第5話
僕は店内に入り、サンドウィッチの捜索を開始した。
「ねー、パパ。海に行きたい! 海! 海!」
やかましい子供の声が、店内に響き渡る。あまりにも高い声なものだから、頭が痛くなってきた。
「分かった分かった、また今度ね」
父親らしき男性が言う。弱弱しい雰囲気が漂っている。
「えー。やだあ、明日行こうよお」
「明日かあ、うーん、明日はちょっと……」
「――やだやだあ!」
「ええと……困ったなあ」
「我儘言わないの。パパはお仕事忙しいんだから」
母親らしき女性が、駄々をこねる子供の頭を優しく撫でながら言った。次第に子供はおとなしくなり、やがてお菓子の物色を始めた。
自由な存在だな。そう、思った。
見知らぬ家族の一騒動を見終えて、自分のミッションを思い出す。サンドウィッチ。僕は、即座に捜索を再開した。
けれど。いくら探しても目的の物が見当たらない。コンビニには、置いていないのだろうか。それとも、激しい取り合いの末、売り切れてしまったのだろうか。
もう、帰ろう。僕は落胆しながら、出入り口へと向かった。数秒後、僕の足は止まる。ある物体によって、止められる。
出入り口近くの冷蔵棚、そこに『サンドウィッチ』と書かれたネームプレートが置いてあったのだ。
僕としたことが、完全に見落としていた。
恥ずかしい限りだけれど、今は恥じている場合ではない。
冷蔵棚を凝視する。念願のサンドウィッチが、僕の手に……。
入らなかった。そもそも、なかった。
ネームプレートはあるのだけれど、棚には一つも置かれていないのだ。これは一体、どういうことだろうか。やはり、売り切れか。
一応、レジの奥にいた店員に聞いてみた。
どうやら、発注ミスだったようだ。それゆえに、普段ならば売り切れにならない(売れ切れに、ならない?)サンドウィッチが、こうも見事に姿を消してしまっていたようである。
僕は肩を落とし俯きがちで、とぼとぼとコンビニを後にした。
サンドウィッチを想いながら、歩いていく。
と、気が付けば、いつものルートから外れていて、僕は別の道を歩いていた。何故だ?
自分の中では、確かにあの横断歩道を渡って右に曲がったはずなのだけれど、この道は左側の道だ。
右に行けば次第に建物の数が少なくなり、僕の家がある山の姿が見えてくるのだけれど、左側はその逆だ。つまり、僕の家がある方角とは、正反対なのである。
左側も、進めば次第に建物の数が少なくなり、人の気配もなくなってはくるのだけれど、それには過疎地域だから、とは別の理由がある。
――幽霊屋敷。
そう呼ばれている屋敷が、この道の先にはあるのだ。そんな不吉な呼び名の屋敷付近に、わざわざ身を置く人間もいないだろう。
もしかしたら、幽霊の仕業なのだろうか。
僕は踵を返すこともなく、ひたすら家とは正反対の道を歩き続けている。足を止めようとしても、まるで僕の意思に抗うかのように動き続けるのだ。
この先に、何があるというのか。
幽霊屋敷と呼ばれる屋敷以外には、物好きなのであろう人間が住んでいる民家が少量あるぐらいだったはずだが。
まあ、あまり来たことのない道なので、僕の知らない何かがあるのかもしれない。
僕は、沈みかけた太陽を追いかけるように進み続ける。次第に、建物の数が少なくなってくる。そして――。
その代わり、というわけではないのだろうけれど。見る者を圧倒する、荘厳な屋敷が現われた。
十階建てのビルを、そのまま横にしたぐらいの大きさはあるのではないだろうか。
僕は、その屋敷の門の前で立ち止まった。自然と、足が止まった。
門の向こう側の庭園では、多種多様な花が咲き乱れ、幻想的な雰囲気を出している。
突如、電流が走った。
僕の身体中を、流れるようにして衝撃が駆け巡っていく。
はっ、とした。まったく、気が付かなかった。
誰もいないと思っていたその庭園の中に、花を眺める一人の少女の姿があったのだ。真っ白なワンピースを着た、線が細く病的なほどに白い肌をした一人の少女。
その存在が透けているような。まるで――幽霊のような少女。
「――あれ?」
少女は僕に気づき、こちらに走り寄って来る。
黒く短い髪。それに覆われた顔もまた白く、健康的には見えない。
けれど。けれど、彼女の表情は。太陽のように、明るかった。
いや。太陽よりも――眩しかった。
「君、人間じゃないでしょ?」
彼女はそう言うと、満面の笑みを見せた。白い歯が煌めき、眩しさが倍増する。
「私、分かるんだ。本で読んだんだけど、なんだったかな。えーと、あ、そう! 死に近い人間って、そういうのに敏感になるんだって!」
少女は、笑顔のままそう言った。
白く、その存在は透けているようで、何時消えてもおかしくない印象を与える彼女は。真っ白な歯を見せながら、笑う。
またも、身体中に電流のような衝撃が走る。その瞬間、僕の世界は彼女で満たされた。
彼女以外が――見えない。
僕は何もできずに、ただただ彼女を見つめていた。
当然だ。
僕は、何も感じてはいなのだから、何らかの反応を見せるはずがない。
感情など、僕にとって無用なのだ。
無用でなければ、いけないのだ。
なのに。
どうしてだろう。
風景の一部であるはずのその少女が。
その少女の笑顔が。
妙に、気になってしまった。
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