私の守護精霊がこんなのなんて聞いてないわよ!

 とんでもなく早起きをさせられてやって来た場所は、今にも魔物が出てきそうな、鬱蒼とした森。


 なんでこんなところに朝早くにいかないといけないわけ? 本当にうんざり。来たところで会えるかもわからない精霊を一時間も待たないといけないなんて、効率も悪すぎるわ!


「それじゃ、言ってくるわね」


「はーい。お気をつけてぇ」


 一緒に来ていたリーリアに別れを告げて洞窟にはいったけど、狭いしなんとか前が見えるくらいの暗さだし、嫌になるわ。こんなとこ、早く出たいからさっさと精霊をみつけないと。


 最初こそ火属性魔法の生徒が一緒に入ったのだけれど、入り組んだ道のせいで結局途中で一人になったわ。ふぅ、清々する。団体行動って苦手なのよね。これでのんびりできるわ。


「ちょっと! 私は早く出たいの! 精霊でもなんでといいからさっさと出てきなさいよ!!」


 私はルクシュアラ家の長女。常にトップに立ってないといけないの。精霊と契約できなかったなんていい笑い者になるわ。私くらいの実力があれば、精霊だって文句は言わないでしょ?


「なんとか言いなさいよ!いるんでしょ!?」


 洞窟のどこかにいるであろう制令に聞こえるように声を張り上げながら、奥へと進んでいく。どのくらい歩いたのかしら?30分位は経ったと思うし、随分歩いたわ。それなのに、精霊の姿どころか、気配すら感じない。


 私の中で、焦りがつもりだした時……急に開けた場所に出た。ここだけ、妙に明るくて昼間みたいで辺りも魔力が濃くなっている。


 たぶんここに、精霊がいるわ。明らかに空気が違うもの。


「ふんっ、ようやく現れたわね。遅いわよ。」


 ーー……うるっさいなぁ


 どこからともなく、声が聞こえてきた。それは、脳に直接響くような、鼓膜には届いていない声。間違いない!いるわね!!


「態々迎えに来てあげたのに、うるさいなんてひどい奴ね。」


 ーー迎え?


「そうよ! さぁ! 私と契約なさい!」


 全く姿を現さないことにはムカつくけど、もうタイムリミットは半分を切っている。ここで決めるしか無いわ!


 ーーアタシより弱い人間と、なんて契約しなきゃならないわけ? やだね。


 ……は?

 今、とても聞き捨てならないことを聞きましたわ。


「今、なんといったのかしら? 私が貴方より弱いですって? 物陰に隠れてこそこそしてるような奴よりは私は強いわよ、この弱虫の腰抜け!」


 魔法成績トップのこの私に弱い呼ばわりなんて許さない! ついカッとなって言ってしまったけど、別にいいわ! こんな精霊、私から願い下げよ!!


 踵を返して広場の出口に向かおうとして、足を止めたわ。だって……私が通った出口が、なくなっているのだもの。


 ーーアタシより強いだって? なら、証明しなよ! あんたが負けたら、もう一生ここから出られないからね!


 ……どうやら私は、相当性格の悪い精霊に喧嘩を吹っ掛けてしまったみたい。でもいいわ、やってやるわ!


「証明してやろうじゃない! 受けて立つわ!」


 世間から悪女と呼ばれる私の精霊だもの、これくらい性格悪くても問題ないわ!


 私の啖呵で精霊も納得したのか、急に遥か頭上に赤い鬼火が現れた。それはボッ、ボッ、と次々に現れ、円を囲うように灯されていく。ぐるっと広場を一周したと思えば、今度はこの上にさらに鬼火が点り……私の頭上で、鬼火のドームが完成した。


 ーーあははっ、言ったわね! さて問題です、アタシはどこにいるでしょーか! 見つけて攻撃できたらあんたの勝ちね! 制限時間は5分!


「はぁ!?」


 5分って短すぎるじゃない! あいつ、端から勝たすつもりはないってことね! ムカつくわ!! けれどルクシュアラ家に敗北の文字はない、勝ってやるわよ!!


 この中のどこかにいるはずの精霊。倒すではなく攻撃を当てればいいのだから、鬼火を攻撃すればいいわよね?


 そう思って鬼火へ火球をぶつけたけど、鬼火はすぐに復活してしまった。一瞬消えたってことは、魔力で相殺は可能ってことね。


 けど頭上の鬼火を一つ一つ消していったら、5分じゃ足りないわ。軽く数えても100を越えているもの。適当に鬼火を消したとしても、当たる可能性が低い。


 そうなったら広範囲魔力攻撃が有効だけど……これは無理。私がすごく苦手なの。人の足元に火柱をたてるのが精一杯。とてもじゃないけど、この広場一帯を焼き払うことなんてできないわ。


 時間は刻一刻と迫ってきている。私の中で、焦りがかけ上がってくる。それが汗となって、頬を伝っていった。


 あー、もう! こういう時どうすればいいのよ!


『まず戦闘になりましたら、真っ先に落ち着いてください。』


 ふと、レイの言葉がよみがえる。あぁ、そうだ……学園ではじめて魔法模擬戦をするってなったとき、レイが色々教えてくれたんだっけ……。


『冷静さを欠いては勝てるものも勝てなくなります。この場合、焦りや油断も、冷静さを失う一つの要因になります。まずは、深呼吸をしてください。』


 レイの言葉と共に、自然と深呼吸をする。肺一杯に空気が入り、気持ちが落ち着いていく。


『次に、常に戦場では全てを疑ってください。いいですか、全てです。目に見えるもの、聞こえてくる音。それら全てに敵はトラップを仕掛けてきます。敵の言ったことは、鵜呑みにしてはいけません。固定概念は、捨て去るのですよ。』


 全てを……疑え?

 疑うって何を?疑うもなにも、そんなに情報なんてないわよ?


 ーーアタシはどこにいるでしょーか!


 妖精の言葉を思い出す。鵜呑みにせず、疑え。そこにはトラップが仕掛けられているかもしれない。固定概念……思い込みは、捨てて。純粋に聞いたとき、言葉に仕掛けられたものが見えてくる。


 ……そう、妖精は一度も、鬼火の中にいるだなんていってなかった!!


 目の前に隠れられそうな鬼火を大量に出現させられたせいで、勝手にその中にいるものだと思ってたわ! そうよ! あの中にいるなんて言われてないじゃない! 目に見える物に、騙されていたわ。


 そうなれば視覚情報が邪魔だわ。精霊は魔力の集合体。相手がどんな奴なのか見たこととないのに、目で探そうとするからおかしくなるのよ。


 瞳を閉じ、魔力関知に全力を注ぐ。私はこういうのが苦手だから、余計に時間がかかる。鬼火の魔力と、この空間の魔力が濃いせいで、全然見つけられない。けど、絶対にいるはずよ。


 残り2分を切っている。けど、全体を探すと集中ができない。それならいっそ、賭けよ!!


 魔力関知を鬼火より下……私がいる地点から少し上の方までに絞って感度をあげてやるわ。すると、邪魔だった鬼火の魔力を感じなくなり、明らかに一ヶ所、魔力が集中している場所を見つけた。


「そこよ!!」


 ありったけの魔力を込めて、魔力が集中していた岩壁に火球を飛ばしてやる。精霊はまさかいきなり居場所を特定されると思わなかったようで、破壊された岩壁共々吹っ飛んだ。


「ぎゃぁっ!?」


 とてっ、と音を立てながら、なにかが地面に転がっていった。


「ふんっ、見つけてやったわよ!」


 近寄ってみると、粉塵で土ぼこりまみれになった小さな女の子がいた。大きさで言えば、手のひらサイズくらいかしら。可愛らしい服でも来てるのかと思ったけど、緑色の動きやすそうな服を着ている。一見すると粗末な服に見えるけど、所々キラキラ光っていて綺麗。昔おとぎ話で聞いた、子供しかいない国の空飛ぶ男の子が着ているような、そんな服だわ。


 赤茶色の短髪をくるりとはねらせ、その頭には自分の頭より大きなこれまた緑のとんがり帽子をかぶり、その手には丸い宝石のついた杖を持っていた。


「いったーい! いきなり全力出すなんて酷くない!?」


 妖精はむくりと起き上がると、土だらけの顔で私を見上げた。涙目になってるし、睨まれても知らないわよ? 勝負を仕掛けてきたのはそっちなんだから。


「ふんっ、これで勝負は私の勝ちよ? 約束通り、契約してもらうからね。」


「うぐぐ……」


 悔しそうにしてるけど、約束は約束。守ってもらわないとね。観念したように妖精は飛び上がると私の目の前へやって来た。


「はいはい、契約してやるわよ。仕方ないわねぇ……」


「なんでそんなに偉そうなのよ。」


「妖精は偉いのっ! さっさと杖だしなさいよ!」


 ムカつく妖精だけど、仕方ないわ。もうあまり時間がないし、代わりを探すのも難しそうだし。渋々、杖を出した。魔法使いにとって大切な相棒。その杖には、見えない字で各自が覚えた魔法が刻まれているの。ちなみに私の杖には、この前レイがくれたミサンガがくくりつけられているわ。


「エリザベル・ラ・ルクシュアラよ」


「はいはーい。我が“火の粉の精霊”は汝と……」


 ーードガァァン!!


 契約の途中で、遠くの岩壁が音を立てて崩落した。崩れてくる岩をもろともせず、巨大ななにかが広場に入ってきた。


 あ、あれは……ドラゴン??

 機械仕掛けなのか、歯車やネジ、鉄板などで体を覆った、私の身の丈くらいあるドラゴンがビーストウルフっていう狂暴な狼の群れによってたかられてた。恐らくドラゴンは逃げようとして岩壁を突き破ってきたんでしょうが……。


 ちょっと待って、あれこっちに来てないっ!?


 ビーストウルフは動きも早いし、知能も高い。おまけに攻撃能力が秀でているから何人もの冒険者が喰われてるのよ!?


 それを今、どうやって相手にすればいいっていうのよぉ!!

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