真実

 いったい何がどうなっているのでしょう。

 たしかにラハバートそっくりな写真は、髪の色は違えど輪郭や目元はサーニャの面影があります。この画像の髪色を変えて髪型をあわせれば、サーニャそっくりになるでしょう。


 しかし……紅の戦場はフィクション。作り物のお話です。フィクションはフィクションであり、リアルに干渉することはありません。


 困惑している私をよそに、お嬢様とリーリアはなにか話していました。お互い納得すると、私へと視線を戻します。


「もしかしてレイ、あなた最新刊まで読んでないの?」


 お嬢様に首をかしげられ、私は首を縦に振りました。紅の戦場は先週最終巻が発売されたばかりで、私はまだ手に入れられていないのです。今度ヘンリーから借りる予定でしたが、それとこれと一体何の関係が……?


「だから知らないのね。あのね、レイ。紅の戦場はフィクションじゃないのよ」


 お嬢様の話いわく、紅の戦場は7刊で完結しており、話事態は未刊で終わっているようです。後書きにはすべてがフィクションではなくほとんどが事実であることが示されており、作中の最後に行方不明となったラハバートを探している事がかかれているそう。


 確か紅の戦場が初めて発売されたのは一年前……サーニャの発見された時期と同じくらいです。


 しかし……にわかには信じられません。


「あわわ、私そんなすごい人なんですか……?」


 小説を読んでいないサーニャはあたふたと私とお嬢様を交互に見つめています。まだ決まったわけではないですが、魔法測定の記述に間違いがあるとも思えません。


「まぁ……サーニャのあの動きを見れば納得はいきますけどぉ。この前も真っ先に動いてましたし」


 この前、とは、リーリアのお家騒動のことでしょう。たしかにリーリアが危なくなったとき、実際動けたのは私とサーニャだけで、しかもサーニャは私より早く動いたのです。


 思考と体の動きをリンクさせるには、それなりの経験が必要です。とっさの判断であの動きがとれるのは、体が覚えていたからでしょう。


 カーバンクルが主と認めた時点で、それなりの使い手であることの証明にはなります。それに紅の戦場にて描かれたラハバートの様々な情報は、サーニャと一致していました。


 作中ラハバートは料理をつくって仲間を気絶させたり、動体視力がずば抜けてよいため、ほとんどの攻撃をかわしながらタンクとアタッカーを両立した戦いをしたり……


 サーニャの普段の回避能力は、恐らくダンジョンでも通じるものでしょう。


 すべての情報が、サーニャがラハバートだと教えているのに、私の心は信じられず拒絶してしまいます。そうでなければいいと、必死で願ってしまいます。


 だって、もしも彼女が本当にラハバートならば……


「あの……行方不明の捜索願いが出されているため、先程サーニャ様を探されている方から連絡が入りました」


 一番恐れていたことが、今現在やって来てしまいました。


 お嬢様もそれを関知してか、係員から通信石……特殊な魔道具で離れた場所からも連絡がとれるものですが、それをぶんどったのです。


「もしもし?」


『もしもし、ラハバート!? ……じゃないね、君は誰だい?』


 通信相手は男性のようで、警戒したような声が響きました。


「私はルクシュアラ家当主の娘、エリザベル・ラ・ルクシュアラよ!」


『え、えっと……すみません、俺そういうの良くわからなくて。とにかくラハバートは近くにいますか?』


 貴族界に居ないものに名乗ったところで、通じないのは当たり前です。お嬢様は苛立ちを覚えながら、私へ石を託されました。


「通信を変わりました、侍女のレイと申します。今から事情を説明いたしますので……」


 サーニャの記憶喪失から魔力の消失、そして今現在は侍女として働いている事を伝えると、一度あって話したいと言われました。


 これに関しては決定権は私ではなく、サーニャにあります。どうするか聞いてみると


「お嬢様とレイさん、リーリアちゃんも同席してくれるなら……」


 という条件付きで、後日会うことになりました。何でも通信先は二つ離れた街からのようで、どれだけ頑張っても馬車で2日はかかってしまいます。


 通信石を切ると、お嬢様は勢い良くサーニャの肩をつかみました。


「会わなくていいわよ! あなたは今私の侍女よ、どこにもいかせないからね!」


 お嬢様は必死なのでしょう。もしもサーニャが本当にラハバートならば……サーニャは仲間のもとに帰らないといけなくなります。


 作中でしか知りませんが、ラハバートは仲間から心から慕われた存在。一年も行方不明で、さぞ仲間は心配したでしょう。通信先の男性も、時おり動揺を隠せなくなったのか、冷静に話のできるものと通信を変わっておりましたから。


 お嬢様は、サーニャがいなくなることを危惧しているのです。しかしこればかりは……私も策を講じることは出来ません。


 どれだけ頑張っても、人の心はそう簡単には動きません。私の力では、今の現状を変える手立てはありません。


 元よりサーニャの侍女としての契約は、身元保証人が現れるまで、となっているのです。


 サーニャ本人が望めば、契約は終了されるでしょう。そうなれば……止める事はできません。


 お屋敷に戻ってもお嬢様の気は一行に晴れないのか、お部屋でも暴れておりました。


「いやったらいや!! サーニャはいかせない! いかせないんだから!!」


 泣きながらずっと、わがままをいっているお嬢様。その姿がお痛わしく、自分の無力さに腹が立ちます。


 ルクシュアラ家の人間は皆優秀。

 力を合わせればどんなことでもできる?


 少し前にそう思っていた自分へ、怒りの言葉をぶつけてやりたい。


 世界には、どれだけ頑張っても変わらないことはある。


 お嬢様の望みがもしもサーニャと反対だったら……?


 私は果たして、お嬢様のお望みを叶えられるか。


 答えは……わかりきっています。私たちにサーニャを止めることは出来ません。結果を変えることなんて、してはいけないことですから。


 お嬢様はその日は泣きつかれ、次の日もまたわがままで騒ぎ立てて、お屋敷はここ数日騒がしさばかりが目立ち、それに使用人たちが慣れ始めてきた頃。


 ようやく、通信相手との面会日となりました。

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