作戦開始ーセルビリアの場合ー
誰もいない使用人室。廊下は慌ただしく情報収集やら怪我人の介抱で大忙し。
けれど私はその手伝いをせずに、姿見の前でばっちりお化粧をしていた。
「今回のコンセプトは、マーメイドかしら。皮肉なものね。」
青い髪を一纏めに、ドレスはヒダとフリルの多い、一見するとダンサーのようなシルエット。
紺色のドレスはさぞ夜に溶けるでしょう。
「失礼するわ」
騒がしい廊下の扉が開いて、レイちゃんが入ってきた。作戦はもう伝えられてるし、最終確認かしら?
そんなレイちゃんはなんだか表情の曇っている。全く、美人さんなんだからにこにこしてればいいのに。
「こんな役を押し付けてごめんなさい。」
「もぉ、私はいいっていったんだからいいの。気にしないで」
私の役割は人質の場所を把握すること。
けどレイちゃんは当初人質のふりをして紛れるって作戦にしてたんだけど、それより成功率が高い方法を思い付いて、進言したの。
もちろんレイちゃんには断られたけど、やるのは私。断られてもやるんだけどねぇ。
「セルビリア……無理はしないでね」
レイちゃんはそういうと、廊下に戻っていった。
人質のふりよりも効果のある方法。
レイちゃんも、きっと最初からわかっていたんだと思うけど。倫理的な問題もあって私には言わなかったんだと思う。
海に出たむさ苦しい男たちは、女に飢えている。
夜に女が一人立ち寄れば、たちまち招き入れるでしょう。
女を武器にする。それ事態は、別に悪いことでもないのよ。ハニートラップなんてお茶の子さいさい。
まぁ、そういうのが苦手なレイちゃんからすれば、危険にはかわりないのよね。
それにレイちゃんはあの事知ってるし、負い目を感じてるのでしょう。全く、人のことになると心配性なんだから。
「さてと、それじゃいきますか。」
夕日が沈み暗くなる焦げた街へと繰り出して、歌いながら港を歩いていく。
それはまるで、人魚が人間を惑わすように優雅に躍りながら夜を駆ける。
すると港に停泊してすぐの海賊たちは、たちまち歌に誘われて甲板から顔を出す。殆どが下世話な視線をなめ回すように見つめてくるけど、そんなのはどうでもいい。
「もしもし旅のお方。今宵一夜の夢はいかが?」
妖艶な瞳で笑いかけると、すぐに船長と呼ばれた男が降りてきて、乱暴に私の腕をつかんだ。荒れた呼吸はまるで犬みたい。笑っちゃうわ。
そしてそのまま船へと引っ張られると、上等そうな部屋に入れられ、ベッドに投げられる。まるで女をおもちゃかなにかと思っているような、野蛮で下衆な瞳。
でも大丈夫、そういう目で見られるのは慣れている。だから私は笑ってやるの。
「戯れの前に、一曲どうかしら」
「あ? 歌なんてどうで……っ」
男はそこで口を閉じる。鋭くも美しい視線に、その両目を刺されたから。
男を無視して私は歌い始める。
するとあら不思議、男はコテンと、意識を手放して夢の中へ。
船乗りを惑わせる魅惑の歌。
私の場合はこうして眠らせるのが精一杯。乱れたドレスを直して物色を始める。
耳を済ませば、海を還して音が聞こえてくる。水中に沈む船の半分、その様子を海が教えてくれる。子供の泣き声、女性たちの不安な呟き。それは船の前方部の地下で確かに響いていた。
人質はどうやら地下室ね。そうなれば……、鍵は船長が持ってるのかしら。なくてもマスターキーくらいあるわよね?
そうしてあちこち物色していれば、たくさんの鍵の束をゲット。ご丁寧に地下牢とかかれた鍵をいただくと、外がずいぶん騒がしくなってきた。
時計を見ると、丁度サーニャが潜入する時刻。作戦通りに事が進んでるのね。
扉を空けこっそり廊下を確認する。ロミアがそろそろと通る頃……だったわ、丁度。
「ロミア」
彼を引き留めて鍵を渡す。なんだか驚かれたけど、彼は純粋だから、どうやって潜入したか何て考え付かないでしょうね。
「サーニャが来たのね。それじゃ、合図が出たら人質を逃がして。地下牢にみんないるみたいよ。はい、鍵。」
派手な花火を打ってあげるから
そうウィンクして彼を送り出すと、私も部屋を出る。こそこそ隠れながら船の後方へ進む。
ご先祖様にとって海賊船は格好の獲物だった。だから船の構造も、ある程度把握できる。
そして大抵、大事なもの……捕虜やお宝のある部屋から遠い場所に、火薬庫がある。
「はいビンゴ」
一番奥の、一番大きな部屋。
そこにはたくさんのダイナマイトや松明、そして大砲の弾なんてのも置いてあった。
ロミアと別れてすこし経ったわ。地下に降りた彼の状況も海が教えてくれた。
「それじゃ、パレードの始まりよ」
窓から後方甲板へ出て、そして持っていたマッチに火をつけ、火薬庫へ投げた。
ドカーーーン!!
火薬庫に盛大に火が点り、爆発する。
辺りは一面火の海となり、後方と前方の甲板を分断する。
前方で派手にサーニャが動いていたから、後方甲板には人はいない。いたら歌で眠らせるだけなんだけどね。
こうしてうまく分断に成功した。サーニャを追いかけた人員がどれ程かわからないけど、船にこれだけの痛手を追わされたんだから、あいつらも無傷とはすまないわ。
ただ、問題がひとつ。
前後方を炎で分断したせいで、私も逃げ場をなくした。船からの脱出は、海に飛び込むしかない。
私はドレスを脱ぐと、まっすぐに海へと飛び込んだ。だって、それしか逃げ場はないのだから。
そうして深く、暗い海の中を進む。
普通の人間なら、冷たい水に驚くか、暗い奈落のような海に臆してすぐに浮上する。けれど私は深く深く、落ちていく。
肺に水が溜まり、ボコりと空気の泡が溢れ出す。それでも浮上しない。
やがて私の肺に変化が訪れる。水を溜め込み、水中の酸素を取り込み、呼吸する。
海水に触れてから、私の肌は徐々に青く変色し、脚には光に翳せば反射する鱗が、手や足には水掻きが現れる。
私の先祖……正確に言えば祖母は人魚だった。けれど人間の男と恋に落ち、そして私の代まで力だけが薄れながらも受け継がれてきた。
人魚のクォーター、それが私。
この事を知ってるのはレイちゃんとあと……恋人だけ。
人魚だといっても血は薄い。尾びれも背鰭もないし、脚はそのまま。それに私の潜水可能時間は一時間が限度。けれどそれで十分。
潮が私を遠くまで運んでくれる。暗い道を突き進み、陸路では1時間かかる離れの浜まで私は泳ぎきった。
「はぁ、疲れた~」
海水から顔を出すと、暗い浜でランタンをもつ人物が手を振っていた。シルファだわ。
あらかじめ人払いもかねて待機していてくれていたの。海から上がると、すかさずバスタオルを被せてきたわ。
「私の裸体なんて見飽きてるでしょ?」
「君のその姿を誰にも見せたくないだけだよ。」
彼はそうやって笑う。ランタンに揺れて見えた表情は、すこし心配そうにしていた。
「全く心配性ね。私のやることは終わったし、早くみんなと合流しましょう」
「そうはいっても、一時間は最低かかるよ?」
困ったようにかしげた彼の首へ両腕を回し、顔をめいいっぱい近づけてやると、シルファは驚いて目を見開いたわ。
ふふ、かわいい
「泳いでいくのよ」
「……僕は泳げないよ」
「あら、知らないの?人魚のキスで人間は海で呼吸ができるのよ」
私はせいぜい1時間くらいしかその効果が持たないだろうけど、それだけあれば十分。
困惑するシルファの唇へ口づけると強引に手を引っ張り海へと引きずっていく。
「たまには海の中でデートも悪くないわよ!」
「わっ、ちょっと待ってくれよセルビィ!」
二人でしか言わない愛称で呼び合って、私たちは海の中へと消えていく。
けれどこのときは知らなかった。
まさかレイちゃんの考えた戦略が、失敗しただなんて……。
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