魔力測定

 私、お嬢様、サーニャとリーリアの四人は、とある屋敷へと向かいました。


 その屋敷はギルド直轄の魔導機関「魔法ギルド」の役所となっており、日々魔法使用許可書の試験や魔法使いたちへ向けた依頼などを仲介しているため、いつも人で賑わいを見せています。


 冒険者御用達のこの場所は、本来ご令嬢のお嬢様が来る場所ではないですが、今回はこの魔法ギルドで行われている魔力測定を行いにやって来たのです。


 もちろん、測定するのはお嬢様ではなくサーニャですが。


「でもサーニャが魔法を使うどころか、魔力すら感じないわよ? 本当にカーバンクルって魔力がある人にしかなつかないわけ?」


 いまだに信じられないお嬢様は、不思議そうにカーバンクルを眺めていました。その疑心をはらすために、この度ご自分で足を運ばれたのです。


 お嬢様のように魔力の高い人間がそばにいると、機器に変調を起こしてしまうため、私たちは別室でまたされることとなりました。もちろんカーバンクルはお留守番をしてもらっています。


 決して豪華とは言えませんが、品のある家具が取り揃えられた部屋に通され、お嬢様は、赤いふかふかなソファに腰を下ろされると、私とリーリアを見つめました。


「そういえば、サーニャが侍女になる辺りの話しはしってるけど、それ以前はしらないわね。たしかリーリアが見つけたんでしょ? どうせまたされるんだし、その辺りの話を聞かせてよ」


 お嬢様へお茶を用意するサーニャは黙って私たちを見つめていました。本人も見つけられた当初は深手をおっていたため、いまだに記憶が混乱しているのだそう。つまり本人の話ですが、サーニャはあまり覚えていないのです。


「えっと……一年くらい前でしたよねぇ。」


 リーリアが記憶をたどり始めます。一年前と言うと私にとってはつい最近のことですので、すぐに思い出せます。


 あれはひどく雨が降っていた日の事。嵐がこれ以上ひどくなる前に、リーリアへ門を閉めるよう頼みました。木々が倒れそうだとロミアたち男手が出払ってしまっていたため、彼女はレインコートを来て門まで行ってくれたのです。


「その時ぃ、門の外からなーんか、気配を感じたんですよねぇ。で、いかないと、って思って気づいたら川辺まで下りてたんです。増水してて危ないから、あまり近づかなかったんですけどぉ。」


 リーリアは関知能力がずば抜けて高いため、もしかしたらその時なにかを感じたのかもしれません。そこで血まみれで倒れているサーニャを見つけて、急いで私を呼びに戻ったのです。


「屋敷に部外者をいれるわけにはいきませんでしたが、あの嵐で負傷者を放っておくわけにもいきません。旦那様に許可をいただいて別館で介抱することになりました。」


 そしてサーニャは、三日三晩高熱でうなされ、四日めに目を覚ましたとき


「あの……私は、なんて名前ですか?」


 そう、口にしたのです。


「初めてレイさんに会ったときに、てっきり私のことを知ってる人だと思ったんです。そうしたら、誰も私のことを知らなくて、正直困りましたです」


 当の本人はお嬢様へお茶のおかわりを淹れており、どこか他人事です。


 記憶もなければいく宛もない年頃の女性を外に放り出すようなことはできず、旦那様を説得し、お嬢様専属の侍女となってちょうど一年。今ではサーニャは立派……とは少し言えませんが、頑張って侍女の役割を果たしてくれています。


「まぁ、サーニャって変わってますもんねぇ。無駄に動き早いし。」


 この一年でサーニャについてわかったことは、彼女の身体能力が高いことと、特に反射神経がよく、ものを避ける動きは屋敷1番でしょう。


 そんな彼女の新たな一面が、今日の測定でわかるかもしれません。


「お待たせいたしました。測定器の準備ができました。」


 係の女性が黒いトレイの上に青い球体をのせてやってきました。精密に魔力を測定できる計測器です。


 係の女性から使い方……ただ手をおけばよいと言われ、サーニャは恐る恐る手を球体へ触れさせました。


 すると、球体から光が漏れだし、スクリーンを写し出しました。たくさんの数値を係員が見つめ、計測を始めます。


 ものの数分で光は止まり、何事もなくなるとサーニャは手を離すように促されました。


「測定は以上です」


「結果は!?」


 サーニャよりもお嬢様が係員に食いついております。その様子に一同苦笑いを浮かべると、係員は少し困った顔をしていました。


「サーニャ様には、たしかに魔力が“存在”していましたが、現在はほとんど消失しています。」


 係員の話では、サーニャは元々強い魔力を持っていたが、何らかの原因で魔力を体に留めるための魔力の器が破損してしまい、魔法が使えなくなったようです。


 魔力の器は生まれながらにその大きさが決まり、その事もあり、魔力総量が増えることはありません。魔神と契約したリーリアは特例中の特例です。


 しかし本来、滅多なことがない限り器が破損することはないとのことです。特殊な攻撃を受けたり、禁術の魔法を使ったりなどが例にあげられました。


「特殊な攻撃ってぇ……」


「あわわ、私たしか、大ケガしてましたです……」


 サーニャが魔法を失ったのは、恐らく最初に負っていた傷が原因と考えられます。


 係員に行方不明者の捜索リストに情報が上がっていないか調べに行って貰っている間、私たちはもらった情報で推測をたてました。


 サーニャの高い身体能力から、以前は冒険者や探検家をしていたのではないかという仮説です。幾つもの戦場を潜り抜けたのであれば、お嬢様の投げたものを避けるのも容易いでしょう。


 また魔力がほとんどないといえども、サーニャには微量の魔力が残っています。それが影響して魔法器具に影響を及ぼしていたのです。


『厨房が故障した訳じゃないんですが、何故かサーニャちゃんが触ると火が吹き出してしまって』


 お菓子作りでシルファがいっていた言葉です。マイクや他の魔法器具に影響がないことから、サーニャの属性はお嬢様と同じ炎属性で間違いないでしょう。


 炎属性の魔法を使う魔法器具はほとんどが厨房にあるため、立ち入り禁止の彼女の影響を受けることはなかったのです。


「ふーん、サーニャが冒険者かも、ねぇ。でも今はうちの侍女なんだから、危ないことしなくても生きていけるわね?」


「はいです。ダンジョンなんて怖くていきたくないですよぉ」


 どこか安心したようにふんぞり返られているお嬢様。遠回しに、彼女が冒険者に戻らないよう牽制したつもりのようですが、今のサーニャにそのつもりは毛頭ないようです。


「失礼します。情報の照会が終わりました」


 ノックの後に入ってきたのは、先程の係の女性でした。一礼をしてから、一枚の紙をサーニャへ差し出しました。


「サーニャ様の魔力測定記録から、行方不明者リストの中にサーニャ様の情報がありました。また、以前の測定器録が残っていましたのでお持ちいたしました。 」


「やったじゃんサーニャ! 」


 リーリアが跳びはねて喜びます。誰かが、サーニャを探していたのです。そして、記憶がなくなる前の彼女の情報も、今目の前にあると言うのです。


「ねぇねぇ、見せて!」


 サーニャの本当の名前が記された紙を、サーニャの隣から見たお嬢様とリーリアは、その瞬間に凍りついたのです。二人とも目を丸くして、互いを見てからもう一度紙を見ています。サーニャはそんな二人を見て首をかしげておりました。


 いったい何が?


「サーニャ、私にも見せてちょうだい」


「あ、はい!」


 紙を差し出され……そして私も、お二人と同じ反応をしてしまいました。魔力測定記録には、たしかにサーニャの以前の名前や出身地が書き記されていたのです。


 しかしその名を、私はしっているのです。それは、恐らくお嬢様も、リーリアも同じでしょう。


 記載されていた名前は……


《ラハバート》


 それはヘンリーの大好きな小説「紅の戦場」に登場するヒロインと同じ名前で、そして載せられていた証明写真は……サーニャの面影はあるものの、まさしく小説の挿し絵に描かれたラハバートそのものでした。

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