第2話

 男子の感情も女子の感情も、いまいち理解できないけれど、とりあえず僕は、田所君の言葉に納得したかのように、頷くことにした。


 男子が皆、田所君に賛同しているのだ、僕もそれに倣った方が良いだろう。女子からの北風のように冷たい視線が気にはなるが、それはおいておくとして、人間の世界に溶け込むためには、多少の我慢も必要である。


 もし、僕が人間ではなく『幸福をもたらす生物』だと知られれば、人間は僕を捕らえ望みを叶えさせようとするだろう。実際に、これまでの生のサイクルの中で何度も体験している。


 まだケサランパサランとして生まれて間もなかった頃、僕はなんの警戒心も持たずに人間に対して自分の正体を晒していた。


 対価を支払うこともなく、望みが叶う。欲の塊である人間にとってそれは、この上なく魅力的なことなのである。


 僕の正体を知った人間は、ありとあらゆる方法で僕に近寄ってきた。力ずくで僕を監禁しようとする者や、それとは対極的に、初めは友好的に接しておいて、タイミングを見計らって望みを叶えることを強要してくる者、など。


 皆、必死だった。


 我欲を他者に満たしてもらおうと、血走った目で懇願していた。


 滑稽ではある。


 けれど、それらを叶えることがケサランパサランである僕の生きる意味なのだ。それ以外に、僕の存在価値はない。


 たとえ僕がどんなに相手を嫌おうと、僕の意思は尊重などされず、幸福をもたらす相手は自動で決定される。まるで、予め神が決定しているかのように、だ。


 幸福をもたらす相手に出会えば、すぐに分かる。


 身体中に、電流が流されたような衝撃が走るのだ。全身が痺れる感覚。僕は、これまでに三度それを味わった。


 一人目は、壮年な男。


 街中で出会った彼の望みは――女だった。


 飽きることがないぐらいの数の女。


 自分好みで、かつ自分に従い続ける女。それが、彼の望みだった。それほどの数の女を、一体何に使うのかは考えたくもなかったので、僕は無心で彼の望みを聞いた。


 今でも、覚えている。望みを言っているときの、彼の下卑た笑み。顔を紅潮させ、息を荒くし、涎を垂らしながら笑っていた。


 僕は、彼好みの容姿をした女を百人ほど彼に授けた。女の感情が一時の間、彼に従うようにしてから。


 一時の間なので、いずれは元の状態に戻りはしただろう。いくら人外の者だからと言っても、人間の心をいつまでもコントロールし続けることはさすがに出来はしない。


 感情をコントロールされた彼女たちがもとに戻っても、彼は今なお幸福であるどうかは知る由もないけれど、僕にとってはどうでもよいことだ。


 幸福をもたらす、それだけが大事なのである。


 二人目は、還暦近い女。


 彼女の望みは――権力だった。


 政治家の彼女は、自分が首相となり国民に支持されることを望んだ。僕は、有権者全員の支持率が彼女に向くようにした。


 支持率は――百バーセント。


 さすがに、やりすぎた感はある。彼女の周囲では何かと騒ぎが起きていたようだけれど、僕には関係はない。騒ぎ立てたところで数字が変わることもなく、彼女の望みは叶えられる。


 だけれど。風の噂によれば、あまりの重圧に自ら首相となることを辞退したとかなんとか。


 自分で望んでおきながら自らそれを手放すとは、やはり人間は理解しがたい生物だ。


 最後の三人目は、一文無しの若い男。


 競艇場の前で出会った彼の望みは――金だった。


 住む家もなく、働く意欲もなく、橋の下で段ボールを組んで作った家で暮らしていた彼は、一生遊んで暮らせるほどの金を望んだ。


 簡単だった。生物の感情をコントロールしたりすることに比べれば、無機物を生み出すことは朝飯前である。時刻は、夕刻だったけれど。


 僕は、橋の下を金で埋め尽くした。


 流れる川の中も、全部である。彼の家は札の重みで押し潰されてしまっていたけれど、当人は満面の笑みだったので、問題にはならなかったようだ。


 しかし。銀行の口座も持っていない彼は、その大層な量の現金を保管しきれず、すぐさま警察の知るところになってしまった。


 まあ、口座があったところであれほど大量の現金を一度に預けることは出来なかっただろうけれど、僕には関係ない。


 彼が望んだ金は、僕が無から生み出した金なので、警察からすれば出所不明に金となる。そう簡単に釈放しては、くれなかっただろう。


 三度。三度僕は、生を一から始めた。


 望みを叶える度に力を使い果たし、またやり直す。無限のサイクル。


 これが僕の、ケサランパサランの役割。そして、生きる意味なのだ。


 何故なのかは、分からない。


 けれど。このサイクルは無限で。


 終わることは――決してない。

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