エピローグ それでも妖精は静かに笑う

 火が消えたことで片付けに追われている執事や侍女たちをよそに、お嬢様とマリー様はその場で立ちすくんでおりました。お嬢様の、マリー様の肩を掴む手が、やはりかすかに震えております。


「お姉様が……火の中にいて、危ないと思って……雨が降ればって……そうしたら、勝手に、雨雲が……。」


 マリー様も自分が起こした現状を理解しきれておらず、途切れ途切れに話されております。お嬢様の動揺した姿にマリー様も困惑しており、恐らくはお嬢様がお怒りになられていると思っているでしょう。


 ━━勝手なことをしてしまった、余計なことをしてお姉様に叱られる……


 そう、顔に書いていらっしゃいました。しかし残念ながら、その考えは間違えていらっしゃる。サーニャにバスタオルをお持ちするよう伝えてから、お二人のところへ向かいました。


「すごいじゃないマリー! 」


「えっ……」


 お嬢様は興奮ぎみに、マリー様を抱き締めました。マリー様はマリー様で、何故そうなっているのかわからずに目を白黒させております。驚かれるのも、無理はありませんね。


「初めての魔法でこんなに広範囲の、それも高濃度の魔力が籠った炎をあっという間に消すだなんて!!」


「あ、あの……お怒りでは、ないのですか……?」


「怒る? なんで? 貴女が火を消してくれたんだから、怒るなんておかしいじゃない」


 お嬢様は、魔法に関して非常に深い知識と高い好奇心をお持ちです。今まで魔力発現の兆しが全くなかったマリー様に、ようやく魔力が宿られたことが、嬉しいのでしょう。興奮のあまり、手が震えてしまうほどに。


「レイ! 今日はお祝いよ!」


「かしこまりました。それでは準備を進めて参ります。」


 深々と頭を下げ屋敷へと戻ります。その間にロミアを呼びつけておきます。彼もそれを待っていたのか、すぐに飛んできてくれました。


「庭の炎上は事故として処理しておいて。旦那様が本日は外泊で助かったわ。」


「がってんしょーち。ランタンの燃料漏れってことにしときますよ。あと……あれどうするんですか?」


 ロミアが苦笑いを浮かべながら、ようやく目を覚ましたドスを指差しました。さすがに反省しているのか、それともルージュが怖いのか……小さく変形して、こちらに飛んできました。


「旦那様は私が説得するから……そうね、Aエリアに小屋をたててあげましょう」


「はは……Aエリアの植物の殆どが燃えちまってるし、新しく建てるにはちょうど良いっすね。」


 肩をすくめたロミアは、クレゼスへ報告しに向かいました。庭が燃えたことにショックを受けておりましたが、小屋を作る前提でまた新しい庭を作るとわかると、途端に元気になりました。


 小屋を新たに建てるには庭の植物を移動し、レイアウトを変えねばなりませんから、すべて燃えてしまっていた方が、かえって都合がよかったのです。


 この炎上騒動については後から事情を聴きましたが、私や執事が祝いの準備をしていたとき、お嬢様と精霊が些細なことで口論になっていたようです。妖精の方が辺りを飛び回りながら、口論が激しくなったため……ドスが妖精をぱくりと……噛みつくと言うよりかは丸飲みにして一旦二人の距離を離そうとしたようです。


 しかし食べられたと思った妖精は激怒して、彼の口の中で魔法を炸裂。結果あのように衝突してしまったようです。妖精は……どうやらお嬢様に似てとてもわがままなようです。


 今回はマリー様がたまたま魔力を発現されたからよかったものの、次に騒ぎを起こされてはこちらもたまったものではありません。早めに対策をしておきましょう。


「……ゲルトルト」


「はい、お呼びですかなレイ殿」


 庭の片付けを監督していたゲルトルトがゆっくりこちらへやって来ました。糸目でにこやかに笑っておりますが、事の大きさに、声は笑っておりません。


「お嬢様の指南役になってちょうだい。あの妖精、魔力が高すぎるわ。お嬢様でも扱いきれていない。」


「ほっほっほ、かしこまりました。それでは、久々に腕を振るいましょうかのぉ……」


 彼は愉快そうに笑いながら去っていきました。少しだけ心が痛みますが、今回ばかりは鬼の心にならねばなりません。


 ゲルトルトは執事になる前、ルチアーノ学園で魔力講師をしていた実力者。しかもあまりに厳しすぎる指導から、“魔人”と恐れられたほどです。さすがのお嬢様でも……恐らく、わがままが通じない相手です。精霊共々、こってり絞られるでしょうが……頑張っていただく他、ありません。


「キュゥ……?」


 私の横を飛んでいるドスは、今は掌サイズとなっております。彼の頭を撫で、小さく呟きます。


「やりすぎはダメよ。……お嬢様をお願いね」


「キュッ!!」


 まだまだ騒がしい庭の片隅での会話など、誰の耳にも聞こえない。それをいいことに、私は小さく、彼に笑いかけたのでした。


 こうして、波乱過ぎる一日が終わることとなりました。お嬢様の精霊契約、予想外なことにリーリアまで精霊をつれてきて、マリー様は魔力の発現ななされた。一日でずいぶん、目まぐるしく状況が変わりました。正直私も、ついていくのがやっとです。


 しかし泣き言もいってられません。一つ一つ、確実に仕事をこなさなければ。まずは……ドスの小屋作りとマリー様の魔法講師

 を探すところから始めましょう。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 その日の深夜


 屋敷の人間が殆ど寝静まった頃。ロロは別館の屋根から空を見上げていた。


「よーやく外に出られたぜ。たく……時間かかっちまった。」


 自分と相性の良い契約者を見つけられたことで外に出られたロロは、気持ち良さそうに伸びをする。何もかも計画通り……そう思えてならない。


「これで穏便に逃げられればいーんだけどなぁ。ま、なんとかなるだろ」


 ごろりと屋根の上に寝転がった妖精は、ふと遠くに見える本館へと目を写した。焼けてしまった庭が不自然に黒く、汚点を残してしまっている以外は変わらない、いたって平和な屋敷。平和すぎるそれをみて、ロロは肩をすくめていた。


「んにしても……何なんだこの屋敷? 化け物だらけじゃねーか。高魔力保有者ってレベルじゃねーのが“4人”も居やがる。しかも一人は“精霊の加護持ち”……けどその事に誰も気づいていやがらねぇ」


 魔力保有者がいるだけで、辺りの魔力は高まる。そのため、ロロからみればここはダンジョン級の魔力がひしめいている格好の隠れ蓑であった。妖精は、にんまりと静かに笑う。


「まっ、良いように使わせてもらうぜ。」


 そんな妖精の独り言は、よく響く。しかし、それを聞いていたものは誰もいなかった。


(次章に続く)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る