第7話
彼女に招かれ、僕は門の中へと入って行った。
庭園に広がる一面の花が、心地良い香りを運んでくる。
目前の巨大な建物は、確かに幽霊屋敷と呼ばれてもおかしくないほどに所々傷んでいて、不気味な様相をしていた。けれど、この庭園だけは、まるで別世界のようだった。
幻想的で、光り輝いてる。そんな気がした。
「まずは、自己紹介だね。あたしの名前は、
花を背景に、少女は笑った。より一層、庭園の輝きが増したような気がしたけれど、気のせいだろう。
「僕の名前は、
「あははは。変な名前!」
軽快な笑い声。それに呼応して、花たちをも笑っているかのように揺れ動く。一陣の風が、僕の身体を吹き抜けていった。
それにしても、よく笑う人間だ。
「はあはあ――あはは、ごめんごめん。そんなむくれた顔しないでよ」
「――え?」
むくれている? 僕が?
自分の顔を自分で見ることなど鏡もなしに出来るはずもないので、確認することは出来ないけれど、信じ難いことである。
僕は現状、何も感じてはいないのだ。
ただの――無。
呆然としながらこの場にいて、表面だけの言葉で彼女と対話しているのである。
むくれ顔など、そんな感情を露にしたかのような表情を、僕がするはずがないのだけれど……。
「で、欄君はあたしに何か用なのかな? まさか、本当に惚れたってわけでもないでしょ?」
それは、こちらが聞きたい。
ここに来た理由、それは僕が一番知りたい。
真っ直ぐ家に帰るつもりで、僕はあの横断歩道を全力で駆け抜けた。けれど、心に反して僕の身体は、この屋敷へと来てしまったのだ。
まるで、何かに導かれるかのように。
と、一つの解答に至る。
もしかしたら、時が来たのかもしれない。昨日の今日で、あまりにも速すぎて考えが向いていなかったけれど、冷静になってみれば、彼女に幸福をもたらす時が来た、ということなのかもしれない。
だから僕は、意思とは関係なくこの屋敷へとやって来た。それなら、得心が行く。何も疑問を抱くことはない。
そうと分かれば、さっさともたらしてやろう。彼女の望みを、叶えてやろう。
そしてまた、一から生をやり直そう。
なんてことはない。これが、僕の役割。生きる意味なのだから。
「僕は、君に幸福をもたらしに来たんだ」
少女を見据えながら言う。
「どういうこと?」
少女は怪訝な顔を見せた。
それもそうだろう、仕方がない。二度目とはいえ、ほぼ初対面の者に急に望みを叶えてやると言われても、身構えるのも当然だ。
ましてや少女なのだ、見知らぬ男が相手となれば身の危険を感じてもしまうだろう。
僕は一つ深いため息をつき、面倒だが彼女にケサランパサランという生物について説明することにした。
一通り説明し終えると、彼女はあっさりと僕がそのケサランパサランという生物だということを受け入れた。もとより人間ではないことは見抜かれていたのだから、たいして拒絶することもないのかもしれない。
「それで、今回の幸福をもたらす相手があたしってことなんだ?」
「ああ。何でもいい、望みを言ってくれ」
「えっとねえ――じゃあ、空を飛んでみたい!」
「……ええと、ごめん。一つ言い忘れてた。望みは、心の底から望んでいることじゃないとだめなんだ」
「何でもいい、って言ったのに」
彼女は、目を細めて僕を見る。冷たい視線。鬱陶しい。ちょっとした語弊だろう、いちいち気にしなくてもいいではないか。これだから人間と関わるのは嫌なんだ。
「うーんと、どうしようかなあ。あ、魔法、魔法使いになってみたい!」
「本当に?」
「え? あーと、なってみたいかもしれないなあって、感じかなあ……」
「さっき言った言葉を、もう忘れたの?」
「忘れてないよ! でもさ、ほら、魔法とか使ってみたいじゃん。掌から炎をぶわあってだしたり、びゅーんって空を飛んでみたり」
「…………」
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