衝突

 燃え盛る庭の中、私は必死で、現状を整理しておりました。


 現在お嬢様たちがいらっしゃるのは、屋敷から近いAエリア。そこでお嬢様がお連れになられた妖精とドスがまさに衝突をしておりました。


 何が原因でこうなったのか、私はさっぱりわかりません。


 お嬢様とリーリアがご帰宅されたの夜ごろ。二人とも精霊と契約をしたとのことで、屋敷の従者は皆手を叩いて喜びました。


 早速お嬢様とリーリアの精霊契約の祝福をしようと、シルファも腕によりをかけた料理を用意し、セルビリアはお嬢様と、そしてリーリアの衣装を準備して、サーニャは辺りを駆け回ってセッティングをしてと……祝いの席を準備していたときです。


 突如庭から爆発音が聞こえました。何者かの奇襲かと執事たちが一斉に外へ飛び出していきました。ルクシュアラ家では警備を雇っておらず、主の護衛は執事が担っております。こうした非常事態では、執事は真っ先に動きます。


 私も急ぎ庭へ向かうと……この有り様です。お嬢様は必死で精霊とドスを止めようとしておりますが、一触即発の雰囲気に飲まれて、声が届いておりません。


 噴水を中心にぐるりと取り囲んだ激しい炎のせいで、誰一人として中に入ることができず、巻き込まれたロミアとリーリアが、お嬢様をお守りしておりました。


「ちょっとアンタ達!いい加減にしなさいよ!! 言うこと聞きなさい!」


「お嬢様危ないですよぉっ!?」


「誰か水!! 水持ってこい!!」


 三人の声が、辛うじて聞こえます。しかしそれも、ドスの咆哮と炎の音で掻き消されてしまいました。恐らく、こちらの声も向こうには届いていないでしょう。


 執事達はまず中に入ろうと手分けしてホースやバケツをもって消火活動に当たりますが、火は一向に消えません。回りが燃えやすい植物ですから、無理もありません。クレゼスがバケツを一人でいくつも抱え消火活動に尽力を尽くしてくれていますが、圧倒的に炎の勢いの方が強いのです。


 しかし誰一人として、熱は感じていれども火傷はしておりません。恐らくこの炎が、お嬢様の魔力を元に精霊が行使しているからでしょう。お嬢様は、屋敷の者に魔法を使ったことは一度とありませんし、それで誰かを傷つけたくないとおっしゃっておりましたから。


 それならばお嬢様が魔力のコントロール権を奪取すれば、炎を押さえることはできるは可能のはずです。しかしお嬢様は今、衝突している二人を止めることで手一杯となっておりますし、ロミアもリーリアもパニック状態。誰も冷静な判断ができなくなっているのです。


 目の前でドラゴンと妖精の衝突を見せられれば、誰も冷静にはなれないでしょうから、当然の反応です。


「お嬢様!!」


 届かないとわかっていても、声を張り上げてしまいます。なにもせずに見守るだなんてともではないですが、できません。


「レイさん危ないっ」


 炎に近づきすぎたのか、風でこちらに迫ってきた火に気づいてくれたシルファが、私の右手を掴み逃がしてくれました。


 私まで冷静さを欠いてしまってはいけないというのに……目の前でお嬢様が危険な目に遭われているのを見ると、我を忘れてしまいそうでした。体全身が冷たくなりきって、危ないところでした。


「とにかく今は消火活動をしよう。ではない中にはいれない 」


「わかったわ。ありがとうシルファ。」


「ギャァアアォオオオオ!!」


 空気が震えるほどの咆哮が響き渡りまして。炎の向こう側では、噴水に留まっていたドスが、その大きな翼を広げ飛び立っています。その風で余計に炎が煽られ、火が燃え広がりました。このままでは庭がすべて燃えてしまいますっ!


「ふーんだ! そんなでかい図体でアタシを倒せると思ったら大間違いよ!」


 妖精は妖精で手に持っている杖を掲げ、ドスへ向けておりました。また大きな魔法を放たれでもしたら、庭が持ちこたえられません。


 やはりもう、最終手段を使うしか……っ


「あなたたぁぁあちぃぃい!!!」


 私の思考が冷たく深い海のような、そんな暗いものになりかけた時、この騒音の中でもはっきり聞こえる声が響きました。


 声は、屋敷の三階からのようで、皆が見上げると……三階中央の部屋の窓が開いており、そのベランダの“手すり”にルージュが立っていたのです。全身赤い彼女は、遠目でもよく目立ちます。


「いい加減にぃいいい!!」


 ルージュはスカートの裾を持ち、膝を最大限曲げ、身を屈め、そして……


 ━━ダンッ!


 屋敷の三階から見事や跳躍を見せました。その高さは、飛行していたドスを一時的に飛び越えてしまうほどでした。


「しなぁぁああさぃぃああ!!」


 空中で筋肉粒々のごつい足を高々とあげ、赤いヒールが半円を描き……


 ━━ドガーーンッ!!


 ドスの脳天に踵落としが綺麗に決まったのです。


「ギュ………ッ」


 攻撃をまともに食らったドスは気絶してしまったのか、そのまま落下していき、ドスンッ!と巨体を打ち付けました。それでさえ地響きがしたほどです。


 ルージュはといいますと……、スチャッとあの高さから落下したにも関わらず、そして高いピンヒールだと言うのに、綺麗に着地しました。……彼女の足元がめり込んでおりますが、ルージュはいたって元気そうです。


「……っは! 今のうちに!!」


 突然の出来事にあっけにとられていた妖精でしたが、ドスが気絶したのをいいことに追い討ちをかけようと、杖を構えました。……が


「食らっ……ぎゃぁあっ!?」


 彼女の目の前で突如眩い閃光が放たれました。まともに食らったであろう精霊は目を押さえ狼狽えております。


「目が、目がぁ!!」


 あの閃光は……雷などによるものではなさそうです。そうとなると光魔法、リーリアの魔法でしょうか。


 しかしリーリアを見ると、お嬢様を押さえたまま、口をあんぐりと開けております。それは、お嬢様もロミアも同じです。……殆どの人間が、そのような状況です。


 ……三階のベランダからドラゴンに踵落としをする、など誰も想定しておりませんから。予想外の事に、誰も頭がついていかないのでしょう。


「んもー、妖精ちゃんもドラゴン君も、新しいお家に来たからってハッスルしすぎよ!」


 一番ハッスルしていたルージュが、腕を組みプリプリ怒っております。本日もきれいな赤い唇に、ムキムキと顎が割れていました。


「って、皆ちょっとぉ! 早く火を消してちょうだい! お嬢様はそこの精霊ちゃんをおとなしくさせてね!」


 炎の円に入ってしまっていたルージュは、慌てて皆に指示をだし、その声で我に返りました。火の元が大人しくなったのです、今の内に消火活動をしなければなりません。


 しかし……


 ━━ザァアアッ!!


「……っえ?」


 皆が空を見上げました。なんと、雨が降ってきたのです。まるでバケツをひっくり返したような強い雨が、Aエリアのみに降っているのです。少し横をみると、全く雲もなくきれいな星空が見える中、真上は暗雲が立ち込め、空すら見えません。


 その雨のお陰で炎は煙をあげて鎮火していきます。火が完全に消えた途端に、雨もぴったりと止みたちまち雲が晴れました。


 この異常な降り方は自然界ではあり得ません。それにまだ床に残っている水溜まりからは、多少の魔力を感じます。つまりこれは、誰かの魔法による雨だったのです。


 ですが……屋敷に水を扱う魔法を持つものはいなかったはず……。


「お、お姉様!」


 各部署で怪我人がいないか確認し、私もお嬢様の元へ向かおうとした時です。その足を止め、声のした方へ振り返りました。


 そこにいたのは、騒ぎに駆けつけたのであろう、マリー様でした。息を切らしお嬢様の元へと駆け寄ります。しかしお嬢様は……顔を強ばらせておりました。


「マリー……」


「お怪我はございませんか。すごく大きな音がして……火の中にお姉さまがいて、それで、その……」


 狼狽えているマリー様の肩を、お嬢様は掴みました。その手は震え、混乱したように目を丸くしております。


「さっきの雨……あなたがやったの?」


 お嬢様が動揺されるのは、無理もないことでしょう……。


 今のマリー様からは、雨を降らせたものと同じ魔力が、その身から溢れておりましたから……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る