面会
面会日当日。
ルクシュアラ家のお客様専用ルームにて、ギクシャクと固まっている男性二人が、肩身を狭そうにして座っておられました。
茶色の髪がツンツンと逆立ち、まさしく言葉通り冒険者を体現したような青年は、髪と同じ茶色の瞳を目まぐるしく移動させてそわそわしています。彼が最初に通信してきた方で、名をクリス……紅の戦場では主人公になっている青年です。
その隣には紺色の丸いボブヘアに緑の鋭い瞳が知的な、同じ年頃の青年がメガネを引き上げてこれまた同じように肩身を狭そうにしていました。
彼もまた紅の戦場にて策士の立場にいる、魔法使いサマリ……クリスが取り乱したため途中で通信を変わった青年です。
二人とも肩身が狭そうにしているのはお嬢様とファイが両手を組み、今にも掴みかからん勢いで睨んでいるからでしょう。
「いい? 何度もいってるけどサーニャは今記憶がないの。いきなり驚かすようなことはしないでちょうだいね。」
「わ、わかっています……」
自分のせいでやや縮こまった対応をしてとは露知らずのお嬢様は、後ろに控える私へ目を向けました。
「何であんなに萎縮してるわけ?」
「冒険者は貴族とは無縁の生活を送っていらっしゃる方が多いですから、緊張されていらっしゃるのではないでしょうか」
なるほどねぇ、とお嬢様は納得されてから、扉へと声をかけました。口が裂けてもお嬢様が威圧している、だなんて言えませんから。
あらかじめ二人には、サーニャを保護してからのいきさつは話しています。そして納得していただいてから面会するという手はずとなっていました。
扉が開き、おずおずとサーニャと守るようにリーリアが入ってきました。
「ラート!!」
がばっと勢い良く立ち上がるクリスにお嬢様は身をのりだし、サマリはクリスの首根っこを掴み、リーリアがサーニャの前に立ちと、三者三様の動きを見せました。
ごほん、と咳払いをしたのはサマリです。
「クリス、今のラートにとっては僕らは初対面だと何度もいっただろ? 」
「う、すまない……つい……」
うなだれながら着席したクリスを見て、場の緊張が解けました。しかし、ようやく見つけたサーニャにたいしての行動は、皆理解はできました。
サーニャ以外は紅の戦場を読破し、あらましを頭に入れているからです。
「すみません。その、本を読まれたときいていたのであらかた知ってると思いますが……元々こいつとラート……いえ、サーニャさんは恋仲でしたので……」
そう、ラハバートとクリスは、作中では互いを思いやるパートナー同士だったのです。
彼にとっては、愛するものが突然姿を消し、そして一年の歳月を経て突然また現れたのです。動揺するのも、無理はありません。
恐る恐るサーニャはお嬢様に促されるまま着席すると、二人と対面する形となります。そこでようやく落ち着いた……わけでもないクリスは、今度は一人でポロポロと涙をこぼし始めました。
「よかった……本当に、また君にあえて……。」
一人感極まったクリスの肩をぽんぽんと叩くサマリ。二人が落ち着くのを待つサーニャは、しばらく黙っていた口を開き、胸に手を当てました。
「あの……ごめんなさい、やっぱり私は、なにも思い出せないです」
少しうつむいて申し訳なさそうにした彼女でしたが、やがて顔をあげ、二人をまっすぐに見つめたのです。
「けど、私は今なぜかとても嬉しいです。お二人にあえて、とってもとっても、嬉しい」
手をぎゅっと握り、彼女は優しく微笑むと、またクリスは泣きそうになり、グッと堪えられました。
ごほんとサマリが咳払いをすると、クリスは目を擦り、まっすぐにこちらを見つめ返します。それを合図に、お嬢様は口を開きました。
「それじゃ、サーニャが傷をおった原因を話してくれないかしら?」
辺りの空気が緊張し、皆の顔がこわばります。特にクリスとサマリの顔は険しく、場に重い沈黙が流れました。暫しの間の後に、口を開いたのはサマリでした。
「その事を話すには、まずラートの妹、シェリアールについてはなさいといけないね。」
シェリアール……?
私たちは首をかしげました。紅の戦場では、ラハバートに妹がいる記述は一切無かったのです。
本にはかけない事情が、あったのでしょう。
「そもそも僕らは皆幼馴染みで、旅の目的は妙薬であるエリクサーを見つけることだった」
「それは本と一緒なのね」
お嬢様は腕組みを解かれて、紅茶を一口飲まれました。
「エリクサーつったら、あれだな。何でもなおる薬だろ? スゲー珍しいけどよ。」
「うわっ!?」
今まで隠れていたロロが突然現れ、クリスとサマリは椅子から転げ落ちそうになりました。その様子ににやにや笑っているロロを私がにらむと、ヤバイと一言いって消えてしまいました。
全く、悪戯が過ぎるのは良くありませんね。今はお客様がいらっしゃるのですから。
しかしそんなやり取りをよそに、お嬢様はカップを置かれました。
「本と一緒だけど、理由が違う……そうでしょ?」
「流石貴族のご令嬢は聡明でいらっしゃる」
椅子に座り直してサマリは口を開きました。
サマリの話の続きはこうです。
ラハバートには妹のシェリアールがいますが、彼女は不治の病におかされていました。
両親を幼くしてなくしていたラハバートにとって最後の肉親。どうしても彼女を助けたく、貧しい農村から飛び出し、旅に出たのが16歳の頃。
当然貧しい彼女は学園に通うことはできずに中退。ギルドの魔法試験を受けて、許可書を手にいれました。
腕っぷしに自信のあるクリスと、クリスを支えるサマリの二人は、そんな彼女の事情を知り一緒に旅に出ます。
そして彼女は冒険の途中でとある祠に落ちてしまったそうです。
「4巻で出てくる炎の祠ね。」
「ほんとに全部読まれてるんですね……」
サマリは嬉しいような複雑な顔をしていました。
この反応から、本を書いたのはサマリなのでしょう。
祠に落ちたラハバートは、そこで手負いの精霊と出会い、精霊の傷を手当てし、一緒に脱出した際に、“精霊の加護”を受けたのです。
「精霊の加護って言えば、契約より更に上で、精霊が一方的に力をあげるみたいなものなのよねぇ」
加護についてよく知らない私たちに、ファイが補足をいれてくれました。
「炎は不死鳥の象徴。加護を受けるって言うことは、精霊に愛されるということ。不死の炎に愛された人間はなかなか死なないわよ。だから生きてたんじゃない?」
妖精の彼女が言うのです。サーニャがあの深手で生き残ったのは、その加護のお陰なのでしょう。
「無事にもどったラハバートと共に、僕らはエリクサーの場所を突き止めた。けれど、邪魔が入ったんだ。」
エリクサーはどんな怪我や病でも治す妙薬。それを狙うものは星の数ほど存在するでしょう。そしてそれは、なにも人間だけではありません。
エルフやドワーフといった亜人ですら、エリクサーは喉から手が出るほどの代物なのです。
「亜人ならまだ話が通じた……けど、あいつらは話が通じない……」
クリスの顔を曇りました。何かを思い出したのか、拳を強く握っています。
「本ではドラゴン属ってなってたけど、違うの?」
お嬢様が首をかしげられると、二人とも一度黙り、何かを決意されたのか、沈黙の後口を開きました。
「僕らの邪魔をしたのは……悪魔だ。」
思い空気の中、告げられた言葉が部屋を冷たく満たしていきました。
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