわけだけれど、僕からはまったく会話を始めていない。全て、蓮からの発進だ。

 

 蓮はずっと、笑っている。何がそんなに、楽しいのだろうか。

 

 三日目。日曜日。


 今日はなんとなく、昼から行ってみることにした。


 僕が屋敷の前に現れると、いつものように庭園から蓮が現れた。いつもと違っていたのは表情で、歓喜に満ちた表情をしていた。


 何か良い事でもあったのだろうかと思案するが、どうでもいいことだったのですぐにやめた。

 

 他愛のない話をして、蓮は病気のため学校に行っていないという情報を得る。

 

 ならば、学校に行きたいというのが望みではないのか、という考えに至り、蓮に望むように言ってみた。けれど、何も起きなかった。


  四日目。月曜日。


 今日は学校がある。なので、学校の帰りに屋敷へ顔を出す。曇り空の中でも、蓮の顔は晴れやかだった。

 

 今日の蓮の手には、得たいの知れない物が見える。

 

 それは一体なんだと問いただすと、蓮は水鉄砲だと言った。確かに、簡易的な拳銃の形をしている。鉄砲というのも納得だ。


 今回はこれで遊ぶ気らしい。


「どうやって使うんだ?」


「この水鉄砲の中に水を入れて、引き金を引くと水が飛び出すんだよ」

 

 なるほど。やってみた。

 

 水鉄砲の銃口から、勢いよく線状の水が飛び出す。


「おお、すごいな」


「欄君、水はここに置いておくから」


 蓮は、引き摺るようにしてバケツを運んできた。


 その中には、大量の水が入っているようだ。普段は非力なくせに、何故か遊びの準備になると恐ろしい力を蓮は見せる。

 

 なんとなく、水鉄砲の照準を蓮に合わせて、発射した。


「――きゃ! やったなあ!」


 何故か、彼女は嬉しそうな顔をする。


 仕返ししてやる、と言って蓮は、バケツを隠すようにしながら背を向けて、その場にしゃがみこんだ。

 

 水を入れている音がする。仕返しとは、そのままの仕返しということか。蓮も僕に向けて、水鉄砲を発射させるつもりなのだろう。

 

 僕は水鉄砲の照準を彼女の背中に合わせ、彼女がこちらに向くのを待った。振り返ったところを、撃ち抜いてやる。

 

 少刻後、蓮が勢いよく振りむいてきた。僕は計画通りに、水鉄砲を発射する。蓮の体が濡れる。しかし、蓮は微動だにしない。


「――覚悟!」

 

 蓮の手にある物は、またも得体の知れない物だった。


「な、なんだよ、それ!?」


「何って、水鉄砲だよ?」


 そんな馬鹿な、である。


 水鉄砲というのは、僕が手に持っているこれのことではないのか。蓮の手にあるそれは、簡易的な拳銃とは似ても似つかない。

 

上部には小さいタンクが備え付けられ、銃身も長く、プラスチックで装甲までされてある。まるで、重火器のようだ。


「くらえー!」


 蓮はその重火器を両手で持ち、僕目掛けて引き金を引いた。勢いよく水が発射される。


「ちょっ、ちょっと待て蓮。これ、すごく痛いぞ」

 

 僕は逃げ惑う。僕の水鉄砲とでは、月とスッポンだ。

 

 逃げ惑う僕を見ながら、蓮は笑う。腹が立ったので、僕は持ち前の身体能力で蓮の発射する水を避け、大口を開けて笑うその口の中に水鉄砲を発射してやった。

 

 蓮は咳き込む。ダメージは確かにあるようだ。しかし、それでも彼女は笑っている。


「かかってこーい!」


 ダメージを与えて喜ばれるのだから、かかって行っても無意味ではないかとそう思わされたが、彼女のご機嫌とりのためにも僕はかかって行かざるを得なかった。


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