花は意図して刺を隠す

プロローグ 傷

 炎上騒動からはや一週間。

 庭Aエリアはすっかり木々や植物がなくなり、片隅には小さな小屋の土台が出来上がっていました。ドスの新たな家です。


 この騒動で庭の4分の1がなくなったことには旦那様もお怒りでしたが、火元をランタンのオイル漏れにし、その消火活動をマリー様が行ったことにすれば、旦那様の注目はマリー様へ向かいます。何せ、魔力が発現したのですから。


 もちろんお嬢様が精霊と契約されたこともお喜びでしたが……それよりもマリー様が魔法を使い消火をしたことの方が明らかに喜んでおりました。相変わらず、父親としては最低な方です。お嬢様も予想していたのか、さして落胆はしておりませんでした。


 そのお嬢様ですが……この一週間、ゲルトルトにみっちりしごかれたご様子。何をどうすれば大人しくなるのかはわかりませんが、魔法関連の騒ぎは起こしておりません。精霊……ファイに関しましてはゲルトルトを見た途端に逃げる始末。いったい何があったのやら……。


 そしてマリー様ですが、魔力は発現されましたがあの騒動以降それらしき魔法はいまだ使えずにいます。というのも、マリー様の魔力発現は、庭が燃えると言う非常事態の中開花した能力。本来魔法と言うのは手順を踏んで使えるようになる代物ですから、いきなり使えるようにはならないのです。


 ご本人はその事に酷く落胆しておりましたが、こればかりは本人の努力次第。頑張っていただく他ありません。


「クレゼス、庭の方は順調そうね」


 お昼を過ぎた頃、庭で作業をしていたクレゼスを見つけました。庭の植物は燃えてしまいましたが、なんとか燃えずにいた植物も、翌日枯れてしまったのです。そのためAエリアは一度更地に戻し新たに植物を植えなおさなければならなくなりました。


 しかしそこは、職人技。すでに半分程度の植物が植え替えられ、以前とはまた別の趣向の庭へと変貌しております。


「あぁ、レイさん。見ての通りさ。せっかく作り直すなら、前よりすごいのにしないとさ。」


「無理はせず、頑張ってちょうだい」


 ニカッと、男らしくも豪快に笑うクレゼスの顔は泥だらけでした。以前庭の手入れに集中しすぎて熱中症になったかたでしたから、少し心配なのですけど……その辺りはロミアが監督をしているようです。彼も泥だらけになりながら、手伝いつつ水分補給などを促しておりました。


「レイさん俺こんな格好だからさぁ。今日はお嬢様のお出迎え無理そうだよ……」


 水を飲んでいたロミアは、肩をすくめて自分の服を指差しました。本日は金曜日、もうそろそろお嬢様がお帰りになられますから、着替えている時間はなさそうです。


「わかったわ。このまま作業を続けておいて。」


「がってんしょーち!」


 敬礼にも似た仕草をして笑う彼を視界の隅に納め、私はAエリアを後にいたしました。正門へたどり着き定位置についている間に、サーニャやゲルトルト、お出迎えに来た従者が次々と集まり列を作ります。


 暫くそうして待っていると、お嬢様を乗せた馬車が正門へと到着なさりました。


「「おかえりなさいませお嬢様」」


 息をぴったり合わせ、狂わぬ動作で皆が一例をして主人の帰りを出迎えます。お嬢様が馬車から降りられた気配で、皆顔をあげました。


 そして……その場に動揺が走ります。エスコートをされながら降りてきたお嬢様のその右頬に、大きなガーゼがあてがわれているのです。


「お嬢様っ!? いかがなさったのですか……っ」


 令嬢の顔に傷がつく、これは一大事です。ガーゼの範囲から傷が大きいものだとうかがえますが、深さまではわかりません。お嬢様もこちらの反応は予想していたようで、ため息をついておられました。それよりも、なにか別の事でとても不機嫌な様子です。


「別に、ちょっと色々あっただけよ。リーリア、変なことしゃべるんじゃないわよ。」


 珍しくお嬢様は、後から馬車から降りてきたリーリアへ釘をさしました。私もつられて彼女へ目を向けましたが……リーリアもいつもと様子が違います。


 俯いてとても暗く、落ち込んでいるのです。いつもならすぐさま返事をするはずの彼女は、お嬢様の釘さしにも、反応しません。ようやく我に返ったのか、顔をあげましたが酷く疲れきっているようです。


 いったい何があったと言うのでしょう。


「余計なことですかぁ……それはちょっと、無理ですよぉ。」


「リーリア!!」


 お嬢様の怒鳴り声も聞こえていないのか、リーリアは虚ろな瞳で私を見上げました。今まで見たことがない彼女の姿に、私も動揺しましたが落ち着いて対応します。そうでなければ、収拾がつきません。


「お嬢様の頬の傷……私がつけちゃったんですぅ。というわけで、暫く自主謹慎してますねぇ……」


 どこを見ているのかわからない彼女は、衝撃的な事を口にし、辺りがまたざわめきました。


 彼女はそういっていますが、お嬢様の様子から恐らく意見の食い違いがあるようです。そうでなければ、お嬢様の口から事情が話されるはずです。それがないということは、言いにくい事情があるのでしょう。


 それに彼女が、故意にお嬢様を傷つけるような人間でないことくらい、この場にいる誰もが知っていることです。つまり、その言葉を信じるものはいないといっても過言ではありません。


 しかし報告を受けた以上、侍女長として見過ごすわけにはいきません。


「リーリア、部屋にいなさい。状況が把握できるまでは謹慎を命令します」


「ちょっとレイ!!」


 お嬢様は異議を申し立てましたが、侍女の長として、主人を傷つけた可能性のあるものを放ってはおけません。それに……


「暫くは部屋からでないこと。それから、部屋に栄養のあるものを持っていくから、しっかり休みなさい。」


「……了解でぇす。レイさんほんと、優しいなぁ……」


 理由はわかりませんが、リーリアは酷く疲れています。暫くは休ませてあげないと、本当に倒れてしまいそうです。


 指示の意図を察したお嬢様は、まだ不服げでしたが納得されたご様子。また一人で歩いていくリーリアにはサーニャがついていってくれました。


「別についてこなくて良いのにぃ……」


「あわわ、迷惑でしたかっ!? で、でも、リーリアちゃんが心配で……」


 別館へ向かう二人のそんなやり取りが聞こえました。こういうときに行動を起こせるサーニャは、誰にでも優しく、そして勇気があります。


「レイ、今すぐ私の部屋に来て。他の人間は一切部屋にいれないでちょうだい。」


「かしこまりました。」


 お嬢様はお付きを私一人に指名したため、ゲルトルトが困惑している執事や侍女をまとめあげてくれました。後の事を任せ、お嬢様の後ろへとついていきます。


 お部屋に戻られたお嬢様はそのままソファへと腰かけました。普段勉強をされるテーブル席とは別にあるピンク色のソファに乱暴に座るお嬢様は言うまでもなく不機嫌です。


「レイ、わかっているとは思うけどこの怪我はリーリアのせいじゃないからね。」


「存じております。」


 腕と足を組むお嬢様に、本来ならばなにかお飲み物をお渡しするのですが、今回はそうもいきません。わざわざ部屋に私だけをつれてきたのです、外ではお話ししにくいことだったのでしょう。


 お嬢様は制服のポケットからあるものを取り出して差し出してくださりました。それは、青いリボンのチョーカーでした。真ん中に銀色の小さなプレートが結ばれており、“0123-Liria”と刻まれていました。


 これは……


「レイはそれがなにか知っているのね。」


 どうやらお嬢様もこれの正体には気づいていらっしゃるようですが、私を試されたようです。小さく頷いて見せると、深くため息を疲れました。


「それがリーリアの机にのせられてたのよ。黒板にメッセージまで添えてね」


「非常に悪質ですね」


 今のお嬢様のお言葉に大体の事情を把握いたしました。そしてそれと同時に、怒りが込み上げてきます。恐らく、お嬢様も同じでしょう。


 この青いリボンチョーカーはとある娼館にて、“商品”につけられるもの。わざわざ名前まで掘らせたものを贈ると言うことは“お前は娼婦だ”と言うようなもの。


 これは非常に悪質ないじめです。黒板にメッセージを書いていたと言うことは、彼女に悪意があったことは明確です。


「私は従者の家とか事情とか、そんなの興味はないわ。けど……」


 お嬢様も知りたくて知ったわけではないはずです。俯くお嬢様は、酷く辛そうでした。


「リーリアは娼婦から生まれたって、それ本当なの……? 」


 今にも泣きそうなお嬢様に、私は静かに、首を縦に振ることしか出来ませんでした。


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