第6話
「何ですと!? 幽霊の正体は、可愛い女の子だったと言うのでござるか!?」
慟哭にも似た田所君の叫びが、教室内に響き渡った。
クラスメイトの視線が一瞬こちらに集まったけれど、声の主が田所君であることを視認すると、皆、いつものことだ、といった感じで視線を戻した。
「可愛いとは、言ってないよ。僕にはそういうの、よく分からないし」
「またまた。照れずともよいでござるよ。今日も、会いに行くのでござろう?」
「え? なんで?」
「欄君が、自ら自分の話をしてくれたのは初めてでござるからな。よっぽど、その女の子に出会たことが嬉しかったのでござろう?」
昨日、幽霊屋敷と呼ばれる屋敷の庭園で、幽霊のような女の子に出会った。何があったわけでもなく、ただ出会い、そして別れた。
話しかけてくる彼女に対して反応を見せることもなく、ましてや自己紹介などするわけもなく、すぐさまその場を後にしたのだ。
といった出来事を、田所君に話した。
当然、僕が人間でないということは伏せながら話をしたわけだけれど、しかしながら、どうして話してしまったのだろう。
人間とは極力関わらないように避けて行動していたはずなのに、これではまるで、自分から歩み寄っているようではないか。
嬉しい? 何がだ?
確かに、彼女と出会った途端電流のような衝撃が身体中に走った。彼女が、幸福をもたらすべき相手、ということだ。
けれど、それに関して特別な思いがあるわけでもない。やっときたか。その程度だ。
あとは、待つだけ。時が来れば、自然と彼女の望みを叶えることになる。そういうものなのだ。
だから、わざわざ彼女の側にいなくても構わないのである。
「面倒だから、田所君の好きなように取ってもらって構わないけれど、また会いに行くなんてことは、ありえないよ」
僕は、作り笑顔でそう言った。
田所君は「もったいない」と言っていたけれど、何がもったいないのか、僕にはさっぱり分からなかった。
人間と関わることが、もったいないとでも?
だとしたら、やっぱり田所君は変わっている。
人間と関わる以上に、鬱陶しく、面倒くさいことなど、ないだろうに。
放課後。
いつもと同じように、田所君のお誘いを断り、僕は教室を出て行った。
今日は蝉の鳴き声も少なく、その代わりに人間の声がよく聞こえる。蝉時雨ならぬ人時雨。
蝉の鳴き声も鬱陶しくはあるけれど、人間の鳴き声よりかは幾分かましだと思える。
蝉の鳴き声は聞いていると何だか温度が高く感じられて暑くなってくるけれど、人間の鳴き声は聞いているだけで不快だ。
夏が過ぎれば人間も黙ってしまえばいいのに、とそう思ってしまう。
横断歩道にたどり着いた。
昨日、何故だか導かれるように左に曲がってしまった横断歩道。
僕の家は、右だ。頭の中で、強く言い聞かせる。今日は必ず、右に曲がる。僕には、あの幽霊屋敷に赴く理由など、微塵もないのだから。
赤信号。僕は、固唾を飲んで青になるのを待つ。
いっそ、走り抜けてしまおうか。ゆっくり歩いていたから、知らずとあの幽霊屋敷に誘導されていたのかもしれない。全力疾走で横断歩道を抜け、右へと走り去ってしまえばいい。
もしも本当に、何らかの力が僕を左側へ導いているのだとしても、全力疾走で駆けていれば、それに抗えるはずだ。
よし。
車道側の信号が、変わる。
まもなく、歩道側の信号も、赤から青に変わるだろう。
足に力を込め、構える。信号が、赤から青へ。
僕は、全力で走った。コンクリートが砕けるのではないか、というほどに強く蹴り出した。横断歩道を抜け、僕の身体は右へと曲がる。
右へ。右へ、右へと――――。
「おわっ! 今日も来てくれたんだね、妖怪さん」
満面の笑みを見せる、幽霊少女。
昨日と変わらず、真っ白なワンピースを身に着けている。
存在が透き通っているような印象を与える彼女は、今日も庭園の中にいた。
「そんなに汗だくになっちゃって。もしかして、走ってきたの? いやあ、照れちゃうなあ。そんなに、あたしに会いたかったんだ。あれえ? もしかして、あたしに一目惚れしちゃったとか?」
門の向こう側で軽快に笑う彼女。その姿を見ながら、僕は荒れる呼吸を整える。ゆっくりと落ち着きを取り戻し、そして。
とりあえず、自分の足を叩いておくことにした。
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